第84話 妖樹園の迷宮④

「ユウ~、レナが倒れたよ~」


 ユウがチラッ、とレナを見る。レナは黒魔法第3位階『雷轟』を同時に4重展開した際の負荷により気絶していた。


「自分の限界を超えて無理をするから気を失う。

 ニーナ、しばらくすれば気がつくから傍でつき添ってやれ。幸いここはボス部屋で他の魔物が襲いかかってくる心配はない」


「ほ~い」


 ニーナは返事をするとレナの頭を膝に乗せ膝枕をする。

 マリファはコロとスッケの様子がおかしいので、心配そうに頭を撫でている。


「随分やられたな」


 ユウが地面に座り込んでいるエッカルトへ近づくと、いつもの人懐っこい笑顔で笑う。


「グシシ、さすがにランク5の名前ありの魔物ば強い。ユウだちの援護がなければ死んでだな」

「単体で敵わなければ複数で対応するのは当然だろ」


 エッカルトの状態は一言で言えば重傷だった。左腕からは骨折した骨が肉と皮膚を突き破り露出している。ストームランスを受けた脇腹の傷口からは腹圧で腸が飛び出しかけていた。

 ユウはエッカルトの脇腹の傷へ手を当てると、腸を中へ押し戻しながらヒールをかける。ヒールのおかげで痛みが緩和されているとはいえ、エッカルトからは苦痛の声が漏れる。


「へっへ~、盾職がその程度の傷で呻き声を出すんじゃねぇよ」

「むぅ……盾職でも痛いものば痛い」

「エッカルト、ラリットは痛みに強いみたいだからヒールは要らないそうだ」

「なっ!? 待ってくれ俺にもヒールしてくれよ! 肋骨が何本か折れてんだよ」

「グッシシ、そればいい。ラリットば痛みに強いのが? 盾職になるが?」


 ユウの冗談に青ざめた顔で必死になるラリットをエッカルトがからかう。

 エッカルトの治療が終わると今度はラリットの折れた肋骨へヒールをかけていると、後ろからニーナがユウに抱き着いて来た。

「えへへ~。レナ、気がついたよ~」

「こら、引っつくな」

「さっき、私が攻撃されたときに結界が守ってくれたけど、あれはユウがやってくれたんだよね?」

「知らね」

「えへへ~。私は知ってるんだよ~? ユウが優しいって」


 ユウはニーナを引き摺りながらマリファの元へと向かうと、コロとスッケの様子を見る。コロとスッケは地面に蹲ったまま激しく呼吸を繰り返している。


「マリファ、コロとスッケはどうかしたのか?」

「特に攻撃を受けたわけではないのですが、戦闘終了後から様子がおかしくなり。今では自分で立ち上がることもできないようです」


 ユウがコロとスッケを異界の魔眼で見るがHP、状態ともに異常はなかった。


「……ランクアップするのかも」


 意識を取り戻したレナがユウの傍まで来るが、まだ体調が悪いのか若干ふらついていた。


「ランクアップか……レベルが上がればランクアップするのか?」

「……ランクアップについては完全にはわかっていない。ある学者はレベルが上がれば、またある学者は魔玉を食べ続ければランクアップすると様々な説がある。はあはあっ……」


 珍しく長く話したのでレナが息継ぎをしている。


「あっ。ご主人様、コロとスッケが」


 マリファがコロとスッケの身体が光っているのに気づき離れると、光はやがて2匹を包みむ。光が収まると、そこには姿の変わったコロとスッケがいた。

 コロは元々、黒かった毛がさらに漆黒になり身体も一回り大きく、尻尾は太くキツネの尻尾に似た形になっていた。スッケは毛の色が黒から白になりさらに毛のボリュームが増えたためか、羊のようなモコモコの姿になり尻尾は先っぽだけがちょこんと見えていた。


「お~、魔物のランクアップする瞬間なんて初めて見たぜ。

 そっちの黒いのはシャドーウルフでこっちの白いのはシープウルフだな。どっちもランク3の魔物だ」

「んだな。オデも初めで見る」 


 ランクアップが終わると、さっきまで蹲っていたのが嘘と思えるくらい元気になった2匹は、ユウたちの周りを走り回る。


「コロっ! ご主人様の顔を舐めるのを止めなさいっ! スッケも私のスカートの中へ潜り込まないっ!」


 2匹は元気があり余っているのか、マリファの言うことを聞かずにはしゃぎ回っている。


「……もこもこ」

「コロの尻尾ふわふわだよ~」


 ユウとマリファは2匹が落ち着くまでつき合い、その間にラリットたちが素材や魔玉を剥ぎ取る。


「ユウ、剥ぎ取りは終わったぞ。エルダートレントからはランク5の完全な魔玉が取れた。あとユウに頼まれたエルダートレントの消し炭から、残ってた枝を拾ってきたがどうすんだこんな物?」

