第83話 妖樹園の迷宮③
ランク5の魔物との戦闘。Cランク冒険者になった者が受ける洗礼。
Cランク冒険者になる多くの者は才気溢れ、ランク4の魔物までなら難なく勝利を収めてきただろう。だが、そんな優れた、他者から一目置かれるような者たちが初めて受ける絶望。
Cランク冒険者になった者の多くが語る。ランク5から壁があると。
使用してくる魔法は第4位階以上は当たり前。毒、麻痺、混乱、弱体化、盲目、呪い、睡眠、石化、沈黙などの状態異常攻撃。
ユウたちも例に漏れず洗礼を絶賛受けていた。
「ぐおぉぉぉぉっ」
暴風の中ラリットは踏ん張っているが、いつまでもその状態でいるわけにはいかなかった。風の流れに合わせて放たれた黒魔法第2位階『フレイムランス』が迫り来る。
ラリットは迫り来るフレイムランスを見ながら、どうしてこんな状況になったのか思い起こしていた。
ユウたちがドライアードたちの部屋から出て、付与魔法を更新後にボス部屋に入ると、そこは部屋と呼ぶには広すぎた。壁と天井が樹で覆われているが縦横100メートルほど、天井までの高さは60メートルある部屋だった。
中に入ると奥から地響きと共にエルダートレントが現れる。エルダートレントはマルマの森で戦ったトレントより二回りは大きく、人間のように腕があり右腕には巨大な棍棒が握り締められていた。さらにエルダートレントの周りには従者のように人型の花の魔物が6体控えていた。
「やっぱり……エルダートレントに……アネモニノイドだ。両方ランク5の魔物だ」
いつも
エッカルトは盾技『石壁』を使用するとエルダートレントたちに向かって突っ込んで行くが、アネモニノイドの人間で言えば顔の部分に当たる花びらが真一文字に亀裂が走ると、パカッと開く。6体のアネモニノイドが一斉に詠唱を開始する。
「風ヨ集エ、風ヲ束ネ、強キ風ヲ強キ力ヲ、我ガ前ニ顕現シ我ガ敵ヲ薙ギ払エ――『ハリケーン』」
アネモニノイド6体が一斉に黒魔法第4位階『ハリケーン』を展開する。見る間に暴風が辺りを覆うと、ユウたちは吹き飛ばされないように踏ん張るが、その隙を見逃すほど敵は甘くなく。エルダートレントが黒魔法第2位階『フレイムランス』を同時に数十本展開し放つ。
「第2位階とはいえ、同時に数十本もフレイムランスを放つなんて化けモンがっ!」
ラリットは迫り来るフレイムランスを躱すが、ハリケーンの暴風により壁に叩きつけられる。伏せたまま周りの様子を窺うと暴風の中、タワーシールドを構えて徐々に前進するエッカルト、エッカルトの後ろにはニーナがエッカルトを壁代わりにして張りついていた。レナは結界で暴風を防いでいるが、今にも吹き飛ばされそうだ。マリファとコロ、スッケは地面にしがみつくように伏せている。このような厳しい状況にもかかわらずユウはこの暴風の中、驚くことに仁王立ちで立っており傍らにはクロが跪いていた。
「はぁっ!? こ、この暴風の中でなんで立ってられんだ」
エッカルトは次々と放たれるフレイムランスをタワーシールドで防ぎながら前進し、ついにエルダートレントの目前まで迫る。そこまで近づけば暴風の影響はなくなる。あとはエルダートレントを倒すだけだとエッカルトがエルダートレントを見上げると、そこには巨大な棍棒が今にも自分を叩き潰さんと振り下ろされていた。
「グオオオ゛オ゛ッ!!」
エッカルトが叫びながらタワーシールドを頭上に構えると、エルダートレントの巨大な棍棒とタワーシールドが接触する。辛うじて受け止めることができたが耳を塞ぎたくなる轟音が棍棒とタワーシールドの間で鳴り響く。エッカルトは衝撃で足首まで地面に埋まっていた。
ワークアントたちの攻撃を何度受けてもびビクともしなかったエッカルトが、エルダートレントの一撃を受けただけでタワーシールドは歪み、腕は痺れて今にもタワーシールドを落としそうになる。
「エッカルトさん、肩借りるね~」
ニーナはエッカルトの肩を踏み台に飛び上がると、エルダートレントに斬りかかる。しかし左手に握られたミスリルダガーは不可視の壁に遮られ刃がエルダートレントに届くことはなかった。
「け、結界っ!?」
エルダートレントが結界を纏っていたことに驚くニーナだったが、結界によって遮られた斬撃は弾かれはしたもののエルダートレントの結界を斬り裂いており、右手のダマスカスダガーで斬り裂いた結界の裂け目を狙う。
今度こそエルダートレントに一撃与えることに成功したと思ったニーナだったが、先ほどと同様に結界に弾かれる。
「二重の結界だどっ……!?」
今まで魔物の中にも結界を使う者はいたが、複数の結界を展開する魔物に初めて出会ったエッカルトが驚く。しかし、実際にはエルダートレントの結界は4重で展開されていた。
体勢の崩れたニーナ目掛けて1体のアネモニノイドが、黒魔法第3位階『ストームランス』を放つ。不可視の槍がニーナの顔目掛けて迫るが――――それを結界が遮る。
1枚目の結界がガラスの割れるような音と共に砕け、2枚の結界が罅が入りつつも防ぐ。
