第187話 貪欲
ウードン王国王都テンカッシで冒険者ギルド会議が行われていた同日、ウードン王国の王城謁見の間では、普段であれば厳かな雰囲気に包まれているのだが、剣呑な雰囲気が漂っていた。その原因は――
「ヤーコプ殿、今なんと申された!」
「此度の訪問は謝罪のためではないと申されたかっ!」
「さよう」
玉座の前で跪くヤーコプと従者を、興奮が抑えきれぬのか文官たちが鼻息荒く睨みつけていた。
「では、なにをしに参ったのだ」
「ふぇっふぇ。ウードン王国が来いと言うので来たまで、はて? なに用でこんな老いぼれを遠路はるばるセット共和国から呼び立てたのか。むしろこちらが聞きたいくらいじゃのぅ」
「恍けるでない! ヤーコプ殿を含む『十二魔屠』三名が数ヶ月前に国境を越えて領土を侵したのは、こちらでも把握しておるのですぞ! そもそもセット共和国からなんの説明もないのはどういうことだ!! 此度の件、こちらが言わねば有耶無耶にしようとしていたのではないでしょうな!」
文官の詰問に、周りの文官たちも勢いづき野次とも取れる汚い言葉が飛び交う。
「おお……。領土を侵したとはまた物騒な」
ヤーコプが大袈裟に戯ける。バカにされたと受け取った文官たちの怒号が謁見の間に響き渡った。
「しかしヤーコプ殿、一人で一軍に匹敵すると言われている『十二魔屠』が三人も許可なく越境すれば、侵攻とまではいかぬもなにかしら思惑があると受け取られても仕方がないのでは?」
一人の恰幅が良い、否。肥満体の男が顎髭を撫でながらヤーコプへ問いかける。男は見るからに貴族と言わんばかりの服装に、全身を綺羅びやかな貴金属で飾っており、周囲には文官のみならず、爵位を持つ貴族たちまでもが男の機嫌を取るよう気遣っているのがヤーコプにもわかった。
「財務大臣……バリュー・ヴォルィ・ノクス殿でしたな。セット共和国がウードン王国に対して悪意を持っているとでも? それは心外ですな。儂は此度のウードン王国からの呼び出しは、死徒を退けたことに対するセット共和国への感謝、それこそ勲章の一つでも頂けるのではと思っていれば、まさか喚問じゃったとは驚きですわい」
同盟国とはいえ他国の王宮内にもかかわらず、少しも物怖じしないヤーコプの態度に、謁見の間に集まっていた貴族や文官たちが呆気にとられる。その様子にヤーコプの従者の男は誇らしげに笑みを浮かべる。
「ウ、ウードン王国がセット共和国へ……感謝?」
「さよう。レーム大陸中に悪名を轟かせる死徒が二人もウードン王国の領内に入り込んだにもかかわらず、なにか被害はありましたかな? もしくは民から被害の訴えは?」
ヤーコプの言葉に、文官や貴族たちは言葉が詰まる。
「ふぇっふぇ。その反応から察するに被害はなかったのでは? あの死徒が一度暴れればどれほどの被害が出るかは、儂よりここにいる皆々様の方がよく知っておるじゃろう。ウードン王国の民に、兵に、貴族に犠牲がでなかったのは『十二魔屠』が死徒を退けたからじゃろう? で、ウードン王国側の此度の喚問はどういった用件でしたかのぅ?」
徐々にいつもの口調に戻るヤーコプとは対照的に、ウードン王国側の貴族たちは歯軋りして睨みつける。
「なるほど。そう言われれば、ヤーコプ殿の言うことも一理ありますな。ですが退けたというのは間違いでは? 私が入手した情報によると、『十二魔屠』は死徒に為す術もなく敗退したと聞いております。現に当事者である『十二魔屠』三名の内、いらしたのはヤーコプ殿だけではありませぬか。他の二名は死徒に敗れ死亡したのでは?」
財務大臣は厭らしい笑みを浮かべながら横目でヤーコプを見る。
「これは異な事を。今ウードン王国で、もっとも勢いのある財務大臣のお言葉とは思えませんな。それに――ふぇっふぇ、死徒ならすでに一人屠っておりますわい。レンナルトとイバンが参上しなかったのも、そのときの傷が原因ゆえご了承いただきたい」
「なっ!」
「一人とはいえ、あの死徒を……。さすがはセット共和国が誇る『十二魔屠』ということかっ」
