第123話 二つの鑑定

 『妖樹園の迷宮』五十層、全五十二層からなる『妖樹園の迷宮』のほぼ最下層と言っていい階層で、ニーナたちは冒険者としての腕を磨いていた。


「へぇ~、じゃぁウッズさんはまだ認めてくれなかったんだね」

「そうなんですよ~、ジョズさんのこともすぐに気づかれました」

「なるほど。ニーナ、そこは横から差し込むように刃を入れるんだ」


 ジョズに言われたとおりに、ニーナは先ほど倒したファイアードラゴンフライの羽の付け根から刃を差し込むように入れると、ほとんど抵抗もなく羽を剥ぎ取ることに成功する。


「レナ、君も剥ぎ取りの練習をするんだ。契約の際に伝えているけど、僕は指導以外はしないからね」

「……私はニーナたちが剥ぎ取りしている間、警戒する役目」

「そんなことする必要はない。ニーナの索敵スキル、マリファの従魔に虫たちが周囲を警戒しているのは君も知っているだろう」

「……ぐぬぬ」

「ハッキリ言って、魔法さえぶっ放していればいいと思っている後衛職ほど、迷宮探索で迷惑なものはない。誰しも得手不得手があるのは当然だが、最低限の知識、技術は身につけておくんだね」

「……チビ」

「はっは、正論を言われて言い返すことができないから悪口かい? これでも小人族の中では大きい方なんだよ。むしろ、人族の君の方が色々・・と小さいんじゃないのかな?」


 ジョズに言い負かされたレナの目が鋭いものに変わっていく。帽子の中のアホ毛は恐らくビンビンに逆立っているであろう。ニーナは二人の言い争いを苦笑しながら剥ぎ取りを続け、マリファは我関せずで黙々と剥ぎ取りをしていた。


「君たちを見ていると、ユウって冒険者がいかに甘やかしていたのかがわかるよ。もしくは甘やかしていたのではなく、ユウ自身が無――」


 ジョズが言葉を言い切る前に、レナの黒魔法第3位階『ストームランス』が同時に三発放たれるが、ジョズは慌てるでもなく不可視の風の槍の魔力を感知し躱していく。そして三発目を躱した直後を狙ったかのように投擲されたスローイングナイフの柄を掴んで受け止める。


「レナ、ニーナ、ユウの悪口を言われたくなければ真面目に……っ!?」


 ジョズのパッシブスキル『危機察知』が激しく反応し、一瞬にして後方へ飛ぶ。距離にして約十メートル、ジョズの並外れた脚力が窺えた。


「マリファ……なんの真似だい」


 レナとニーナの連携攻撃を安々と躱していたジョズの額に汗が浮き上がっていた。

 魔物から剥ぎ取りをしていたマリファは一旦手を止めると、ジョズの方を見もせずに。


「ジョズさん、ご主人様を貶める発言をしないようお願いします」

「君たちから僕に頭を下げたのを忘れていないだろうね」

「ええ、ですから今回・・は警告です。私のことはなんと言われようと構いませんが、ご主人様のことをなにも知らないで悪く言うのは止めてください」


 ジョズはマリファが何種類かの虫を使役することは知っていたが、先ほどマリファがなにをしようとしたのかまではわからなかった。Aランク冒険者として数々の危機や困難を乗り越えてきたジョズがわからない攻撃をマリファは仕掛けてきたのだ。


「クク、クッハハハッ!」

「ジョゼフさん、なにがおかしいんですか!」

「Aランク冒険者のジョズともあろう方が、CランクとDランクの嬢ちゃんたちの攻撃を必死こいて逃げ回ってるんだから、そらおかしいだろう」

「ぐっ! 大体ジョゼフさんがっ!」


 ジョズは喉まででかけた言葉を飲み込む。脳筋のジョゼフではニーナたちに冒険者としてのいろはを教えることができないから、ムッスの命によりジョズがその役目を負うことになったというのに、ジョゼフのこの言い草にユウの居場所からなにからなにまで全て喋ってやろうかと思うジョズだったが、そんなことをすれば大変なことになるのは火を見るより明らかであった。


「えへへ~。ジョズさん、ごめんね~。ついカッとなっちゃった」

「……次は当てる」


 ジョズは改めてニーナたちを見る。ニーナたちは冒険者として備えるべき知識、技術がチグハグであった。たとえばニーナ、Cランクの斥候職としては十分な索敵や罠発見のスキルレベルを持っているが、言われなければ仲間に伝えないなど宝の持ち腐れであった。レナは十四歳とは思えぬほどの高レベルの魔法を操るが、魔法で魔物を倒せばいいとしか思っていない。マリファは三人の中で一番マシだが、一人で全てをこなそうとする。パーティーであるのにお互いの足りない部分を補わない、にもかかわらず『妖樹園の迷宮』で探索ができるのは個々の戦闘力が並外れていたからであった。

 ジョズは自分たちが来た道を振り返る。そこにはニーナたちによって倒された数十に及ぶ魔物の死体が横たわっていた。

 普通の冒険者であれば迷宮探索で魔物を積極的に狩ろうなどとは思わない。貴重な部位を持つ魔物や狙っている魔物なら話は別であるが、ポーションや食料も無限にあるわけではない。それ以外の魔物との戦闘など無駄以外のなにものでもなかった。だがニーナたちには魔物をやり過ごすという考えがなく、出会う魔物を片っ端から倒していた。


(戦闘力だけなら彼女たちはCランクでもすでに上位だな)


