第81話 妖樹園の迷宮①
ユウたちが樹の洞の中を警戒しながら進んで行く。歩いた距離は100メートルほどで洞の中は真っ暗闇ではなく、どこからか光が差し込んでいた。
洞を潜り抜けると、その光景にユウたちは目を奪われる。
「まぁ、予想通りだが森林系の迷宮だな」
ラリットが眼前に広がる光景を見ながらボヤく。
ユウたちの前には見渡す限りの木々と草が生い茂っていた。
「……森林系の迷宮は自然のトラップに、状態異常攻撃をする魔物が多いので注意が必要」
「わ~。ユウ、この迷宮は壁も天井も木で出来てるよ~」
「迷宮は異界とも言われているからな。ハーメルンにある迷宮は海と砂漠、おまけに空まであるそうだ」
ニーナが森林系の迷宮に興奮し進もうとするが、ラリットが手で制する。
「おっとニーナちゃん、気をつけな。
この草は鎌鼬草だ。こいつの草は刃のように鋭いから、気づいたら足が血塗れになるぜ。
あっちに見える馬鹿でかい花は馬喰い花だ。その名のとおり甘い匂いで獲物をおびき寄せて馬でも喰っちまう」
「馬でもっ!? それってもう花じゃなくて魔物なんじゃ……」
「ニーナ、ラリットは経験豊富な斥候職だ。盗めるところは盗んで勉強させてもらえ」
ニーナが「は~い」と元気よく返事し、ラリットと話しているとマリファの耳がピクピクと動く。
なにかが草をかき分けて近づいて来ていた。『索敵』スキルを持っているラリットはすでにダガーを握り締めている。次にラリットより索敵スキルが低いニーナが遅れて気づく。
「なにかが近づいて来ています。聞こえる音から複数です」
弓を構えたマリファが注意を促し、戦闘準備をする。
樹の洞を潜り抜ける間にユウは全員に付与魔法をかけていたので、いつでも戦闘はできる状態だった。
「エッカルトが受けで攻めは俺、ニーナ、ラリット、クロはレナの傍で護衛、マリファは援護」
「ほ~い」
ニーナの気の抜けた返事に、今から戦闘をするにもかかわらず皆の表情に笑みが浮かぶ。
距離にして10メートルほどで、近づいて来る魔物の正体がわかった。ワークアントにソルジャーアントだ。
「おいおい、ワークアントが5匹にソルジャーアントが2匹もいるじゃねぇか。硬いから苦手なんだよな」
エッカルトが盾技『挑発』を範囲で発動。蟻達の敵意が全てエッカルトへと向かう。
1匹のワークアントが鋭い牙でエッカルトへ襲いかかる。エッカルトがタワーシールドで受け止めるが、衝撃でエッカルトの巨体が後ろへと後退させられる。体長1メートルほどのワークアントが2メートル50センチのエッカルトを後退させるのだから、その力にエッカルトの額に汗が浮かび上がる。
もう1匹のワークアントが横からエッカルトへと襲いかかるが、ユウの剣技『剛一閃』がワークアントを真っ二つにする。
ラリットとニーナも他のワークアントへと攻撃するが、硬い甲殻が斬撃を弾きワークアントの身体には薄っすらと傷跡が残るのみであった。
「……退いて」
レナの言葉にラリットとニーナはワークアントたちから距離を取る。
次の瞬間レナの黒魔法第1位階『ウインドブレード』がワークアントたちへ放たれるが、不可視の刃をもってしてもワークアントの硬い甲殻を突破できなかった。
ウインドブレードを喰らったワークアントが、ターゲットをレナに変え迫ってくる。
顎をカチカチ鳴らしながら、接近して来るワークアントの複眼に矢が突き刺さり動きが止まる。
「ふっ……」
マリファが挑発するようにレナへ笑みを向ける。
レナの眼光が鋭くなる。
「斧技『強振』」
クロの斧技『強振』がソルジャーアントの頭部を叩き潰す。クロがチラッとレナを見る。
レナのこめかみに青筋が浮かび上がる。
「……面白い」
杖を横に振るいレナは気合を入れる。
「エッカルト、大丈夫か?」
現在、エッカルトには3匹のワークアントとソルジャーアントが群がっていた。
ワークアント単体でも膂力でエッカルトを後退させるほどの体当たりをするので、ラリットが心配し声をかける。
「グシシ、ごのでいどならまだまだ大丈夫だ。盾技『石壁』」
ワークアントに群がられているエッカルトだが、盾技『石壁』を発動する。
盾職の基本技に『挑発』『石壁』がある。前者は敵の敵意をコントロールし、敵からパーティーを守るスキル。後者の『石壁』は自身の物理・魔法防御力を上げるスキル。盾職はこの2つのスキルを、いかに使いこなすかが有能か無能かの判断基準となっている。余談だが『石壁』の上位スキルに『鉄壁』『金剛壁』というスキルがある。
『石壁』を発動させたエッカルトは、全身が文字通り石の如く硬くなっていた。1匹のワークアントがエッカルトの左腕に噛みつくが、その鋭い牙と頑強な顎をもってしても、エッカルトの腕に牙を突き立てることはできなかった。
「お~エッカルト、すげぇ」
群がる蟻共を物ともしないエッカルトに、ユウから歳相応の言葉がでる。
「盾技『シールドチャージ』」
エッカルトの盾技『シールドチャージ』が纏わりついていたワークアント達を吹き飛ばす。
吹き飛んだワークアントたちは間髪容れずに放たれた、レナの黒魔法第3位階『雷轟』によって黒焦げになるが、余波でエッカルトの身体からも煙が出ている。
「……敗北が知りたい」
どこで聞いたようなセリフを吐くレナの頭にユウがゲンコツを落とす。
頭を押さえて蹲るレナだが、マリファとクロに視線を向けると勝ち誇った顔をしているので、反省はあまりしていないようだ。
