第167話 言い訳は聞きません
城とは侵攻してくる敵を防ぐための大規模な建造物である。大きいということは収容人数も比例して増え、料理を作る設備も比例して大きくなる。ラスが無駄に凝りに凝った山城の台所――とは呼べない。厨房である。それも大厨房。
「無駄に広いだろ? ラスが任せろって言うから任せたらこれだよ」
晩ご飯を作るために、マリファを厨房へ案内したユウであったが、厨房の入り口でマリファが固まっているのを見て、呆れ果てていると思ったのだが。
「いえ……滅相もございません! あのアンデッドを褒めることになるのが悔しいですが、ご主人様に相応しい厨房です!」
マリファは興奮していたのだ。水は水生樹が創りだすので無尽蔵、火はユウが『錬金術』『鍛冶屋』スキルで作った火加減の調整ができる五徳。包丁、鍋などの調理器具に、皿、ナイフ、フォークなどは、ラスがビクトルに用意させた王族御用達の工房の品々である。これだけの物があれば、ご主人様になんでも作って差し上げることができると、マリファはメイド服の袖を腕まくりして気合を入れる。
「そ……そうか。気に入ったみたいだな。食材はこっちにあるから好きなの使えばいいよ」
ユウが倉庫の扉と見間違うような大きな扉を開くと、中よりひんやりした空気が漏れ出てくる。牛、鳥、豚の肉から高ランクの魔物の肉、野菜に果物、卵などがこれでもかと積まれていた。
「アイテムポーチの中にも食材は入ってるけど、使うのは外に出てるやつからな」
「かしこまりました」
「俺はブラックウルフとピクシーにご飯持って行くから、こっちの食事は任せて大丈夫だよな?」
「ご主人様、そのようなことは私がっ!」
「いいよいいよ。
そうだ。山の中腹、湖があったところな。あそこにピクシーたちを住ませるんだけど、ブラックウルフたちも一緒でいいだろ? 大丈夫だと思うけど念のためにな。あとマリファの使役するジャイアントビーは、ある程度高度のある山でも飼育できるか?」
「可能と思います。すぐに繁殖させ蜂蜜の量産を進めます」
みなまで言わなくても意図を汲み取るマリファに頼むと伝えて、ユウはアイテムポーチに肉や蜂蜜、果物などを放り込むと厨房をあとにした。
「ウォンッ、ウォンッ!」
「待てっ、順番だ」
ユウが湖に食事を持って行くと、餌よりもユウにかまってもらいたいブラックウルフたちが群がる。
「こら~、その人族から離れなさいよ! そ、そいつは私に会いにきたんだからね! そうよね?」
「あはは~、モモがそんな
「そうですよ。ユウさんは私に会いに来たんですよね? 痛っ。モモちゃん、冗談だから髪の毛を引っ張らないで」
冗談を言ったヒスイがモモに髪の毛を引っ張られる。新しく増えたピクシーたちは、肝が据わっているのか、図太いのか、ブラックウルフたちに怯えることなく頭の上や背に座っていた。
一頻りじゃれて落ち着いたブラックウルフたちに、ユウが餌の肉を取り分けていく。
「美味いか?」
「ウォンッ!!」
「ちょちょ、ちょっと私たちのご飯は!?」
「お前ら、木の実や果物食べてただろうが」
「それはそれよ。あるんでしょ! あるよね?」
不安そうな顔でユウを窺うピクシーをよそに、モモはわかっているのか、ユウの頭の上でクルッ、と回転して着地する。普通に着地すればいいのにとユウは思うが、他のピクシーたちからは「おおっ!?」「かっこいい!」「次は私の華麗な着地を見せるわっ!」っと、興奮したピクシーたちがユウの頭の上に次々と着地していくが、あまりにも数が多すぎた。押し出されたモモがユウの頭の上から落ちるが、ユウが手の平で受け止める。
「こら、自分で飛べるだろうが」
ユウが助けてくれるとわかっていたモモは、あえて飛ばずに落下を選んだのだ。ユウに軽く叱られるが、目を逸らして手の平に寝そべった。
「これどうやって食べるのー?」
新顔のピクシーが、ユウの持ってきたパンや蜂蜜やジャムを興味津々に見つめる。ユウはパンをスライスして蜂蜜を塗る。
