第86話 深夜の特訓②

 冒険者のギルドでの取引を終えたユウたちは、手に入れたお金を分配していた。


「おでば言っでだどおり黒曜鉄の盾を貰うな」

「俺はポーション系が欲しいな。ユウは魔法のブラシと匂い袋が欲しいんだよな?」

「ああ、それでいいよ。あとエルダートレントの枝の分は報酬から引いといてくれ」


 ラリット、エッカルトは手に入れたお金に満面の笑みを浮かべながら帰って行く。

 ユウたちも屋敷へ帰るが、途中でレナが眠ってしまったのでユウがおぶって帰ることになった。後ろでマリファがご主人様におぶらせるなんてと怒っている。


「レナ、いいな~。前もおんぶしてもらってたし、いいないいな~」


 屋敷に着くとユウたちに気づいたブラックウルフたちが集まって来る。ブラックウルフたちの中にコロも混ざっているが、スッケは少し離れたところから恐る恐るこちらを窺っているので、ユウが手招きすると嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お帰りなさいませ」

「クロ、わざわざ庭で待ってたのか? 先に入っててよかったのに」

「主より先に、某が屋敷で寛ぐなどありえませぬ」

「なんだよ。その変な喋り方は」


 ユウは背負っているレナをニーナに押しつけると、アイテムポーチの中から魔法のブラシを取り出す。

 ニーナとマリファはユウの持っている魔法のブラシを凝視し、期待の眼差しを向けるのだが、ユウはブラックウルフたちを順番に魔法のブラシで梳いていく。


「ユ、ユウっまさか魔法のブラシを買い取ったのは……」

「ご主人様、ブラックウルフたちのために……」

「そうだよ。これでこいつ等をピカピカにしてやるんだ」


 めったに笑顔を見せないユウが満面の笑顔で答えたので、ニーナとマリファはそれ以上なにも言えなかった。ただニーナは気持ち良さそうにブラッシングされているブラックウルフたちを羨ましそうに見ながらいいなを連発している。


 1時間後にはピカピカになったブラックウルフたちが、気持ち良さそうにユウの周りに座り込んでいた。


「うわぁ~。毛並みがツヤッツヤ~のピカッピカ~」


 ブラックウルフたちの毛並みに満足したユウは、ニーナにおんぶされているレナのアイテムポーチからミスリルの杖を取り出すと、エルダートレントの枝を杖の先端に針金で縛る。


「ご主人様、それは箒ですか?」

「魔女といえば箒だろ」

「ユウ~掃除でもするの?」


 ユウはできあがったミスリルの杖改め、ミスリルの箒に跨ると風の黒魔法を唱える。風の加護があるエルダートレントの枝が反応し、ユウとミスリルの箒が徐々に浮かび上がる。


「お、意外とコントロールが難しいな」

「いいな~いいな~。ユウ~、私も後ろに乗せてよ~」


 しばらく空中での散歩を楽しんだユウが地面に降りると、ニーナが駆け寄って来る。

 マリファは黒魔法の中には空を飛ぶ魔法もあると聞いたことがあったが、ユウがいともたやすく成功させたことに感動からか全身を小刻みに震わせ、神様と何度もか細い声で繰り返していた。クロは自身の主ならできて当然だと言わんばかりに眺めていた。


「……次は私がする」


 目の覚めたレナがニーナの背中から降りると、箒に跨っているユウに飛びつく。


「こら、順番だ。慌てなくても箒はレナのだから」

「……早く、早く」


 急かされたユウが、再度レナを後ろに乗せて空中へと飛び上がる。


「いいな~いいな~」  


 結局、ニーナとマリファも乗せて空中散歩をすることになった。

 全員が満足し屋敷の居間へ入るとそこには――


「君たち、ノックくらいしてから入りたまえ」


 ガウン姿にワイングラスを持ったムッスが椅子に腰掛けていた。ムッスの横でヌングが空になったグラスへワインを注いでいる。


「お前……なにしてんだ? いやその前にどうやって入った」


 ユウの屋敷の周りにはブラックウルフたちを放し飼いしているので、ユウたち以外が敷地内に入ろうものなら群れが一斉に襲いかかって来る――はずなのだが。事実、たまに現れるゴブリンなどが敷地内へ入ろうとしては一瞬で殺されている。死体に関してはマリファが厳しく躾をしているので食べることはないのだが。


「愚問だね。僕とブラックウルフたちの仲を知らないのかい? 当然、屋敷までフリーパスだよ! 屋敷の鍵は僕も持っているから安心したまえ」


 ユウはムッスが人誑しだということを忘れていた。最初は毛嫌いしていたニーナも、数時間後には打ち解けていたのだから誑し力は侮れない。まさか人間以外にも適用されるとは思ってもいなかったのだ。


