第121話 ギルド長殺すのに刃物はいらぬ

 都市カマー冒険者ギルド、ギルド長室でモーフィスはニヤニヤしながら、机の上に山のように積もった書類を処理していた。


「なにをニヤニヤしているんですか気持ちが悪い」


 エッダが追加の書類をモーフィスの机に置きながら空になったカップに紅茶を注いでいく。


「なにが気持ちが悪いもんかっ! 儂は忙しいんでな、用がないのなら出ていってくれ」


 エッダを適当にあしらうと、モーフィスは机に置いている鏡で頭を見る。堪え切れなくなったのか、またもモーフィスは気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「用ならありますよ。最近、定期的に届く『腐界のエンリオ』で手に入る素材やアイテムは誰が持ち込んでいるのか教えていただけませんか?」


 ここ最近、都市カマー冒険者ギルドには定期的に『腐界のエンリオ』で手に入れたと思える素材やアイテムが届けられていた。通常であれば冒険者が手に入れ持ち込んだ物と思うのが普通であるのだが、定期的に届く素材の量が量であった。大手クラン、それも都市カマーであれば最大手のクラン『赤き流星』クラスでなければ、とても集められないような量であった。

 それら大量の素材、アイテムが冒険者ギルドに届けられているにもかかわらず、ギルド長補佐のエッダですら誰が届けているのかを把握していないのだから気になって当然であろう。


「ふむ、気になって当然じゃが教えることはできんな」

「どうしてですか?」

「先方との約束でな」

「へ~」


 エッダは目を細めると横目でモーフィスを睨む。モーフィスはやましいことでもあるのか、咳払いをすると慌てて書類の処理を再開する。


「話は変わりますがギルドの庭に誰か・・勝手・・に花を植えているみたいなんですが、なにかご存知ですか?」


 ギクリッ、というような擬音が目に見えるかのようにモーフィスは硬直し、床に書類をばら撒いてしまう。


「あらあら、どうされました? お爺ちゃん」

「ななななっ、なんでもないわい。それとお爺ちゃんじゃないし」


 書類を拾うモーフィスの前にエッダは屈み込んでモーフィスの目を覗きこむと、目を逸らしながらモーフィスは何事もなかったかのように椅子に座るが、全身から噴き出す汗で服が湿っていく。


「う、うむ、ギルドの庭に誰かが花を植えている件じゃったな? う~む、こ……個人的な意見になるがいいのではないか? 元々、なにか育てていたわけでないし、むしろ華やかになっていいと思うぞ。儂はな」

「へ~、そうなんですか~、では私もなにか育ててみましょうかねぇ」

「うむっ! それはいい考えじゃ! 賛成、儂、賛成!!」

「では楽しみ・・・にしてくださいね」


 エッダは一礼するとそのまま部屋の外へと出て行く。モーフィスは無事誤魔化せたと思ったのか大きく溜息をつく。

「危ないところじゃったわい。あの花は儂のもんじゃ! 誰であろうと秘密を知られるわけにはいかん」


 冒険者ギルドの庭に花を植えた犯人はモーフィスであった。

 植えられた花はモーフィスがユウに頼み込み譲ってもらった物で、特殊な加工を施すことで花びらから抽出できる液体がモーフィスにとって命よりも大事なモノに息吹を与えるのだった。また花は周りから栄養を吸い上げるために他の植物があっては成長に影響を及ぼすので、冒険者ギルドの野ざらしの庭は花を育てるには格好の場所であった。




「えらくボロボロじゃないか。どれくらい潜ってたんだ」


 ウッズの工房では魔物の血や泥塗れになったニーナたちが『妖樹園の迷宮』で手に入れた素材やアイテムを机の上に並べていた。


「三日、これは妖樹園の迷宮で手に入れた物だよ。ウッズさん、これでどうかな」

「三日か……それで何層まで行けたんだ?」

「……二十七層」

「ユウがいたときは?」

「ご主人様がいたときは二日で最下層五十二層まで行っていました」


 ウッズの問いかけにマリファがどこか誇らしげに答える。


「話にならねぇな。ユウの役目は前衛のみか? 盾も兼ねてたのか?」

「えっと~、ユウは前衛と盾と白魔法と付与魔法と……あと索敵もしてたよね?」

「……食事と火の番も」

「ご主人様は通常のパーティーで必要な攻防、補助、回復、斥候から食事に野営の拠点作り、さらには事前の情報収集から装備まで全ての手配をしています」


 ウッズは改めてユウたちパーティーの歪さに呆れて口が開いたままになる。通常のパーティーであれば前衛職、敵の攻撃を防ぐ盾職、攻撃魔法や回復魔法に付与魔法などの後衛職、罠やマッピングに鍵の開錠をする斥候職などが各々助けあって攻略、探索するものである。