 ジョズは気を取り直すと、ニヤニヤ笑うジョゼフをひと睨みし手のかかるひよっこたちの指導に戻った。




「ラリットっ! とろとろしてんじゃねぇよ!」

「へ~い」


 『腐界のエンリオ』五十五層、ケネット率いるクラン『緑の守護者』の中にラリットはいた。


(不味ったな……まさか一気に六十層を目指すとは)


 ラリットは顎を撫でながらどうしたもんかと考える。『腐界のエンリオ』でユウらしき少年を見たというのが四十三層、今回斥候職を募集していた『緑の守護者』は六十~六十三層を支配する蟻から採れる蟻蜜を手に入れるのが目的であった。

 しかし『緑の守護者』は最短ルートを使用し。七日で一気に四十層まで進み、四十八層の腐れ沼の手前で一日しっかりと休息を取ると、そのまま戦闘力にモノを言わせて五十五層まで攻略したのである。一旦パーティーに入った以上、ラリットも個人的な理由で四十三層に留まってくれとは言えず、気づけば五十五層である。


「ケネットさん、そろそろ休憩にしませんか?」

「そ、そうね。ラリットがそう言うんならそうしよっか。皆~休憩にするよ」


 ラリットの提案にケネットはどこかホッ、とした表情を浮かべる。面白くないのは『緑の守護者』に所属する男たちだ。自分たちの団長が、どこの馬の骨ともわからぬ男の提案に笑みを浮かべて受け入れるその姿に、少なからず嫉妬していた。


「気に食わねぇな」

「ジムゴ、そうカリカリすんなよ」


 ジムゴと呼ばれた軽装備で身を固める男が地面を蹴飛ばすと、『腐界のエンリオ』特有の腐った土が灰色の土煙となって散っていく。


「あんたら、くだらない嫉妬している暇あったら、もう少し女に気を使うことくらい覚えなさいよ」

「あぁっ!? どういう意味だよ」

「ラリットはね、自分が疲れたから休憩を提案したんじゃないってことよ」

「なんだそりゃ、ますます意味がわかんねぇ!」

「ケミー、俺もジムゴと一緒で意味がわからんぞ」

「ほんっとにウチの男共は……女はね男と違ってトイレに行きたくても、そこらでするわけにはいかないのよ! ラリットが休憩を提案するときはあたしたち女性の誰かがトイレを我慢してるときなのよ」

「なるほど……ラリットの奴、そんなとこに気を回していたのか。そういえばラリットは他にも細かな所に気を配っていたな」


 ケミーの言葉に重装備の男は納得するが、ジムゴは顔を真っ赤にする。


「あ、あの野郎……ウチの女たちをそんな目で見てたのかっ!」


 ジムゴの態度にケミーたちはお互いの顔を見合わせて溜息をつき、お手上げという風に肩を竦めるのであった。


 この日、ケネット率いる『緑の守護者』は五十七層まで攻略し、夜を明かすことにする。

 今回、ケネットが『腐界のエンリオ』に連れてきたのはレベル30~40までの団員二十名。それ以下の団員たちには『ゴルゴの迷宮』の探索や大森林でのクエストを受けさせていた。

 ケネットたちは五十七層と五十八層の中間地点で野営の準備をし、それぞれ仲の良いグループにわかれて食事をするなか、ラリットはジムゴのグループで食事をしていた。


「ラリット、お前は最近Cランクになったばかりって聞いていたが、中々やるじゃねぇか!」

「チッ! ドロゴス、そんな奴に構うんじゃねぇよ」


 ドロゴスと呼ばれた重装備の男がラリットの背中を叩くが、それが気に喰わないのかジムゴが噛みつく。


「なにをイライラしてんだよ。実際ラリットは良くやってるぞ」

「ふんっ、女におべっか使うのが上手いだけのゴマすり野郎じゃねぇか」

「ラリット、気を悪くすんなよ。こいつ、大好きなケネット団長がお前のことを気に入ってるもんだから嫉妬してんだよ」

「だ、誰がっ!」


 ジムゴがドロゴスに掴みかかるが、ドロゴスは笑いながらジムゴを転がす。同じ前衛職とはいえ、軽装備のジムゴと重装備のドロゴスでは膂力に大きな差があるのだ。


「別に俺は気にしてない。あとジムゴさんだっけ? 俺はケネットさんにちょっかいかける気は全くないから安心してくれよ」

「嘘吐け! お前が団長に色目使ってんのは皆知ってんだ!」


 ラリットは静かに手をジムゴに向かって突き出すと指を2本立てる。


「俺には二つ・・の鑑定がある」

「そりゃ斥候職なら鑑定くらい……二つ?」

「一つは物の価値や性能を見抜くことができる鑑定、もう一つは」

「「もう一つは?」」

「ある部位を数値化することができる。

 こんな話を知っているか? ある国にとんでもない美女がいたそうだ。どれくらい美女かって言うと、隣の国の王様が一目見て自分の物にしたくなるほどって言えばわかるだろう。終にはその美女を巡って国同士で戦争が始まった。結局その戦争が原因で、美女のいた国と隣の国は疲弊し別の国に滅ぼされたそうだ。その美女の胸があと1センチ、たった1センチ小さければ戦争は起こらなかったと言われていた」

「ま、まさか……お前の二つ目の鑑定ってのは」

おっぱい・・・・だ。俺はおっぱいのでかい女が好きなんだ!」

「ラリット……お前って奴は……」


 ジムゴやドロゴス、他の黙って食事をしていた男たちの視線がラリットに集まる。ラリットはなにも言わず男たちの顔を見渡すと頷く。


「「「最低だな!!」」」


 ケネットの胸はお世辞にも大きいとは言えなかった。この日、クラン『緑の守護者』内でのラリットの評価がさらに下がった。

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