「ユウ様、お食事の準備ができています。今日は良いお肉と野菜が手に入りましたので、ビーフシチューと私自慢のドレッシングをかけたサラダです。パンもカマーで最近人気の出てきたお店の物を用意させていただきました」


 ムッスに対して説教でもしようかと考えていたユウだったが、ステラと同じ雰囲気を持つヌングに毒気が抜かれてしまった。


「はて、レナ様は?」

「まだ外で飛んでるよ」

「飛んでいる?」 


 この後、箒の存在を知ったムッスが子供みたいに駄々をこねて、結局ユウがムッスを後ろに乗せて空中散歩することになった。因みにレナは最後までムッスに箒を貸すのを嫌がった。




 皆が寝静まるとユウはニーナを起こさないようにベッドから抜け出る。毎日のようにマリファ、クロVSニーナ、レナの戦いが繰り広げられており、今日の勝者はニーナだった。なにを以て勝者を決めているのか今度聞いてみようかとユウは思ったが、どうせ大した理由はないだろうと、服を着替えるとレナの部屋からミスリルの箒を持ち出し、屋敷からマルマの森へ向かって飛び立つ。

 10分もしない内に迷宮の入り口に辿り着くと、樹の洞にはすでに結界師たちによって結界が設置されていた。これはなにもウードン王国だけではなく、各国の迷宮入り口には結界師たちによる封印が施されており、この結界のおかげで迷宮内の魔物が溢れ出るのを防いでいる。


 ユウは付与魔法を自身にかけると迷宮内へ進んで行く。入って数分もしない内にワークアントとソルジャーアントの群れを見つけると襲いかかる。ワークアントからは『毒耐性LV1』、ソルジャーアントからは『毒耐性LV2』をスキル強奪で奪う。目ぼしいスキルを奪うとスキル『ブレス』を放つ。竜人が得意とする『ブレス』、以前、竜人のゼペ・マグノートから奪ったスキルだが使ってみると、一定の溜時間はいるが放射線状に広がるブレスの威力は凄まじく。蟻たちは吹き飛ばされないように地面にしがみつくのがやっとだった。ユウはブレスに黒魔法第3位階『轟炎』を混ぜる。ブレスと轟炎が交じり合い灼熱の息吹が蟻たちに襲いかかる。身動きのとれない蟻たちがあっという間に黒焦げになる。


「それなりに使えるか……」


 その後も魔物からスキルを奪いながら迷宮を進むユウだったが、植物系の魔物には目がないものも多く、そういった魔物は殺し売買出来る部位を回収し進んでいく。

 気づけば12層まで辿り着いていた。ここまででフレイムファンガスから『魔法耐性LV2』『毒・麻痺耐性LV3』、イエロースライムから『雷耐性LV3』『帯電LV2』、ポイズンモスからは『毒攻撃LV3』『毒耐性LV4』のスキルを奪えたが、トレント、パニックフラワーからは目がないためにスキルを奪うことができなかった。パニックフラワーの『混乱攻撃LV2』『混乱耐性LV2』は、特に欲しいスキルだったので残念に思うユウだった。

 12層の魔物を倒しながら進むと、こちらに向かって飛んで来る物体が見えた。魔物かと思いユウは剣を構えるがすぐに剣を下ろす。向こうは最初からユウに気づいていたようでユウの頭に飛びつく。


「おい、引っつくな」


 ユウの頭に飛びついたのは12層の隠し扉の奥で出会ったピクシーだった。しかも木の後ろに隠れていた人見知りの激しいピクシーだ。ピクシーはユウの飛行帽の中に潜り込むと顔だけを出す。


「俺は忙しい。ここは危ないから部屋に戻れよ」


 ユウが注意を促してもピクシーはなんでなんで? と首を傾けて飛行帽から出ないので、ユウはピクシーを掴むと飛行帽から引きずり出す。ピクシーはユウが遊んでくれると思ったのか、嬉しそうに笑顔を向けるのでユウも邪険にはできなかった。