ラリットたちは気づかなかったが、ユウが魔力を糸状に張り巡らしている天網恢恢は現在も繋がった状態で、魔力の糸を中継しユウがニーナに結界を展開していた。このことに気づいていたのは後衛職のレナと魔眼を持っているマリファのみであった。
アネモニノイドがストームランスを防がれたことに首を傾けるが、すぐにターゲットをエッカルトに変えると、再びストームランスを放つ。エッカルトは今もエルダートレントの棍棒を受け止めており、無防備な状態だったのでモロにストームランスを喰らう。
「ぐぬぅっ……」
盾技『石壁』で物理・魔法防御が上がっているとはいえ限度がある。ストームランスがエッカルトの鎧の隙間から脇腹を抉る。
今度はストームランスが決まったので、アネモニノイドが喜ぶようにその場で飛び跳ねる。他のアネモニノイド3体が同じようにストームランスの詠唱を開始する。
「クロ、行け」
「御意」
クロは立ち上がると暴風の中、走りだすと斧技『強振』で風を斬り裂く。荒れ狂う風を真っ直ぐ進んでくるクロに驚いたアネモニノイドが、慌ててクロに向けてストームランスを放とうとするが、頭上より降ってきた矢が次々と身体に突き刺さると奇っ怪な悲鳴を上げる。
「コロ、スッケ、暴風が弱まった今がチャンスです」
風の精霊魔法を利用し暴風の中、弓を射ったマリファの命令にコロとスッケが駆け出す。コロとスッケの戦法は単純明快だった。血気盛んなコロが相手の注意を引き、気を取られた敵の死角からスッケが止めを刺す。
クロが矢が刺さって藻掻いているアネモニノイドを一刀両断し、コロに気を取られたもう1体のアネモニノイドが、スッケの噛みつきにより胴体の一部を食い千切られる。
ユウは天網恢恢でエッカルトへヒールを送りつつ、風の精霊魔法を使用し弱まった暴風の中を進んでいく。
「お゛ぉ? 傷が塞がっていぐど。こでは頑張りどころだな。盾技『挑発』」
エッカルトが盾技『挑発』で周りのアネモニノイドの敵意を強制的に自身へと集めると、クロたちに向けて魔法の詠唱をしていたアネモニノイドがクロたちに背を向ける。その隙をクロたちが見逃すわけがなく蹂躙していく。
残りの1体がエッカルトの挑発を振り切り、クロたちにストームランスを放とうとする。
「これはさっきのお返しだ」
背後に回り込んでいたラリットがアネモニノイドの首を刎ねる。
「ボオオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」
自分の配下を皆殺しにされたエルダートレントが凄まじい咆哮をあげる。
何度もエッカルトに向けて巨大な棍棒を振り下ろすが、エッカルトは盾技『石壁』で耐える。タワーシールドはすでに半壊状態でエッカルトの左腕も骨折し一部骨が飛び出していたが、それでもエッカルトは盾技『挑発』を続けエルダートレントの敵意を自分へと向けていた。
怒り狂ったエルダートレントが黒魔法第5位階『トルネード』の詠唱を開始する。
詠唱をしつつ、なおもエッカルトへと棍棒を振り下ろそうとするエルダートレントに、レナの黒魔法第3位階『雷轟』が降り注ぐ――が、それをエルダートレントの結界が遮る。だがエルダートレントの結界も無傷とはいかずに2枚が破壊される。
自身の『雷轟』を防がれたレナが両手にミルドの杖とミスリルの杖を握ると、雷轟を4重に展開する。4つの雷轟は一塊になると直径5メートルほどの雷球になり、レナは雷球をエルダートレント目掛けて放つ。
エッカルトへと敵意を向けていたエルダートレントも、その凄まじい轟音と強大な魔力に気づき動きを止める。エッカルトたちも巻き込まれるとひとたまりもないので、エルダートレントから慌てて距離を取る。
放たれた雷球はエルダートレントの残る結界を容易く破壊すると、エルダートレントの全身を雷が暴れ狂う。
全身から黒煙を上げながらも戦意の落ちないエルダートレントの足目掛けて、クロが戦斧を振り下ろしエルダートレントの左足が切断されると、バランスの崩れたエルダートレントは地面に膝を突く。
「グシシ、やっど殴りやすい高さになっだな」
エッカルトが今まで好き放題殴られた仕返しとばかりに右手に力を込めると、黒曜鉄で出来たハンマーの握り手からミシミシっ、と鈍い音がする。
「槌技『圧潰』」
エッカルトのハンマーが、結界のなくなった無防備なエルダートレントの頭部目掛けて振り下ろされる。黒曜鉄のハンマーは容赦なくエルダートレントの顔を破壊し、勢い余って地面にめり込んでいく。
全身血塗れで左腕から骨の飛び出しているエッカルト、吹き飛ばされた際に肋骨を数本骨折しているラリット、ユウの結界がなければ間違いなく死亡していたニーナ。3人はランク5の魔物を舐めていたわけではなかったのだが、それでも自分たちの認識が甘かったと考えを改める。
「ランク5の魔物と言ってもこんなもんか。宝箱を回収して回復したらすぐに出発しよう」
ユウの言葉に、ラリットとエッカルトの身体が心なしか震えているように見えたのは錯覚ではないだろう。のちに二人は冒険者ギルドで語ることになる。このときはまだ地獄ではなかったと――
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