第94話 因果応報
『妖樹園の迷宮』12層、樹木でできたトンネルをカロンと古参の団員たちが走り抜けていた。
「カロン、分かれ道だ。どうする?」
「右だ! 普通なら11層には真ん中のルートが近道だが、後ろからあのガキが追いかけて来ているかもしれねぇ。
このトンネルを抜けた先からは草原地帯だ。そのまま進めば小さな泉がある。そこなら魔物もほとんど現れねえ。
夜まで時間を潰してから転移石を使って脱出するぞ」
カロンたちは気づかない。その先には獲物が来るのを今か今かと待ちわびている者がいることを。
「お待ちしておりました」
マリファはスカートの端を摘むとカーテシーで挨拶する。
カロンたちは突如現れたメイド服姿のダークエルフに戸惑いを隠せない。
「何者だ? 俺たちは急いでいるんだ」
カロンの取り巻きが威嚇するように武器を突き出すが、マリファは微笑むと次の瞬間、無表情になる。
「よくも……塵以下の分際で、私のご主人様に手を出してくれましたね」
「てめえっ、あのガキの仲間かっ!」
弓を構えていた男が素早い動きで弦を引き矢を射る。放たれた矢は空気を切り裂きながら、マリファの眉間目掛けて迫っていく。しかし矢がマリファに届くことはなかった。マリファの後ろに控えていたスッケが、全身の毛を膨張させて矢を弾き返す。
「なんだと……シープウルフが俺の矢を防ぐだと!?」
「バカな。シープウルフはランク3の魔物だ。サーヴィスの矢を防ぐなんてありえねえ」
動揺するカロンたちを尻目に、今度はマリファが弓を構えるとカロンたちは盾を構える。ダークエルフは弓の扱いに長けた種族なのは常識だ。
マリファが射った矢はカロンたちのはるか頭上の樹木の枝に突き刺さると、木屑がパラパラとカロン達へと落ちてくる。
「ハッハ~、なんだよ。警戒して損したぜ。
ダークエルフのくせに大した腕じゃないな」
ユウの仲間と警戒していたカロンだったが、マリファの腕が大したことないとわかると安堵の表情を浮かべる。他の団員たちも途端に笑みが戻り余裕すら漂わせる。
「へっへ。ご主人様に手を出して、あ~なんだって? なんなら俺たちが可愛がって――ぐあ゛ぁっいでぇぇぇぇぇっ!」
男の1人が突然、苦痛の表情を浮かべ蹲る。全身から汗を吹き出し、とても動ける状態ではないのが一目で判断できた。
「おいっ、どうし――」
蹲る男へカロンが駆け寄ろうとするが、カロンにも同様の激痛が襲いかかる。
激痛に耐えながらカロンが周りを見ると、残りの団員も激痛に襲われていた。
「少しは自身の犯した罪の深さがわかりましたか?」
マリファがスッケを伴いカロンたちを見下ろす。
カロンはマリファの手で蠢くものに気づく。
最初は黒いドレスグローブだと思っていたが、マリファが近づいて来たことで
「て、てめぇ……虫、使い……か……ぐう゛ぅぅっ」
「塵のくせによく気づきましたね。この蟻はバレットアントです。
この蟻に刺されると凄まじい激痛に襲われ――あぁ、激痛については実際に体験しているので説明の必要はありませんね」
「矢に蟻を……外し、たの……も」
「当然、態とです」
カロンたちに残された時間は少なかった。すで団員の1人が激痛によりショック死していたのだ。
団員の1人が激痛の中、力を振り絞って手斧をマリファ目掛けて投擲しようとするも、気配を消していたコロが男の手首に噛みつき、そのまま激しく顔を振り回し、手首をもぎ取る。
「ぎゃあ゛あ゛ぁぁぁっ! お、俺の腕ががっ!」
「コロ、お腹を壊しますから食べちゃダメですよ」
泣き叫ぶ男などいないかのようにマリファはコロの頭を撫でると、コロは咥えていた手首をぽいっ、と投げ捨て目を細める。その様子を見ていたスッケも頭をマリファの足へと擦りつける。
「あなたが『権能のリーフ』盟主のカロンですね。あなたは特に念入りに苦しみを与えてから死んでいただきましょう」
カロンはマリファの言っていることが理解できなかった。すでにバレットアントの攻撃により全身を凄まじい激痛を襲っている中、楽に死ねるわけがない。
「ふ、ふざけるなっ!」
カロンは激痛の中、準備していた黒魔法第2位階『ファイアーウォール』を放つ。マリファの前に高さ5メートルほどの炎の壁が立ち塞がる。
「ひっ。カ、カロンさん、なんっ……ぎゃあ゛あ゛ああっ!!」
「あ、あんたっ、これまで尽くしてきた俺たちを見捨てるのかっ!」
「熱いっ! 熱い~っ! だすげてくれーっ!!」
炎の壁はカロンたちをも巻き込み、逃げることのできない『権能のリーフ』団員たちは炎に包み込まれる。
