第80話 Cランクの資格

 剣術、ストーンブレットの威力について、魔力を糸状にしての跳躍、どこで、誰に師事したのか? アプリの頭の中では無数の疑問が湧き水の如く溢れていたが、最初に聞くことは決まっていた。 


「ユウ――あなた、本当は迷宮の場所に見当が、いえ違うわね。場所を知ってるんじゃないの?」


 アプリの質問に周囲も興味の目でユウを見る。

 質問に対してユウはさも当然の如く。


「だったらどうする」

「やっぱり! ならどうして? どうやって?」

「冒険者が自分の能力を他人に教えるとでも?

 場所に関してはここから300メートルも進めば、迷宮と思わしきがあるな」


 ユウの返答に、アプリは自分たちが冒険者ということを失念していた。

 以前、リコリスの酒場でブリットという名の冒険者が言っていたことは、全て本当だったとアプリは思い出す。

 同じ魔法でも使い手の工夫次第で、無限の可能性を秘めている。多くの冒険者は創意工夫し、自分たちだけの改良を加え、それらの技術は他者へ教えることはない。この世界、一番怖いのは同業者なのは誰でも知っている。


「迷宮の情報と交換でどう?」


 メメットが興奮した顔でユウに迫る。普段、こういった行動を戒める役のメメットにしては珍しいとアプリは思ったが、あの魔法の威力と技術を見れば、後衛職なら知りたくなるのは当然かと納得した。


「迷宮の情報?」

「私たちは王都のDランク迷宮『バルロッテの園』を攻略している。地下25階、ううん、最下層の地下37階までの情報でどう? それもストーンブレットの技術だけでいい」


 興奮したメメットはユウとほとんど密着状態になっていたが、そこにレナが割り込み無理やりメメットを引き離す。


「……勝手に近づかないで」

「興味ないな。レナ、どさくさ紛れに匂いを嗅ぐな」

「……けち」

「そう……残念だわ」


 メメットがユウから離れるのと同時に、密かに弓に手をかけていたマリファも弓から手を放す。そしてユウの真後ろにはニーナも張り付いて居た。

 状況のわかっていないスッケは恐る恐るユウの足元に来ると、頭を足へ擦り付ける。コロは構えとばかりに腹を見せて尻尾を振っていた。


「それより今はあいつだっ」


 ユウは樹の幹を背に寝ているジョゼフの元まで、助走を付けて一足飛びすると頭目掛けて剣を振り下ろす。

 いびきをかいて寝ていたのにもかかわらず、ジョゼフは一瞬で剣を抜き放つとユウの剣を受け止める。


「うおおおぉぉっ!? なんだなんだ? なにしやがるっ!」

「それはこっちのセリフだ。お前は試験官じゃないのか? 今までなにをしていた?」

「……お昼寝かな? わっはっは」

「そんなに寝たいなら永遠に寝かしてやろう」

「待てっ! お前の言ってるのは違う意味の方だろうが」


 試験官にも関わらず、試験を受ける冒険者を見もせず昼寝をかましていたジョゼフが圧倒的に悪いのだが、ジョゼフはやれやれと言いながら起き上がると、ついて来いと言わんばかりに先頭を歩き始めた。