「あ~っ! あんた昨日の生意気な人間っ!」

「ちょっと! その子になにしてるのよ!」

「わ~。また来てくれたんだ」


 喧しいピクシーたちがユウ目掛けて群がってくる。ユウは露骨に嫌そうな顔をするが、そんなユウの気持ちなどお構いなしにピクシーたちは話し始める。


「ほらね。やっぱり私たちに会いに来たでしょ」

「ちょっと! またあの甘い食べ物持って来たんでしょうね! 持って来たわよね? ねぇ?」

「わ~わ~、こっちだよ~」


 ユウは無視して次の層へ進もうとするが、ピクシーたちがユウを引っ張って連れていく。

 また隠し部屋に連れ込まれると、中にいたピクシーたちもユウ目掛けて一斉に飛び込んで来る。ドライアードは満面の笑みで手を振っている。


「こんなにすぐに来てくれるなんて。私、嬉しいです」

「寄る予定はなかったんだけどな……」

「なによその言い方! それよりあれは? あるんでしょ? 早く出してよ」


 ユウはめんどくさそうにアイテムポーチから各種ジャムと蜂蜜などを出すと、ピクシーたちは待ちきれないばかりに一斉に突っ込んで来る。顔や全身をジャムや蜂蜜塗れにしながら、うまいを連呼する姿は違う意味で恐怖を覚えるユウであったが、飛行帽の中のピクシーは手でジャムを掬うとユウの口元へ持ってくる。


「俺はいいから食べろ」  


 首を傾けながらピクシーはユウの口の中へ手を突っ込んでくるので、ユウも渋々ジャム塗れのピクシーの手を咥える。ピクシーは美味しい? とユウの顔を窺う。


「これは元々、俺が持って来た物だろうが」


 ドライアードが思わず笑う。ムスッ、としたユウがドライアードを見るとドライアードは慌てる。


「ご、ごめんなさい。この子たちがあんまりにも楽しそうなんで」

「お前、こいつらに言っとけよ。不用意に人間に近づくなって。これからは人間が多く来ることになるから、近づくと捕まえられて売り飛ばされるぞ」


 ピクシーは観賞用に貴族の間でも人気があり。1匹金貨10枚前後で取引されている。一方、森を育てるドライアードは国同士で保護されている。取引の禁止されているドライアードだが、一部の貴族の間では闇取引されており、その金額は美しいドライアードの容姿もあり白金貨100枚以上が相場である。一攫千金を目論む冒険者の中には法を犯してでも、ドライアードを狙う者も少なくない。


「そういえば先ほども人間が通ったそうですよ」

「そうそう! 生意気な人間共で私たちを捕まえようとしたんだから! まぁ、私の魔法でチョチョイのチョイよ!」

「涙目になって逃げてたよね?」

「だよね。私たちの幻惑魔法がなかったら捕まってたよね」

「わ~っ! そんなことないんだから」


 ユウたちが迷宮の報告をしたのは昨日で、正確な迷宮の場所の発表は今日の朝になると聞いていたユウはおかしいと思いつつも、今はこの群がるピクシーたちをどうすれば退けれるかを考えていた。




「はぁ~、う~む……」


 ギルド長室で3度目の溜息をつきながらモーフィスは酒を飲み干す。


「あら、今ので3回目の溜息ですよ。迷宮の名前で悩んでいるんですか?」


 エッダが空になったグラスへ酒を注ぎながら、楽しそうにモーフィスの頭部を見つめる。


「迷宮の名前か……それもあるがもっと厄介なことになりそうじゃ」

「と言いますと?」

「『権能のリーフ』じゃ。あいつらが来る。いや、すでに先発組が迷宮に潜っておる」


 モーフィスは不快感を隠そうともせずに言い放つ。


「『権能のリーフ』? 確か……財務大臣お抱えのクランですよね。でもそれだとおかしいです。

 王都から都市カマーまで王道と馬車を使っても2日はかかります。それに今回見つけた迷宮の場所は明日発表する予定です。『権能のリーフ』が迷宮の場所をどうやって知ったんでしょうか?」


 エッダはいつもの態度を崩さずのほほんとしながら、モーフィスの酒の摘みに手を伸ばす。


「簡単なことじゃ。このギルドに財務大臣の手の者が入り込んでおる。事前に迷宮が現れたかもしれん情報を入手し、先発隊を送り込んでいたのじゃろう」

「まぁ、大変」


 言葉とは裏腹に全然、大変そうじゃないエッダの態度にモーフィスは顔を顰める。


「なんにせよ。ここは都市カマー、財務大臣の好き勝手させるわけにはいかんな」

「まぁ、怖い。ではワンちゃんは見つけ次第、さようならということで」


 モーフィスは頷くと、注がれた酒を飲み干し4度目の溜息をつく。


「話は変わりますが空を飛んでいる魔女を見たという報告が上がっていますわ。それも箒に乗って。メルヘンですよね」

「お主、頭は大丈夫か? いい年してなにを言っておるんじゃ」

「あなたの頭よりは大丈夫ですよ。あぁ……頭じゃなくて毛根でしたわね」


 その日、ギルド長室より泣きながら飛び出すギルド長を見たとか見なかったとか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る