しばらく『権能のリーフ』団員たちの絶叫が響くがやがて声が消え、マリファが精霊魔法第1位階『ウォーターボール』で消火すると、そこには黒焦げと化した『権能のリーフ』団員たちの死体が転がっていた。
「死体が1つ足りない……逃げても地獄とも知らずに。
それにしてもニーナさんとレナには悪いことをしました」
マリファの横でスッケとコロが首を傾ける。
ユウを追いかけていたニーナたちだが、実はユウとカロンたちの戦闘中に追いつくことができていたのだ。
耳の良いマリファがカロンたちが逃げる算段をしていることを知り。ユウがピクシーたちを見捨てることができないと理解していたので、逃げるカロンたちの始末は自分たちですることで意思を統一していた。
先回りし待機していたマリファは途中、嘘の情報をニーナたちに伝え、それぞれ違うルートで待ち伏せするよう提案し、ニーナたちはカロンたちが来ないルートで待機していた。
マリファはどうしても譲りたくなかったのだ。自身が神と崇めるユウに手を出し、怪我まで負わせたカロンたちを。必ず自らの手で地獄の苦しみを味あわせ殺したかったのだ。
妖樹園の迷宮入り口、そこから数十メートル離れた場所をふらつきながら歩く男がいた。
「ぐぅぅ……さ、3級のポーションを飲んだのにどうなってんだ」
男はカロンだった。あの瞬間、カロンはファイアーウォールで自分自身も包み込み、バレットアントを焼き殺し、炎に身を焼かれながら転移石で脱出していた。代償は全身に重度の火傷を負うはめになったのだが、王都で貴族しか利用できないアイテムショップで大枚はたいて購入した、3級のポーションで全身の火傷は跡形もなくなっていた。にもかかわらずカロンの視界は狭まり、全身を激しい痒みが襲っていた。
「と、とにかく一旦、街へ戻って待機させている……な、仲間と共に王都へ戻……る。
へ、へへへ。あ、あのガキ共、生まれて来たことを後悔させてやる。地獄を……見せてやるぞ。バリューさんの……手駒にはウードン五騎士の1人がい、いるんだ。あのガキがいくら化け……物みたいに強くても、ま、負けるはずがねえ」
「おや、どうされました?」
カロンの目の前に執事服の老人が立っていた。カロンはすぐさま警戒し、腰につけているダガーの柄に手を伸ばす。
マルマの森は比較的安全な森だったが、それは迷宮が見つかるまでの話だ。今は危険な場所として、一般人が来ることなど余程のことがなければない。そんな場所に執事服の老人がいるのだから、カロンが警戒するのも無理はなかった。
「執事服……ジジイっ、あのダークエルフの仲間だな!」
「はて? ダークエルフ。
なるほど。あなたはもしかして『権能のリーフ』の方ですね」
「惚けるな! 俺が『権能のリーフ』盟主カロンだと知って、とどめを刺しに来たんだろう!」
「ほぉ……あなたがカロン・バルドデッサですか。
入手した画像とは外見が余りにも違ったので気づきませんでした」
「が、外見が違う……だと?」
「おや? ご自分の状態を理解されていないようですね。良ければこちらで確認されてはどうです。
申し遅れましたが私はヌングと申します」
カロンはヌングから渡された手鏡で自分の姿を確認すると、思わず悲鳴が漏れた。
「ひぃっ!? なんだこりゃっ! こ、これが俺の姿だと……」
カロンの顔はフジツボのような物がびっしりと覆っていた。良く見れば突起物の中で小さな幼虫が蠢いる。
「ツツガムシですな。迷宮内で卵を植えつけられたのでしょう。
しかしここまで孵化が早いのはおかしいですな。虫使いとでも争いましたか?」
「あ゛あ゛あ゛あああああああっ! あのダークエルフの女だっ! 糞がっ! 許さねえ! 殺す! 絶対に殺してやるぞっ!! 泣き叫ぼうが許さねえ! お、俺の顔が……あんまりだ。こんなひでぇことってあるか。あ゛あ゛痒い、顔が、腕が、足が、全身がっ!」
カロンは半ば発狂し鎧を脱ぎ捨てると全身を掻き毟る。血が吹き出し、孵化した幼虫が皮膚から飛び出す。幼虫が飛び出す度に、今まで味わったことのない激痛にカロンは叫び散らす。
「さて。私の用事はカロン様でございます。
主より伝言をお預かりしています」
「な゛、な゛んだっで?」
「“私の領地で大臣の犬が調子に乗るなよ”確かに伝えさせていただきました。
あとカマーにいる皆様には
「お゛ま――」
そこでカロンの言葉は途切れる。
カロンが最後に見た光景は天地がひっくり返り、自分を覗き込む老人の感情を一切感じさせない眼だった。
「ユウ様たちにはお礼にミートパイでも差し入れしましょう」
カロンが絶命するのを確認するとヌングは軽い足取りで森の中へと消えて行く。
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