 ニーナ以外の全員が思った『死ねばいいのに』と。


 ジョゼフを先頭に300メートルほど進むと、ユウが言ったとおり巨大な樹が生えていた。

 樹の高さは30メートル、幹の太さは50メートルはあるだろう。周辺の木々と比べると馬鹿げた巨大さだった。


「なんという巨木だ……それにこの洞の大きさ。これが迷宮の入り口なのか」


 シャムは樹の大きさに圧倒され感心していた。

 アプリたちは周辺を警戒しつつ、樹の洞へ入って行くがすぐに戻って来た。


「洞の中に入ればすぐわかるけど、間違いなく迷宮よ」

「ということはこれで依頼達成ってことでいいのかい」


 ラリットが独り言を呟くと、周りの視線がジョゼフへと集まる。

 当のジョゼフは欠伸をしつつ顎を掻きながら、今回の受験者を見回す。


「あ~なんだ。Cランクになれば当然、Cランクのクエストや迷宮に挑戦することになるが、Cランク以上の冒険者に求められるのは強さ・・だ。

 戦闘力、危機管理能力、判断力、食事、集中力、適応力、強靭な精神力。自分にその資格があると思う奴は前に出ろ。前に出た奴は今日からCランクだ」

「それだけ? 前に出ればCランク?」


 モーランが拍子が抜けた感じで肩から力が抜ける。


「シャム様、前に出ましょう。これでCランク冒険者ですよ! Cランクの次――Bランクの冒険者になれば男爵の地位が、そうすれば皆がシャム様を認めます」

「そうです! Cランクになればドッツェ様もきっとシャム様を見直すでしょう」


 ドッグとサモハは喜色を浮かべながらシャムと共に前に出ようとするが、シャムは動かない。


「シャム様……どうされました? 前に出ればCランクですよ」


 ドッグが慌ててシャムを急かすが、シャムはやはり動かない。周りを見ればユウたち、アプリたちは前に歩み出ている。少し遅れてラリットとエッカルトも前に出ていた。

 残っているのはシャムたち3人だけだった。


「ドッグ、サモハ、私たちは今回のクエストで役に立っていたか? 正直に言ってほしい。

 お前たちは爵位を継ぐことができない俺に長年仕えてくれている」

「そ、それは――確かに今回、我々はあまり役に立たなかったかもしれません。ですがそれとこれは別です」

「そうです! ドッグの言うとおりです。今求められているのは前に出るか出ないかだけです。

 もし今回、力不足と思ったのであれば、Cランクになってから実力をつければいいのです!」


 二人は主であるシャムを半ば説き伏せるように言葉を放つが、シャムは動じることなく静かに二人へ向き合う。


「貴族と平民の違いがわかるか? 地位? 財力? 人脈? 私は違うと思う。

 金を出せば地位は手に入るだろう。財力も大商人と呼ばれる連中の中には、貴族を上回る資産を持っている者もいる。人脈も同様だ。

 私は貴族と平民の違いはプライドだと考えている。

 今、ここで前に出てあいつらと並び立つと、俺の中の大事な物が失われてしまう。それはきっと取り戻すことができない物なんだ。

 ドッグ、サモハ……お前たちには本当に済まないと思う。だが俺の我儘を許してほしい」


 ドッグとサモハはシャムの言葉を黙って聞いていたが、二人で顔を見合いながら頷くとシャムの足元へ跪く。


「シャム、いいんだな?」

「ジョゼフさん、見てのとおりです」

「わかった。坊っちゃん野郎だと思っていたが、少しは骨があったみたいだな。

 今回のCランク試験はシャムたちとダークエルフの嬢ちゃんを除く、全員が合格だ。

 早速だがギルドに戻って迷宮のことを報告して来い。予め結界師の手配はしてるからな。

 俺は迷宮から魔物が出てきたら倒す役目がある」


 ジョゼフが言った結界師とは結界士のさらに上位のジョブで、守に長けたスキルを持つジョブで迷宮などの入り口に結界を張ることで、魔物が迷宮から溢れるのを防ぐのが主な仕事であった。


 ジョゼフの言葉にシャムたち、アプリたちは安堵する。正直、迷宮の周辺だけであれだけの魔物が出てきただけに、一刻も早くカマーへ戻りたかったのが本音だった。

 しかしシャムたち、アプリたちとは別の方向に進む者たちがいた。


「おいっ、お前らはどこに向かってんだ」


 ジョゼフの問いかけにラリットは愛想笑いを浮かべながら振り返ると。


「へへ。旦那、見逃してくださいよ。

 ユウたちとさっき話してたんですがね。ほら、この迷宮は手付かずでしょ?」

「ごんな機会を逃ずなんで冒険者とじで、もったいないんだな」


 ユウはジョゼフを無視してどんどん進んでいく。


「ユウ! 俺を置いて行く気か」

「ジョゼフはここで魔物を見張る役目があるんだろう? 俺たちはこのまま迷宮に潜る。

 なにか問題があるのか。ないだろう? そういう訳で進ませてもらう」


 樹の洞へ消えて行くユウたちを見ながら、ジョゼフは大声で罵声を飛ばしていたが、声は反響するだけで返事が返ってくることはなかった。

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