第111話 ウッズの苦悩
都市カマーの大通りから1本道をずれると、人気の少ない裏通りがある。裏通りのなか、営業しているのかしていないのか判断に迷う鍛冶屋が1軒あるのだが、この鍛冶屋の店主は冒険者たちの間では違う意味で有名であった。
店主の名前はウッズ・コロリ、腕は確かなのだが持っている固有スキルが問題であった。スキル名は『不運』、このスキルによって鍛冶職であれば装備作成時に一定の確率でつくスキルが全くつかなかった。
そもそも高位の鍛冶師ならばともかく、普通の鍛冶職人であれば狙ったスキルなどほぼつくことはない。にもかかわらず、ウッズの店の人気がないのには理由があった。
冒険者は命懸けの稼業だ。いわゆる一般庶民以上に験担ぎに拘る。そのため腕は確かにもかかわらず、ウッズの造った武器や防具は敬遠されていた。
ウッズの店の奥からは鎚で金属を叩く音が響き渡るが、今日はどこか音にムラがあった。
「むぅ……っ!? くそっ。やっちまった」
ウッズは叩いていたロングソードを見ると、刃は均一な厚みではなく所々歪んでしまっていた。思わずウッズは舌打ちをする。
「どうも調子が出ねぇ」
ここ最近のウッズはこんな調子で思うような武器や防具を造り出すことができなかった。
満足のいく物が作り出せない原因はわかっていた。
「あの坊主、どこをほっつき歩いてんだか」
ユウが都市カマーより姿を消してすでに十日が経過していた。ユウが姿を消したことをウッズは数少ない馴染みの冒険者より聞いていた。
心配になったウッズがユウの屋敷へ訪れると、そこには青白い顔でユウの部屋に引き篭もるニーナとつき添うレナがいるのみで、マリファに至っては1人で迷宮へ潜っていると聞いたウッズは、内心怒りで血が熱くなるのを抑えるのが大変だった。
「心配させやがって! 戻って来たら1発ぶん殴ってやる」
ウッズは失敗作のロングソードを樽の中へ放り込むと何度目かわからぬ溜息をつく。
そのとき――――
「おっちゃん」
聞き覚えのある声が工房内にいたウッズの耳に届く。ウッズは慌てて声のする方へ向かうが、慌て過ぎて金床に脛をぶつけてしまう。
「痛っ!? ど、どこだ」
ウッズは痛む脛を押さえながら工房から店内へ小走りで向かうと、そこには奇妙な光景があった。
何も無い空間にガラスでもはめ込んだかのように縦横二十センチほどの四角い空間ができていたのだ。ウッズが恐る恐る覗き込むとそこにはユウが立っていた。
「っ! お前、どこを――」
冷静に接しようとしていたウッズだったが、ユウの姿を見ると一気に血が上り怒鳴りそうになる。しかしユウの姿に絶句する。
満身創痍、まさにユウの状態はその言葉が当て嵌まった。目の下はいつから寝ていないのか酷い隈ができており、頬も痩けている。
この前売ったばかりのスピリッツソードは何年も使い込んだかのように刃こぼれしており、高い防御を誇るダマスカス鋼でできた防具も至るところが破損していた。
ウッズはユウ傍から漏れてくる瘴気に思わず吐き気を催す。
「どこにいる。いや、坊主……『腐界のエンリオ』だな。しかも……上層じゃねぇ……中層以降に潜っているな」
ユウの傷口からは蛆が湧いており、ウッズはその傷に見覚えがあった。『腐界のエンリオ』、第46層に生息する腐食馬蝿、この魔物は傷口に卵を植えつける習性があり、一旦卵を植えつけられるとものの数十分で卵は孵化し、宿主の体内より肉を喰い破って飛び出してくる。
「たった1人で……バカヤロウがっ。この入口はもっと拡げることはできないのか?」
「そんな……余裕はないよ。今から……ここで集めた素材と魔導具を渡すから……ニーナたちが冒険者を続けているならなにか防具を造って……魔導具は渡してほしい。魔導具の使い方は紙に……書いてるから」
心身共に疲弊しているのか、虚ろな目で言葉に反応するユウにウッズの胸が苦しくなる。
ユウは徐ろに腕を突き出すと手にはアイテムポーチが握られていた。
「おっちゃん……早く……受け、とって。あまり時間がない」
ユウの後方には『腐界のエンリオ』に生息する凶悪な魔物たちの姿が見え隠れする。腐肉喰兵隊蟻、ロットンキマイラ、デュラハン、腐食馬蝿、腐肉芋虫、マッドネスゴースト、どれもこれも単体で高い戦闘力を誇り、ソロで挑むなどありえない魔物であった。
「おっちゃん、た……のんだよ」
アイテムポーチをウッズへ半ば無理やり押しつけると、ユウは魔物の群れに向かって行く。そしてユウが離れると同時に入口も閉じていく。
「ま、待てっ! 次はいつだ? いや、いつでもいい! 坊主の都合のいいときに必ず連絡をしろ! わかったな!」
ウッズは両手で力一杯閉じていく入口を押さえるが、空間は徐々に閉じていく。遂に空間は完全に閉じてしまう。
空間が閉じたあともウッズはしばらくその場を動けずにいた。
しかし漸く腹を括ったのか、ウッズは動き出す。向かった先は店の入口で、急いで店を閉めるとそのまま店の奥にある大きな作業机にアイテムポーチから素材を出していく。
「こいつぁ……すげぇな」
思わず唸るウッズだったがそれも仕方のないことだった。ユウが集めてきた素材はどれもが高額で取引される素材ばかりである。腐肉喰兵隊蟻の甲殻、ロットンキマイラの皮に鬣、中にはアンデッドになったであろう巨人族の皮まであった。さらに魔導具に至っては、『強命の指輪』『聖天使のピアス』『闇のアンクレット』『魔王セーンの指輪』『使役の指輪』『闇のネックレス』、どれもがオークションで出品すれば金貨千枚から開始、恐らく落札するとすれば金貨五千枚以上はする魔導具だった。
ただし魔導具にはユウのと思われる血がこびりついていた。
ウッズは自身の頬を両手で叩いて気合を入れると、ミスリルの鎚を握り締め腐肉喰い蟻の甲殻を叩いていく。その音は先ほどまでとは打って変わって澄んだ音である。
この日よりウッズの店は閉まったままで、店内奥の工房からは昼夜を問わず、鎚の音が鳴り響く。だが、一部の冒険者が気にかけるのみで、大多数の冒険者は気にも留めることはなかった。
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