第95話 来ちゃった

「モモ、じっとできないなら頭から降りろ」


 ユウの頭の上で足をパタパタさせていたモモと呼ばれたピクシーは、ユウの言葉にパタパタさせていた足をピタッ、と止めると、器用にユウの飛行帽の中へ潜り込む。


 ドライアードとピクシーたちの治療を終えたユウは、そのあとカロンたちを探すが見つからなかった。

 クロと魔力が繋がっているユウはニーナたちの状況を確認すると、クロの話から大凡の内容を把握し、これ以上カロンを探しても無駄と判断すると、都市カマーの冒険者ギルドへ向かっていた。

 ユウの飛行帽から顔を覗かせているモモは、ドライアードとピクシーたちの隠れ家にいた人見知りの激しいピクシーで、ユウの頭に乗ったままついて来てしまったのだ。ユウが帰れと言っても従わず、涙目で黙ったままユウの頭にしがみつくのでお手上げだった。最初は「おい」「お前」と呼んでいたユウだったが、不便だったのでなんとなく名前をつけると、モモは大喜びでユウの頭の周りを飛び回った。


 ユウが都市カマー冒険者ギルド前に着くと、入口前を清掃している受付嬢と目が合う。


「あれは……確かアデーレさんだったか」

「来たっ!」

「!?」


 アデーレは一目散に冒険者ギルド内へと走って行く。

 ユウが冒険者ギルド内に入りカウンターへ向かうとその光景に立ち尽くす。


「あっ。ユウさ~ん、お帰りなさい」


 コレットはいつもどおりの笑顔で出迎えるが、他の1F受付嬢たちは素早い動きでユウを囲む。まるでなにかから守るような布陣だった。


「ユウくん、お帰り」

「ユウちゃん~怪我はしてない? 何処か怪我してたら言ってね。こう見えても私は白魔法が使えるんだよ」

「ぷぷっ。フィーフィさんの白魔法って、爪の先くらいの傷でも治療するのに30分はかかる――痛いっ!? フィーフィさん、やめて」


 フィーフィの白魔法をバカにしたアデーレが頬を抓られる。 

 若い女性に囲まれる。男性からすれば羨ましい光景かもしれないが、ユウ以外の男性冒険者は目を合わせようとすらしなかった。その理由はユウを囲む受付嬢たちの目が獲物を狙う肉食獣を思わせたからだ。男性冒険者の中には触らぬ神に祟りなしとばかりに、早々とクエストを受け冒険者ギルドから退散する者までいた。


「あらあら、大人気ですね」


 2Fより現れた女性に1F受付嬢たちは表情を曇らせる。


「げっ、モフコ」

「アデーレさん、何度言えばわかるんですか。私の名前はモフです。その呼び名は不快です」


 アデーレにモフコと呼ばれた女性は耳を尖らせ尻尾を一度振るう。特徴的な尻尾から女性の種族は狐人と判断できた。


「モフ、2F担当のあなたが1Fになにしに来たのよ」

「フィーフィさんたちこそ、業務を放り出してなにをされているんですか」

「見てわからないの? ユ、迷宮から帰って来た冒険者を出迎えてるんじゃない」

「そのせいで他の冒険者たちが蔑ろになっているように見えますが?」


 フィーフィが「ぐぬぬっ」と呻き声を上げるも、ユウの姿をモフの視界から隠すように立ち位置を変える。

 モフは態とらしく溜息をつきながらフィーフィの前まで進む。


「私がこの事態を解決してあげます。さあ、フィーフィさん、退いてください。

 ユウさん、初めまして。私は2F受付担当のモフです。先日はバルバラが失礼な態度を取ったようで、バルバラに代わって謝罪させてください。本来、受付嬢が冒険者に対して暴言を吐くなどあってはなりません。バルバラはエッダさんよりきついお仕――注意がされていますので、今後は失礼な態度を取ることもないでしょう。

 迷宮から帰って来たそうですね。それでは2Fに行きましょう」


 モフがさも当然のようにユウを2Fへ連れていこうとするが、フィーフィたち1F受付嬢がそれを許さない。


「ち、ちょっと、なにをしれっとユウちゃんを連れていこうとしてるのよ! ユウちゃんは、いつも、1Fで、クエストの精算をしているのよ」

「ユウさんは数ヶ月でCランクになられるほど優秀な冒険者です。今後のことを考えれば、2FでCランク以上の冒険者や2F受付嬢と親交を深めるのがユウさんのためになるのではないでしょうか?」