「ほら、食べてみろ」
恐る恐るピクシーがパンに齧りつくと、羽がピンッ! と伸びる。トーチャーといい、ピクシーといい、旨い物を食べると羽が伸びるものなのかと、ユウはピクシーを見る。
「お……おお……美味しいー! なにこれー! すっごい!!」
「そんなに? 私も食べたーい」
「ずる~い、次は私よ~」
旨いとわかって群がる新顔のピクシーたちを、元からいるピクシーたちがドヤ顔で見つめていた。
「ふふ~ん、どう? 美味しいでしょ? 私に感謝することね!」
「あはは、私たちのおかげじゃないけどね?」
「私たちが誘ったおかげじゃない。それより、ほら、蜂蜜もいいけどあれもあるんでしょ?」
「あれ? って蟻蜜のことか?」
ユウが蟻蜜を入れた瓶を取り出すと、勝ち気なピクシーの口から涎が垂れた。同じ蜜でも蟻蜜は蜂蜜より濃厚で、一口舐めるだけで口内から鼻腔へ甘い香りが拡がる。『腐界のエンリオ』に生息する腐肉喰兵隊蟻から採れる蟻蜜を、甘いモノ好きなピクシーたちにあげてみると、ピクシーたちは物の見事にハマってしまったのだ。たまに蜂蜜、蟻蜜のきき酒ならぬきき蜜を開催すれば大盛り上がりである。ただし、蟻蜜は大変貴重な物で普段から気軽に食べれる物ではない。それだけになにか特別なことがあればかこつけて、ピクシーたちはユウに強請るようになっていたのだ。
「おい、涎垂れてるぞ。モモ、見てみろあいつの顔」
モモの口からも涎が垂れていた。
「お前もかよ……」
ユウを囲んで、ブラックウルフやピクシーたちの騒がしい食事が始まった。ジャムの入った瓶に顔を突っ込んでジャム塗れになるピクシーや、そのピクシーの顔を舐め回すブラックウルフ、食べ過ぎてお腹がポッコリしているピクシー。モモが心配そうに食べ過ぎて動けないピクシーたちを介抱していた。
「お、やっと帰ってきたか」
月明かりに照らされて帰ってきたのはレナであった。レナはふらふら飛びながらそのまま城の中へと消えていく。
「こんな暗くなるまで、連絡もせずになにをしていたんですか!」
ユウが城の中へ戻ると、そこには生まれたての子鹿のように足をプルプルさせながら、マリファに説教されているレナの姿があった。
「……し、島が広すぎ。お、お腹空いた」
「言い訳は聞きません! 早く席に着きなさい」
「レナ、遅くなるときはちゃんと言わないと怒られるんだぞー」
「……わ、私はナマリみたいな子供じゃない。あと、レナお姉ちゃんでしょ」
マリファは濡れた布でレナの顔や手を拭くと、椅子までレナを運んであげる。限界まで体力とMPを使ってしまったのか、レナには椅子まで歩く元気すらなかったのだ。怒りつつもレナを運ぶマリファに、ニーナがニコニコと笑みを浮かべる。
「ニーナさん、なんですかその顔は?」
「えへへ~、やっぱりマリちゃんはレナに甘いよね~」
「なっ!?」
顔を真っ赤にしたマリファが「そんなことはありません」とニーナに抗議するが、笑顔のニーナに毒気を抜かれたのか「もういいです」と食事を並べていく。
「ラス、あとで話があるから俺の部屋で待っててくれ」
「わかりました。ではお先に失礼いたします」
アンデッドで食事の必要のないラスは姿を消す。同じアンデッドでも味覚のあるナマリは「美味しいのにな~」と食事をしないラスを悲しそうな目で見ていた。
「……私のお皿、野菜が多い気がする」
「気がするのではなく。実際多くしています。野菜は身体にいいので、ちゃんと食べてください」
「レナ、野菜を食べないと大きくなれないんだぞー」
「……ぐぬぬ」
「なにがぐぬぬですか」
レナは皿に盛られた野菜とにらめっこしていた。特にピーマンそっくりのピーマスという野菜が苦手であった。マリファは肉詰めや、細かく刻んで肉と炒めたりと、あの手この手でレナに野菜を食べさせていた。
ラスはユウの部屋に入ると、棚に並べられている花や綺麗な石などに目がいく。子供たちがユウにプレゼントした物だ。大事に並べられたそれらの中に、ラスと一緒に作って失敗した魔導具なども並べられていた。
