第120話 再始動
夕暮れ時、都市カマー冒険者ギルド内は多くの冒険者達で賑わっていた。迷宮探索や大森林での狩猟、採集など日帰りで終わるクエストを受けた冒険者たちが帰って来る時間帯だからである。
特に一階カウンター前はDランク以下の冒険者たちがクエストの精算や各種素材の鑑定などでごった返していた。
中には受付嬢を口説こうと話が長くなり、後ろに並んでいる冒険者と喧嘩しだす者までいる始末だ。
「精算が終わったら、さっさとどきやがれっ!」
「俺がレベッカと話してんだから終わるまで待っとけっ!」
受付嬢レベッカを口説いていた冒険者の男と後ろで並んでいた冒険者の男が口論となり、ついには殴り合いにまで発展する。いつものレベッカであれば仲裁して事なきを得るのだが、最近のレベッカや他の受付嬢たちはどこか気が抜けており、冒険者ギルドの運営に支障をきたすまでになっていた。
「レ、レベッカさん、止めないと」
「コレット、放っておきな。好きにやらせておけばいいんだよ」
「で、でもっ、ギルド内での争いは禁止ですよ」
「そうだっけ?」
「レベッカさん、しっかりして下さい」
結局、周りの冒険者が間に入り騒ぎは治まるが、こういった小競り合いが最近増えてきているのにコレットは気づいていた。
「そういえば、フィーフィさんがしばらく休みを取るそうよ」
「えぇっ! そんな困ります。唯でさえ皆さん体調不良で休みがちなのに……それに最近は『腐界のエンリオ』の素材が大量に届いて、鑑定するだけでも大変なんですよ」
「私に言われてもねぇ。あの定期的に届く大量の素材は誰が持ち込んでるの?」
「それが……わからないんですよ。ギルド長は知っているみたいなんですが、聞いても教えてくれないんです」
レベッカはふ~んと気が抜けた返事をし、大して興味がないのか業務に戻る。
「もうっ! レベッカさん、しっかりしてください!」
やる気のないレベッカにコレットが珍しく不満を漏らしていると、冒険者ギルドの扉が開く。出入りの多い冒険者ギルドだが、入ってきた冒険者に周りがざわつき始める。
「おい、マリファが
「まじかよ……これで俺が知っているだけで三十日目だぞ」
多くの冒険者は週に一~ニ回の頻度で迷宮に潜り、残りの日は休養や情報収集などにあてるのだが、マリファは連日迷宮に潜っており、迷宮に潜らない日は大森林で魔物を狩っていた。
『ゴルゴの迷宮』に潜る冒険者たちはソロで探索するマリファを心配して声をかけるのだが、マリファは聞く耳を持たずに行ってしまうのでどうしようもなかった。
最初の頃はボロボロの姿を度々目撃されていたマリファであったが、今ではソロで『ゴルゴの迷宮』を攻略するほどに成長しており、魔狼と雲豹の二頭の従魔を従える姿から『二獣のマリファ』と呼ぶ者さえいた。
「マリファさん……」
「こちらの買取をお願いします」
「かしこまりました。今日もお一人ですか?」
「従魔は外で待たせています。大人しくするよう言いつけていますのでご安心ください」
マリファはコレットが本当はなにを聞きたいのかをわかっていたが話をはぐらかし、『ゴルゴの迷宮』で手に入れた素材をカウンターへ並べていく。
マリファの人を寄せつけさせない雰囲気に、コレットは心配していたがそれ以上聞くことができないでいた。それは周りの冒険者も同様で、以前に声をかけることができる程度には面識のあった冒険者たちも、今のマリファには声をかけることができないでいた。
「こちらが買取金になります。
それと今回の買取でマリファさんのランクがDになりました。おめでとうございます!」
マリファが冒険者となってわずか数ヶ月でDランクに上り詰めたことに、周りの冒険者たちが違う意味でざわつく。しかしマリファの表情に変化はなく、コレットの祝福の言葉に対しても反応を示さずにお金を受け取るとそのまま外へ向かってしまう。マリファが扉に手をかけようとしたとき、外から来た人物によって扉が開かれる。マリファはその人物を避けて外に出ようとするが、手で遮られてしまう。
「なんの真似……ウッズさんっ」
「ちょっとつき合ってもらおうか」
「申し訳ございませんが、忙しいのでお断――」
「いいや、つき合ってもらう!」