 フィーフィは「ぐぬぬっ」とニ度目の呻きを上げながらコレットに目で合図を送るが、コレットはなにをすればいいのかわからず慌てふためくだけだった。


「あの、あの。モフさんっ、前みたいに皆で鑑定しませんか? そうすれば皆仲良くなれていいな~ってダメですか?」


 フィーフィには強気のモフもコレットの笑顔には弱かったのか、困った顔を浮かべながらユウを見る。


「私としては今回も買い取りしていただく素材の量は多いので、皆さんで鑑定していただきたいですね。それにホットケーキの感想もまだ聞いていないので」


 ホットケーキの単語が出た瞬間に1F受付嬢たちの顔に緊張が走る。前回、エッダにバレてお仕――説教をされた思い出が蘇ったのだ。


「ホットケーキですか。あれは素晴らしい物ですね。大変美味しくいただきました。

 フワフワの生地、ジャイアントビーから取れる希少な蜂蜜、そのまま食べても甘いパンケーキに蜂蜜を絡めて食べると。んんっ、失礼いたしました。

 あのような素晴らしい食べ物を1F受付嬢たちだけで独占していたんですから驚きですね」


 モフはホットケーキを食べたときのことを思い出したのか、頬を赤らめる。熱を冷ますように頬に手を当てるが尻尾は左右に大きく揺れていた。


「独占?」


 モフの言葉にフィーフィたちの顔から汗が吹き出る。フィーフィたちはモフに指で黙っていろとジェスチャーを送るが、モフはそんなフィーフィたちを一瞥すると笑みを浮かべて頷く。フィーフィたちが安堵の溜息をつくが……。

 

「ユウさん、この方たちはユウさんからの差し入れを自分たちだけで独占していたんです。前回エッダさんが気づくまで、同じ冒険者ギルドで働く2F受付たちにも隠していたんですから嘆かわしいことです」


 モフの暴露にフィーフィたちの顔が青褪める。

 この暴露によってユウからの差し入れがなくなる可能性と、ユウから軽蔑の目を向けられるのではないかと不安が襲う。


「コレットさん」

「は、はいっ!」


 コレットもフィーフィたち同様に不安な顔でユウを見つめる。

「今度はもっと多く作ってきます」


 ユウの言葉にコレットは満面の笑顔を浮かべ思わず抱き着く。フィーフィたちは「ユウちゃん、最高っ!」と叫ぶ。

 モフは予想と違う結果になったが、ユウの差し入れにありつけるのであれば悪くないと思っていた。


 ユウに抱き着くコレットだが、額を押し返すような力を感じふと目線を上に上げると、そこにはモモが一生懸命ユウからコレットを剥がそうと押し返していた。


「ピ、ピクシー!」

「か、か、かわいい! 私、こんな近くでピクシー見るの初めて」

「や~ん。この子、ユウくんを庇ってるのかな?」


 モモは群がって来る受付嬢たちからユウを守るように浮かんでいたが、迫り来る受付嬢たちの圧力に怯え、ユウの飛行帽の中へと隠れる。飛行帽の中から顔だけを覗かせるその姿に受付嬢たちから黄色い悲鳴が上がる。コレットもピクシーの頭を撫でたいが嫌われるのが怖いのか、うずうずしながらも我慢する。モフはすました顔をしていたが、揺れる尻尾とモモを凝視する姿で興味津々なのはバレバレだった。

 ユウは素材の鑑定を済ませて早く帰りたかったのだが、モモを一目、いや隙あらば撫でようとする受付嬢たちのせいで帰るのが大幅に遅れることになる。

 モモ騒動が落ち着き、クエストの精算や素材の買い取りが終わった頃には、外は夕暮れどきになっていた。

 ユウが家に着くとブラックウルフたちがじゃれついて来る。モモはブラックウルフが怖いのか、ユウの飛行帽の中に引っ込んだままだ。


 家に入るとマリファが出迎えユウの装備を受け取る。その際モモを見るが特に興味はないようだ。

 居間に向かうとすでにマリファが料理を作ったのか、テーブルの上にはパンやシチューなどの料理が並べてあった。ニーナとレナが若干、不服そうな顔をしているのがユウは気になった。


「なにかあったのか?」

「マリちゃんが~」

「……ずるした」


 なんのことかユウにはさっぱりだったが、モモを見るなり機嫌が良くなる。モモも面識のあったニーナとレナには警戒心が薄いようで、頭を撫でられても不快感を示さずに野菜をもそもそと食べる。


 食事を終えたユウはそのまま風呂に入るが、そのときもモモはついて来るので一緒に入る。お湯が珍しいのか恐る恐る触るモモだったが、危険がないとわかるとユウが手で掬ったお湯の中に浸かる。風呂から上がったユウは部屋に戻るが、モモは少しのぼせてしまったのかユウの頭の上でひっくり返っていた。


 次の日、朝早くからブラックウルフたちが騒いでいた。

 ユウたちが庭に出るとそこには――


「ちょっと! あんたたち、わ、私が誰だかわかってるの! わ、わ、舐めないで」

「お、狼の分際で私たちを怒らせると怖いわよっ」

「あ、あの蜂さん、そんなところに巣を作ろうとしないでください。あっ、ユウさ~ん、見てないで助けてくださいっ」


 庭でブラックウルフとジャイアントビーに囲まれていたのはドライアードとピクシーだった。

 ピクシーたちはユウを見つけると一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに顔を戻すと背を反らして腕を組む。


「ふん。来てあげたわよ」

「わ~、ここが私たちの新しい家か~」

「なに見てんのよ! は、早く助けなさいよ。助けてくれるわよね?」

「ユウさん、お世話になります」


 ユウが頭の上で寝そべっているモモを見上げる素振りをする。モモは見えもしないユウの視線から逃げるように、後頭部へと逃げるのであった。

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