「し、信じられん。『双聖の聖者』以来の快挙ではないか」
ざわつく周囲を窘めるように財務大臣が数回大きな拍手をすると、貴族たちは我に返り襟を正す。
「なるほど、なるほど。さすがは『十二魔屠』と言ったところですな。あー、ごほん。陛下、あとはこの私に任せていただいてもよろしいですな?」
財務大臣の言葉は形式だけのもので、そこには王に対する忠誠や配慮は欠片も存在しなかった。それは他国のヤーコプや従者ですら感じ取れるほど露骨なものであったのだ。にもかかわらず、周囲の文官や貴族たちは諌めるどころか鼻で笑う者までいる始末である。
最初から一言も発することのなかったウードン王国の王、クレーメンス・クラウ・ニング・バルヒェットは温和な笑みを浮かべたまま頷く。その姿に財務大臣は鼻をフンッ、と鳴らし、ヤーコプと従者を別室へと案内する。
「なんて無礼な男なのでしょう!」
高度千メートルをヤーコプの使役する巨大な昆虫に乗って飛行するなか、ヤーコプの従者が我慢しきれずに愚痴をこぼす。今は喚問が終わりウードン王国からセット共和国への帰路の途中であった。
「噂どおりの男じゃったな」
「ええ、ええ! ヤーコプ様は再三にわたって謝罪するために来たわけではないと言っているにもかかわらず、あの財務大臣は口を開けば金、金と! いったいなんの損害があって賠償金を支払えと言うのですか!! それにあの王はなんですか! あれでは財務大臣の傀儡ではありませぬか。とても王位を簒奪した者の末裔とは思えませぬ。
ヤーコプ様も見たでしょう? あの謁見の間での財務大臣の後ろに並ぶ文官や貴族たちの姿を。さらには王を守護するウードン五騎士の一人、『首切り』ガレスまでもが財務大臣を守護するように傍に控えていましたよ」
「うむ。平民でありながら王にまで上り詰めた者の血を引いてるとは思えぬ覇気のなさじゃったのぅ。ウードン王国で内紛が起こるやも知れぬと言う間者の報告も現実味を増してきたか……」
「セット共和国の領土を拡げる好機ですね」
「なにが好機かっ! 争いが起これば犠牲になるのは無辜の民じゃぞ!! 『十二魔屠』の役目を忘れたかっ!!」
「も、申し訳ございません!!」
ヤーコプの叱責に従者の男は身を縮ませる。『十二魔屠』というそこらの貴族では口出しすることさえできぬほどの権限を持っていながら、普段は子供好きの好々爺であるヤーコプは特異な存在であったが、一度怒らせると『十二魔屠』の中でも一番怖いのはセット共和国で生きる者であれば誰もが知ることであった。
「ふんっ。それに忘れたか? 儂らにそこまで余裕がないのを」
「わかっております。『バラッフォの大樹海』のエルフやダークエルフの動きが活発になってきています。それに連動するように南部でも獣人たちが動き始めており、西はマンドーゴァ王国と『不死の傭兵団』の争いに便乗して、カノムネート王国やバハラグット王国、さらには自由国家ハーメルンまでもが領土を切り取ろうとする動きが見受けられます。そうなれば争いは激化し、セット共和国にまで飛び火しかねません」
「さよう。セット共和国の戦力も無限ではない。周囲で起こる争いに対する監視や牽制、領内で暴れる亜人の対処で『十二魔屠』は休む暇もないわい。その中で死徒アーゼロッテにつけた虫を頼りに、死徒を各個撃破せねばならぬのにあの馬鹿者共が勝手に動きよって!」
「まさか『十二魔屠』四人がかりで、こちらに死者がでるとは……」
「相手を舐めとるからじゃ。儂の到着を待てと伝えておったのに先走りよってからに! 先のドルムとの戦いの傷が原因でイバンは死亡。儂の到着を待たず第十死徒ピッチに仕掛けた結果、ペリペロンは戦死じゃ。これでは差し引きマイナスじゃわい!」
怒りが抑えきれぬのかヤーコプの杖を握る手は震えていたが、その目はどこか悲しげであった。
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