マリファの言葉がウッズの怒声によって掻き消される。ウッズの大きな声が冒険者ギルド内に響き渡り、皆がウッズとマリファに注視する。
荒くれ者の多い冒険者たちもウッズのあまりの剣幕に、普段であれば揉め事を冷やかす者たちも黙り込んでいた。
「わかりました。
コロ、ラン、ウッズさんはご主人様がお世話になっている方です。くれぐれも粗相のないように」
ウッズが背後から発せられる殺気に後ろを振り返ると、魔狼にランクアップしたコロと大森林で新たに従魔にした雲豹ランが今にもウッズへ襲いかかろうと身構えていた。
「この先に馴染みの店がある。ついて来い」
ウッズはマリファを伴って裏通りにひっそり佇む飲食店に入る。
店主と話がついているのか、コロとランも店内に連れてくるようウッズに言われたマリファは、そのまま奥の個室へと入って行く。少しすると店員が飲み物と食事をテーブルへ並べていくが、マリファはもちろんコロとランも手をつけない。コロとランに関してはマリファの厳しい躾により、許可があるまでたとえ餓死寸前になろうと手をつけないだろう。
「食わんのか? 事によっては話が長くなる。遠慮なく食べるといい、そっちの従魔の分も注文している」
「結構です。それより用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「俺の用件はユウのことだ」
「ご主人様の居場所を知っているんですかっ!」
マリファは思わず椅子から立ち上がりウッズへ詰め寄ってしまうが、すぐに落ち着きを取り戻し軽く咳払いをすると椅子に座り直す。コロとランは久しぶりに見た主の取り乱した姿に座ったままでいるものの、耳をピクピクと動かしていた。
「失礼いたしました。少し取り乱してしまいました」
「ユウとは何度か会っている、一昨日も会ったばかりだ。だが俺が知りたいのはユウがカマーから消えた日になにがあったかだ」
「そ、それは……私の口からは言えません」
ウッズはマリファを睨むように見つめるが、マリファが黙ったままでいるとわざとらしく大きく溜息をつく。
「あ~なんだ、別にお前を叱ろうと思っているわけじゃない。俺がユウから直接聞けばいい話なんだが、何分ユウと会える時間は限られているんだ。このあと屋敷でニーナとレナも交えて話さなくてはいけないこともある。ユウからお前たちのことを頼まれてはいるが、その前になにがあってこんなことになったのか教えてほしい」
「ご……主人様……」
マリファは知らずの内にスカートの裾を強く握り締めていた。やがて意を決したのか少しずつ話し始める。あの日、商人の護衛を装った者たちとゴーリアと名乗る狼人の争いがあったこと、どちらもユウを狙っており商人の護衛を装った者たちが聖国ジャーダルクの諜報員たちで、狼人はイモータリッティー教団の死徒であったこと、狙われたユウは責任を感じて去ったことをマリファは感情を抑えつけながらウッズへ話す。
マリファの主観が入った話ではあったが、おおよそのことを把握したウッズはエールを一気に飲み干す。
「えらい奴らに目をつけられたな。ジャーダルクは自分たちが正義と思っている連中で、イモータリッティー教団はそんな連中と渡り合っているんだ。どっちも厄介なことに変わりはない」
ウッズとマリファは食事もそこそこに、ユウの屋敷へと向かう。
屋敷の門のところでマゴと護衛の者たちと出会す。
「マゴ様、こんにちは。支払い日はまだ先のはずですが」
「これはこれはマリファさん、珍しい組み合わせですな。
催促で来たわけではありません、マリファさんは滞りなく支払っていますので信用していますよ。今日はクロさんに用があってお伺いしたんですよ」
「クロさんにですか……? どういったご用件で?」
「おや、聞いていませんか? それなら私の口からお伝えすることはできませんね」
「私はご主人様の奴隷です」
「ええ、ええ、存じておりますよ。ですがユウ様からなにも聞かされていないのに、余計なことをべらべら話すと私がユウ様に叱られてしまいます。
ホッホ、お恥ずかしい話ですが、今やユウ様は私の商会にとってなくてはならない存在になっていますので……では失礼させていただきます」
マゴはマリファとウッズに会釈し通り過ぎて行く。マリファはカマーに向かって去って行くマゴたちの後ろ姿を拳を握り締めながら見送る。