「ふふ。マスター、失敗した物を宝物のように並べるなんて」
並べられている失敗作は、ラスにとってどれも思い出深い物であった。指輪、バングル、ピアス、この緑色の腕輪などは、常に周囲の温度を一定に保つ魔導具で、火、水、風の魔法を上手く組み合わせればできるのだが、最初は配分が上手くいかずに暑すぎたり、逆に寒すぎたりと散々な結果であった。今は成功し、地下に拡がる都市の空調設備などに応用されている。
「このアミュレットは、ナマリが勝手に使って大変なことになった……。ふふ、あのときはモモが慌ててマスターを呼びに来て」
「待たせたな」
ラスが失敗作の思い出を振り返っていると、いつの間にか時間が経っていたようで、ユウが部屋に入ってきた。
「俺がいない間に、屋敷にイモータリッティー教団の教主と第十三死徒が来てた」
ユウは死霊魔法で創りだした小動物のアンデッドとは別に、レイスなどの死霊系の魔物にも屋敷を監視させていた。もちろん、ジョゼフと死徒とのやり取りも把握していたのだ。
「教主自ら乗り込んでくるとは大胆不敵な。私が知っている範囲では、イモータリッティー教団の幹部は十二死徒までですが、増えたのかもしれませんね」
「お前が調べたのだって数百年前なんだろ? そのときと今じゃ死徒のメンツも変わってるだろうしな」
「そうですね。教団設立当初は、五、六人ほどしか死徒はいませんでした。それにしても教主は九尾の狐ですか」
「なにか思い当たりでもあるのか?」
「少し……ですが、あまりにも荒唐無稽なので。死徒には尾行を?」
「つけたけど気づかれた。アーゼロッテとドルムには成功したんだけどな。死霊魔法は使い勝手はいいんだけど、使い手がほとんどいないから技術が記された本なんか残されてないし、いまだに俺も完全には使いこなしてないんだよな。ラスだってそうだろ?」
「はい、おっしゃるとおりです。私の母上は偉大な死霊魔法の使い手でした。しかし、その叡智を教わる前に母上は……」
「ラス、少し地が出てるぞ」
ユウに言われて気づいたのか、ラスはハッ、として口に手を当てる。
「そういえば、蟲使いの爺さんもアーゼロッテたちに尾行をつけてたぜ」
「十二魔屠ヤーコプですか。噂でしか知りませんが、なかなかの蟲の使い手だとか」
「確かに死徒相手に対等にやり合ってたな。
あっちの方はどうなってる?」
「あっちとは?」
「前に獣人を襲ってた騎士団、財務大臣配下の奴らがいただろ? あの中にいたニルングって隊長だけ治療して、トーチャーに拷問させてただろうが、なにか喋ったか?」
「ああ、初日からペラペラと聞きもしないことを喋っていましたよ。ただ……トーチャーが気に入ったみたいで、その後も拷問を続けているようです。私に任せていただければ、財務大臣など数日で殺してみせますが」
興奮したのか、ラスの目が青から赤に光る。
「だめだ。あいつには相応しい報いを受けさせるからな」
いつもなら敵対者は問答無用で皆殺しにするユウが、財務大臣には間者を送り込み時間をかけていた。あまりに慎重にことを進めるので、なにかあるのではないかと考えるラスであった。
「水晶の作成は?」
「予備も含めて二個できています」
「よし。一つは明日屋敷に戻るときに持っていくから、もう一つは島民用だな。ラスは残ってそれとなく助言してやってくれ」
島に居残りと言われたラスが焦って立ち上がる。
「わ、私が島に残るのですか!?」
「お前以外にジョブの助言できそうな奴いないしな。それに堕苦族は大丈夫そうだけど、魔落族は女に鍛冶をさせないし、獣人族なんかは族長が決めそうだからな。俺がいなくても、お前に任せてたら大丈夫だろ?」
ユウに大丈夫だろと言われたラスは、先ほどとは打って変わって自分の胸を叩くと。
「マスター、ご安心ください。必ずご期待に応えてみせます!」
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