「おい、エッカルト大丈夫か?」
「た、盾職ば……が、頑丈なのがどりえ、ガフッ」
「効いてんじゃねぇかっ」
ラリットがふらつくエッカルトに声をかける。
ワークアントたちの攻撃にびくともしなかったエッカルトが、レナの放った雷轟の余波で結構なダメージを喰らっていた。
ラリットとニーナがワークアントたちから魔玉や素材を剥ぎ取っている間に、ユウはエッカルトをヒールで治療する。
その後、ユウたちは探索を再開し途中でイエロースライム、トレント、パニックフラワー、ポイズンモス、ワークアント、ソルジャーアント、フレイムファンガスなどの魔物を倒しながら5層まで進む。
5層まで進むまでに宝箱を8個も発見しており、内3個に罠が設置されていたがラリットが罠を解除する。ニーナはその腕に感心し、わーわー騒いでいた。
これまで獲得した宝箱の中身だが――
金貨:8枚
銀貨:23枚
黒曜鉄の盾(5級):魔法耐性
銀の腕輪(5級):状態異常耐性
魔法のブラシ(5級):髪を梳いた際に潤い
ハイポーション(5級):4個
毒消し(4級):7個
聖水(5級):2個
ハイマナポーション(5級):1個
匂い袋(5級):良い匂いがする
手付かずの迷宮だけあって宝箱の数、質ともに悪くなかった。
「いや~こりゃ当りも当り大当たりだな。1人あたり金貨6枚、いや8枚くらいの稼ぎじゃないか。
普通、マップもない迷宮だとマッピングから始めるもんだが、ユウのおかげでここまで迷わず進めるわ、宝箱の取り零しはないわ、付与魔法に白魔法のおかげでDランクの俺たちでも余裕を以て魔物を倒せるわで、至れり尽くせりだな」
ラリットの言うとおり、ここまで出会った魔物の多くはランク4、Dランク迷宮でいえば下層、最下層に出現するような魔物ばかりだったが、なんの苦もなくここまで探索できたのはユウの『天網恢恢』でマッピングの必要もなく、正解のルートを選んで進めたのと付与魔法でパーティー全体の戦力が底上げされていたからだった。
「よし、ラリットとエッカルトの動きも大体、把握できたし
ユウの言葉にラリットとエッカルトの顔が強張る。
「お、おい。今までも十分、早いペースだったと思うぞ」
「おでもそう思うけど、ごんなに稼げる機会は中々ないがら頑張るぞ」
そこからはラリットとエッカルトにとっては拷問のような探索速度だった。
魔物の殲滅速度を上げながら倒した魔物の魔玉、素材を剥ぎ取りつつ移動は駆け足。もちろん宝箱の回収も忘れない。
「ぜぇっぜぇっ。し、死ぬ、こ、これは駄目なやつだ」
「ラリット、安心しろ。俺が全員の体力を回復させているから無限に走れるぞ」
「ぜぇっ、全然、ぜえっ、う、嬉しくねぇぞ」
コロとスッケは走り回れるのが嬉しいのか、尻尾を勢いよく振りながらユウとマリファの周りを走り回る。
「グヘヘ、変な感じだな。こでは白魔法の『タフネス』なのが?」
エッカルトが言った白魔法第3位階『タフネス』は、体力が常に一定の割合で回復する魔法だが、ユウが使っているのは『タフネス』ではなく白魔法第1位階『ヒール』だった。
ただし使い方が変わっていた。魔力を糸状に張り巡らしている『天網恢恢』の内、7本をラリットたちに引っつけてヒールを常に送り込んでいるので、走り回ってもラリットたちは疲れ知らずでいられた。
ちなみにラリットの息遣いは実際には疲れていないので下手な演技だった。
通常ではありえない速度で探索するユウたちは、気づけば12層にまで到達していた。
「ご主人様、水晶が見えます」
「お、やっとボス部屋か」
「ユウ~入る前に1回休憩がほしい」
「わかった」
水晶の間の周辺を警戒するが魔物の気配がないことを確認すると、ニーナたちは草むらの方へ向かって行く。お花摘み的な事情だった。
ラリットは地面に座り込むが、さすがにベテランだけあっていつでも動けるように周囲を警戒していた。
エッカルトはコロとスッケの頭を撫でながら水分を補給し、クロは戦斧を振りながら闘技の練習をする。
「ん、ユウどうかしたか?」
ユウが水晶の間の横にある細い通路を歩いて行くので、気になったラリットが声をかける。
「いや、この先は行き止まりのはずなんだが……」
特に危険はないと判断したラリットは休憩を継続し、ユウは通路の行き止まりまで進むと木で出来た壁を手で確認していく。
(これは……魔法で隠蔽しているのか? 扉がある)
木で出来た壁は見た目ではわからなかったが、触れると扉があるのが感触でわかった。
ユウが扉を開けると目に強い光が飛び込んでくる。
そこは様々な花が咲き乱れ中央には1本の木が生えていた。木の周りには小さな光が飛び回っており、よく見ればそれは発光したピクシーだとわかった。また木からは全裸の女性が生えており、ユウと目が合うと嬉しそうに手を振る。
ユウの頭上から花びらが降ってくるので、上を見れば先ほどのピクシーが嬉しそうに花びらを降らせていた。
「ようこそ! 私たちはあなたを歓迎します!」
木から生えた女性は、それはそれは本当に嬉しそうに大きな声で叫ぶと胸の前で手を組み、身体を震わしている。
ユウは部屋の中をひと通り見ると、興味がなくなったのか、そっと扉を閉めた。
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