ウッズはそんなマリファの背中を軽く叩き、屋敷へと促す。門を潜り抜けると庭ではブラックウルフたちが寛いでいた。母親らしきブラックウルフのもとには乳を一生懸命飲むブラックウルフの子供たちと、母親と子供を護るように数匹のブラックウルフが横たわっていた。
「おっ……おぅ、すごい数だな」
「ご安心ください。ちゃんと教育はしていますので、ウッズさんへ襲いかかることはありません」
雄のブラックウルフたちがウッズの匂いを嗅ぐ。マリファが手で指示を出すと離れていくが、まるで敵かどうかを識別しているようであった。
「そりゃ助かる。こんな数に襲われたら一溜りもないからな。
さっき聞くのを忘れていたが、ニーナとレナは屋敷にいるんだな?」
「レナはいつもならどこかへ行っているのですが、今日はお弁当を頼まれていませんので屋敷にいるでしょう。ニーナさんはご主人様の部屋に引き篭もっています」
レナが普段どこに行っているのかを把握していないマリファに、ウッズは顔を顰める。屋敷に入ると居間ではレナが読書をしており、マリファとウッズを一瞥すると読書を再開する。
「レナ、久しぶりだな」
「……久しぶり。なにしに来たの?」
「ユウのことで話がある。ニーナがユウの部屋にいるんなら、そこで話をするからお前も来るんだ」
ウッズに興味を示さなかったレナだが、ユウの名前がウッズの口から出た途端に読んでいた本を閉じる。
「……どこにいる?」
「話は全員揃ってからだ。いいな? お前も来るんだ。マリファ、ユウの部屋に案内してくれ」
レナは椅子から立ち上がると、とことことマリファとウッズのあとをついて行く。
ユウの部屋の前まで来るとウッズは何度かノックをするが、部屋の中から返事はなかった。
「ウッズさん、無駄ですよ」
「……ニーナは落ち込んでる」
「入らせてもらうぞ」
ウッズはマリファたちの返事も聞かずに扉を開けて部屋の中へと入ると、ベッドの上の光景に目を見開く。
「なんだこりゃ?」
ベッドの上ではシーツやユウの物だと思われる衣服が山のように重なっていた。そして恐らくニーナはその中心にいるのであろう。
「ニーナ、いるのはわかっているんだ。出て来いっ!」
ウッズの呼びかけにニーナから返事はない。だが、次の一言で反応があった。
「ユウのことで話がある」
「………………ユウ、のこと? ……うっ、うぅ……ユゥ…………ひっく、ユゥどこにいるの……」
「とにかくそこから出て来い。話をしようにもそんなところに潜られたままじゃどうしようもない」
しばらく待つと衣服の山の中からポンッ、とニーナの顔だけが飛び出す。ニーナの髪はボサボサで泣きはらしたのか目は真っ赤になっていた。
「ウッズさん……ユウの居場所……知ってるの?」
ウッズはニーナの問いかけに返事もせずにテーブルと椅子をベッドの前まで移動させると、マリファとレナにも座るよう促す。二人が座ると、ユウから預かっているアイテムポーチからテーブルの上に一つ一つ丁寧に指輪、ネックレス、腕輪などの装飾を並べていく。どれもユウが『腐界のエンリオ』で手に入れた物だ。
レナが指輪の一つに触ろうとするが――
「触るなっ!」
ウッズが一喝するとレナは手を引っ込める。
「これは今のお前たちが軽々しく触っていい物じゃない」
「……血がついてる」
レナが言うとおり、どの品も血がこびりついていた。
「気づいたか? これはユウが文字どおり血反吐を吐きながら地べたを這いつくばるようにして集めたもんだ。お前たちが冒険者を辞めていなければ渡してくれと頼まれているが、あえて血は取り除かずにしている」
ウッズの言葉は比喩などではなく、今でこそウッズに手に入れた素材やアイテムを渡す際は余裕があるが、最初の頃は血みどろで腕や足の一本がもげているのも珍しいことではなかった。
「マリファはレナがどこでなにをしているのかも知らない。レナ、お前が王都の周辺の迷宮に潜っているのは知り合いの冒険者から聞いている。マリファたちになにも伝えず迷宮に潜っているようだな? ニーナ、お前はいつまで引き篭もっているつもりだ? 冒険者のパーティーで一番大事なのはなんだ? 実力か? 装備か? 違うだろう! ユウが寝る間も惜しんで頑張っているのは自分だけのためじゃなく、お前たちのためでもあるんじゃねぇのか?