「お前ら、ユウにおんぶに抱っこか? ユウがいなけりゃお前たちはそこらの冒険者と変わらないんじゃねぇのか? ニーナ、こりゃなんだ?」

「これは妖樹園の迷宮で手に入れた素材だよ~」

「そんなことは見りゃわかる! アネモノイドの茎は乾燥すると使い物にならない。ドラゴンフライの羽は切り取る場所が悪い上に切断面がグシャグシャじゃねぇか。マッドマンティスの鎌は途中で折れてやがる。他の植物も採集の状態から保存までてんで駄目じゃねぇか! ユウがいたときはこんなことなかったのにな? なあ? ユウはお前らのところに戻るより、高ランクの冒険者パーティーか大手クランに行った方がいいんじゃねぇのか。ユウの実力なら引く手数多だぞ」


 ニーナはそんなことないと否定したかったが、ウッズの言っていることが事実なだけに顔を真っ赤にして頬を膨らませていた。レナはなにも言わなかったがムスッ、とした表情を浮かべ、マリファは普段どおりの顔を取り繕っていたが耳が苛立ちげにピクピクと細かに動いていた。


「う、う~、次はウッズさんを唸らせて見せるから、そのときはユウから預かっている装備を渡してよね!」


 ニーナは捨てセリフを残して工房から飛び出すが、本当はユウが手に入れた装備が欲しいのではなく、ユウに認められたかったのだ。だがウッズの言葉が事実で、今までいかにユウに頼っていたのかを思い知らされただけであった。




 ニーナがウッズの工房より飛び出して一週間が経過していた。ウッズは変わらず店を閉めたままで、昼夜問わず槌を振るい続けている。


「ウッズさ~ん」


 どこか間の抜けた呼声にウッズは肩を何度か鳴らし立ち上がる。


「よう、久しぶりじゃないか。諦めて逃げたかと思ったぜ」


 ウッズの挑発にもニーナたちはどこか自信あり気な笑みを浮かべる。


「ウッズさん、私たちはこんなことで諦めないよ~」

「……髭モジャ、吠え面をかく番」

「私がご主人様の役に立てることを証明しに来ました」

「ほぉ……ユウのおかげで良い装備に潤沢な補給品から食事まで提供してもらっていた奴らが言うじゃねぇか。どう納得させるつもりなのか楽しみだな。あとレナ、誰が髭モジャだっ!」


 ウッズの怒声にレナが素早くニーナの後ろに隠れる。

 ニーナは机の上に置かれている工具や素材を退けるとアイテムポーチを引っくり返す。


「こ、こりゃ……」


 アイテムポーチからは次々とニーナたちが手に入れた素材が飛び出てくる。魔物から剥ぎ取った部位はどれも丁寧な処理を施されており、冒険者ギルドに持って行けば高値で買い取ってくれるであろう。飴色草、半月花、霊草などの採集から保存までに技術が必要な素材は完璧な状態であった。


「えへへ~、これならどう?」

「ふっ……ふふ……ふははははっ! やればできるじゃねぇか! よし、そこで待ってろ」


 ウッズは大笑いしながら工房奥の倉庫に行ってしまう。残されたニーナたちは互いに目を合わせ笑みを浮かべるのであった。




「ふんふんふん~、儂のお花ちゃんは元気かな~」


 モーフィスがスキップでもしかねないほどご機嫌に、花を植えた庭の様子を見に来るのだが――


「ぎゃあああああああああああっ!!」

「なんですか大きな声を出して。あら、私の植えた花は順調に成長していますね」

「あがががぁぁぁっ……エ、エッダ……お前が植えた花とは……」

「ミントです。生命力が強く簡単に育つ花ですわ」


 ミント、多年草で繁殖力が強く、抜いても抜いてもその強力な繁殖力から次々と生えてくる。またその繁殖力で他の花々を駆逐することから場所によっては鉢植え以外での育成を禁止しているところもある。


「早速、お茶にして飲みますか? あらあら誰か・・が植えた花は枯れてしまったようですわね。

 ギルド長どうかされましたか? 顔色が悪いような……いえ、悪いのは頭でしたわね。おほほほ」

「儂のがあ゛あ゛ああぁぁぁぁっ!!」


 モーフィスの絶叫が冒険者ギルドに響いたとか響かなかったとか。

 エッダに隠しごとをしてはいけないと、モーフィスは心の中で誓うのであった。

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