「あのエルダートレントは固有スキルに風の加護ってのがあって、消し炭になったにもかかわらず、残ったその枝には風の加護が残っているんだ」

「ほぉ~、あの距離で解析を使ったのか?」

「まぁ、そんなところだ。その枝はこっちで買い取りさせてくれないか」 

「今日だけで3ヶ月分以上は稼げているからな、俺は構わないぜ。エッカルトはどうだ?」

「オデも構わないど。ラング5の完全な魔玉だげで金貨300枚ばずるがらな」


 エルダートレントを倒した際に出現した宝箱からは


白銀の槍(4級):刺突強化

ポイズンアックス(5級):攻撃時に一定確率で毒状態

霊木の枝(4級):霊力の篭った不思議な枝




「エッカルト、その盾じゃ役に立たないだろう。さっき手に入れた黒曜鉄の盾を使えばいい」

「そでば助かる」

「じゃぁ、付与魔法を更新して出発するぞ」

「ほ~い」

「……わかった」

「かしこまりました」


 ニーナたちは元気よく返事するのだが、ラリットとエッカルトの表情が思わしくない。


「まだ誰も攻略していない迷宮だ。焦らず行こうぜ」

「だ、だな。オデもラリットに賛成だど」




 ラリットとエッカルトにとって、そこからは地獄だった。

 14層からはランク4の魔物に混じってランク5の魔物が出現し出す。強固な甲殻に角を使った強力な攻撃を繰り出すマーダービートル、毒攻撃を得意とするグリーンスライム、鋭い鎌に麻痺の効果があるマッドマンティス、優れた飛行能力で襲いかかってくるドラゴンフライ、出血攻撃を持つブラッディートレント。

 今までにない多種多様な攻撃にラリット、エッカルトは何度も死を覚悟するが、その度にユウが攻撃、回復、補助を繰り返し倒していく。16層に着いた頃には2人はあまり喋らなくなり。18層では目から色が少しずつなくなり、20層では感情のない機械のように淡々と魔物を屠っていた。

 そしてついに22層の水晶の間まで辿り着く。


「やっと水晶の間か結構時間がかかったな。付与魔法を更新して入るぞ」

「待ったっ!」


 今まで機械のように感情が失せていたラリットが叫ぶ。


「ラリットさん、どうしたの?」

「もう今日は十分だろう。ここまでで俺はレベルが2も上がった。1日で俺くらいの奴がレベルが2も上がるなんて異常だ。オレカエル、オウチヘカエル」

「オ、オデも今日ば十分だと思うど。オデ、ガエリダインダナ」


 二人のあまりにも必死な懇願にユウも帰ることを了承する。

 今日だけでラリットはレベルが2上がり、エッカルトはレベルが3も上がっていた。

 これは魔物との戦闘を回避せずに全て倒すユウのスタイルが原因だった。

 ユウたちが転移石で入り口へ戻ると、冒険者ギルドから派遣されてきた結界師たちが、ダンジョンの入り口への結界を張る作業が終わるところだった。ジョゼフは子供みたいに拗ねていたが、ユウたちが無視して帰り出すと慌てて追いかけて来た。


 冒険者ギルドへ戻ると、多くの冒険者たちがユウたちへ祝福の言葉を送った。


「ラリット、やったな! いつかはCランクになると思ってたがついにだな!」

「エッカルト~、トロそうなお前もCランクかよ。おめでとう!」

「ニーナちゃん、結婚してくれ~」

「レナちゃん、お祝いにご飯でもどう?」

「ユウは俺が育てた」


 祝福の言葉のどさくさ紛れに、ジョゼフがふざけたことを言っていたがユウは無視した。

 ラリットとエッカルトは泣いていたがそれは嬉し泣きではなく、無事に都市カマーへ戻って来られたことによる安堵の涙だった。


「俺は生きて帰って来たぞ~!」

「オデも今回ばがりは死ぬがと思っだど」

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