今のお前たちにユウから預かっているアイテムを渡すわけにはいかねぇな。装備を作ってくれと頼まれてはいるがそっちも渡す気はねぇ! 欲しけりゃ俺を納得させてみろっ! いいか、心を入れ替えたら俺の店にまで来い! お前たちの装備がいくつか壊れているのはユウから聞いているから、その分に関しては直すか代わりの物を用意してやる」
ウッズは一気に捲し立てると、テーブルの上のアイテムをアイテムポーチへ仕舞い込み部屋から出て行ってしまう。
残されたニーナたちは誰も言葉を発さずにテーブルの上を見つめていた。テーブルの上にはウッズが置いたアイテムについていた血が粉のように残っていた。
「ユウ……ユウ……う゛ぅっ……」
テーブルの上に水滴が一つ落ちる。水滴は次々と落ちていき、あっという間にテーブルの上を水が拡がっていく。
「わ、私……がんばるがらっ、ユ゛ウが頑張っているのに……私は……ひっく、うぅぅ……」
ニーナはテーブルを抱き締める。涙がこれ以上零れないように。
レナは帽子を深く被る。今の自分の顔を誰にも見られたくないかのように。
マリファはいつかの日のように天を見上げていた、涙が溢れ出さないように。
その日、ニーナたちは久しぶりに一緒に食事を摂り、これからのことを遅くまで話し合った。
翌日、朝早くからウッズの店に訪れるニーナたちの姿があった。
「ふんっ、ちったぁマシな面になったじゃねぇか。店の中に入れ」
この日、ニーナたちはパーティーを再始動する。
「ゴーリ……あぁ、名前忘れた。あいつが失敗した?」
「ゴーリア、ゴーちゃんだよ。それに失敗したかはまだわからないよ。連絡が取れなくなっただけなんだから」
「あいつにはアーゼロッテの風の精霊をつけてたんだろ。それなのに連絡がつかないってことは負けやがったな、情けない野郎だ。だから私は死徒にするのを反対したんだ。誰だ、あの雑魚を推薦した奴はっ!」
メリットは苛立ちながら尻尾を地面に叩きつける。何気なく振るわれた尻尾はさして力が入っていないように見えたのだが、メリットを中心に十メートルほどの亀裂が円状に大地へ刻み込まれる。
「メリちゃん、怒らないでよ。う~んとね、精霊ちゃんたちがあんまり協力してくれないんだから仕方がないじゃない。ゴーちゃんを推薦したのは~、えっと、え~と……誰だっけ? おじいちゃん、覚えてる?」
「はて? 誰じゃったかのぅ……最近物忘れが激しくてな」
「ちっ、どいつもこいつも使えないねぇ。今の仕事が終わったら私が行く」
「お仕事ぉ? この人たちもその関係?」
メリットたちの眼前には数千の骸が拡がっていた。
骸たちは同じ剣や鎧で統一されており、恐らくどこかの国の騎士団だろう。骸たちの死因は斬殺、殴殺、刺殺、圧死、魔法による焼死、凍死、水死、裂傷など様々であった。
「こいつらはうちに依頼してきたロプギなんたらって小国の騎士団だ。不死の傭兵団のおかげで戦争に勝てたくせに、金の支払いを渋りやがったから皆殺しにした」
「メリちゃんが殺したのぉ?」
「こんな雑魚の相手するかよ、この程度の数ならうちの団員で十分皆殺しにできる。
次の仕事はマンドーゴァって国だ。それなりに大きい国らしいから楽しめそうだ」
メリットは首を何度か鳴らし、それ以上話すことはないと行ってしまう。残されたアーゼロッテとドワーフの老人はやれやれと首をすくめる。
「メリちゃん、怒って行っちゃったね」
「赤手は気難しいからのぅ。
それにしてもマンドーゴァ国も可哀想に、赤手が相手とは……いや、本当に可哀想なのはユウ・サトウか。
儂らはゴーリアを探すとするか……。迅雷、風の精霊で居場所はわかるんじゃろ?」
「私、その名前キラ~イ。可愛くないもん! 私のことはアーゼロッテかアーちゃんって呼んでほしいなぁ。
えっと、ゴーちゃんのいるところだよね? う~んとね、居場所を聞こうとしてるんだけどぉ、風の精霊が嫌がるんだよねぇ。だからゴーちゃんとも連絡がつかないんだよ、居場所はウードン王国内ってとこまではわかるんだけど、こんなこと今まで一度もなかったのに変だよね?」
「ふむ、とりあえず都市カマーに行けば風の精霊への干渉力も強まるじゃろう」
「は~い」
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