第48話 ルーキー狩り⑤

「昨日の話だけど考えてくれたかな?」


 ゼペという名の竜人は軽い口調で近づいて来るが、その動きに隙が見当たらない。


「その話は断ったはずだが」


 ユウは返答しながらアイテムポーチから転移石を取り出し、ニーナとレナに渡す。

 ゼペはユウの返答を無視しながら喋り続ける。


「僕たちがここにいるのに驚いているってことは、地下20Fのボスは君たちが倒したみたいだね?

 僕たちはねぇ~ペット・・・を先に入らせて、飛び越して来たんだよ。この方法だと、ボスと戦わなくても迷宮を進むことができるんだけど知ってた?

 あとは昨日からここにいたんだよ。ゴルゴの迷宮地下25Fは不思議な階層でね、魔物はベナントスしかいなくてこちらから攻撃しなければ安全なんだけど、なぜかこの階層は魔力で覆われていて、索敵の効果が弱くなったり転移石・・・が使えないんだよね」


 こいつ……転移石で逃げようとしていたのに気づいてやがる。


「君たちの気は変わらなかったみたいだけど、僕たちの方は変わって・・・・ね。君たちとちょっと遊び――っ!?」


 竜人がペラペラ喋っている最中にファイアーボールを5発、後ろのドワーフとエルフには十数発を纏めて放つ。


「槍技『旋風』」


 ゼペは槍技LV2の旋風でファイアーボールを全て弾く。後方に放ったファイアーボールは、ボルが魔法の盾で難なく受け止めている。


「ふぉっふぉ……黒魔法第1位階とはいえ、これだけの数を一瞬で放つとは末恐ろしい小僧じゃ」

「全くですね。それに詠唱破棄、いえ魔力の流れから無詠唱のスキルを持っていますね。ではこちらも挨拶代わりに――火の精霊よ我が指先に集い我が敵を焼き払え『ファイアーバレット』」


 セーヤが放ったのは精霊魔法第1位階『ファイアーバレット』一瞬で詠唱を唱え、創られたファイアーバレットの数は数十発。

 すぐにユウもアースウォールで壁を生成するが削られていく。通常のファイアーバレットならアースウォールを貫通する威力などないことから、セーヤの魔法の腕が並みの冒険者以上だとわかる。


「僕たちと遊んでくれるんだねっ! ボル、セーヤ、楽しもう」


 ゼペはすでに隠す気はないようで獰猛な笑みを浮かべている。


「ニーナ、レナ! 俺が倒すから上層に戻って転移石で逃げろっ!」

「いやっ」

「……一緒に倒せばいい」


 言うことを聞かないニーナたちに内心舌打ちをしながら、言い争う時間を相手がくれるわけがないので次の手を考える。


「俺が竜人とドワーフを倒すからエルフを牽制しろ。倒そうとなんて考えなくていいからなっ!」

「ふふ、僕とボルを相手に1人で勝てるつもりなの? ボルどうする?」


 次の瞬間、アースウォールを盾でふっ飛ばしながらボルがユウに迫る。


「くはっ!」


 ボルの戦斧が振り下ろされる。その軌道は頭ではなく肩だったことに少し違和感を覚えるユウだったが、黒曜鉄の大剣で受け止める。


「ぐっ……ぅぅ」


 その声はユウの口から漏れたものだった。


「ふぉっふぉ、これはまた驚きだっ! 儂の戦斧を受け止めるとはっ!!」


 そう言いながら、ボルは全然驚いた様子はなかった。逆にユウは相手が片手にもかかわらず、単純な膂力で完全に負けていることに驚きを隠せなかった。


「僕とも遊んでよ~ぅ~」


 後ろから、ゼペがユウの足目掛けて・・・・・凄まじい速度で槍を繰り出してくる。

 ユウは戦斧を力の流れに逆らわずに受け流し、剣技『疾風迅雷』でゼペの槍を打ち払う。


「ふふ……剣術もルーキーのレベルを凌駕しているっ! 槍技『螺旋』」


 ゼペは槍技LV3『螺旋』を繰り出す。螺旋の回転から当たれば、唯ですまないことが窺える。  


「なっ!?」


 槍技『螺旋』に対して、ユウは剣技LV3『柳』で受け流しそのまま頭目掛けて黒曜鉄の大剣を振り下ろす。


「~んてね」


 ゼペはまるで攻撃が躱されるのを知っていたかのように、態勢を崩さず黒曜鉄の大剣を躱す。


「儂の相手もしてくれんかっ!」

「燃えとけっ!」


 猛然と襲いかかってくるボルに向かって、ユウは黒魔法第2位階『ファイアーウォール』を放つ。一瞬でボルを容赦のない炎が包み込む――――のだが、炎の中から何事もなかったかのようにボルが飛び出してくる。


「儂の装備には、その程度の魔法では掠り傷一つ、つけることはできんぞ?」


 っち、ドワーフの魔法防御力が高すぎる。それに――


 竜眼:事象をあるていど、予測できる。(レベルによって精度に誤差あり)


 厄介なスキルを持っている上に、こいつら対人戦に慣れてやがる。




「……死ね」


 レナが黒魔法第1位階『ウインドブレード』を放つが、セーヤの結界に全て防がれる。

 

「早く諦めて少年の前で私と楽しみましょう。水の精霊よ――」

「ごめ~んね」


 セーヤが詠唱を唱える瞬間に、ニーナが詰め寄り攻撃し中断させる。


「お嬢さん邪魔ですよ。火の精霊よ我が指先に集い我が敵を焼き払え『ファイアーバレット』」


 セーヤは結界でニーナの攻撃を弾きつつファイアーバレットを放つが、すでにニーナは距離を取っている。先ほどからこの攻防の繰り返しだった。位階の高い魔法を唱えるには長い詠唱が必要だが、その度にニーナが邪魔をしていた。


「……しつこい」


 レナの魔法が完成する。黒魔法第2位階『フレイムランス』がセーヤ目掛けて迫る。


「その程度の魔法、躱すまでもありませんよ」


 フレイムランスがセーヤの結界に防がれた瞬間に、フレイムランスの中からアースランスが飛び出す。


「フレイムランスの中にアースランスだとっ!?」


 フレイムランスを防いで弱まった結界ではアースランスを完全に防ぐことができず、セーヤの右肩にアースランスが突き刺さる。


「な……舐めた真似をっ! この程度の傷……!?」


 肩に刺さったアースランスを抜こうとするが、レナのアースランスには釣り針のように返しが付いているので、簡単には抜けない。そのため無理に抜くことは周りの肉を巻き込みながらとなる。


「この……ふ……死の、……団87席の私に!! あのガキの前で必ず犯してやる」 

「……その前にあなたは死ぬ」


 憤怒の形相でレナを睨むセイヤ目掛けて、ニーナが短剣技LV1『クリティカルブロー』を両手で繰り出す。


「舐めるなっ!! 土の精霊よ我が眼前に集い我が盾となれっ『アースシールド』」


 精霊魔法第1位階『アースシールド』でニーナの攻撃を防ごうとするが、ニーナの刺突は厚さ5センチはあるであろう土壁を貫通する。だが多重展開していた2個めのアースシールドで止められる。すぐに距離を取るニーナだが、セーヤからの攻撃が来ない。


「貴様も無詠唱で短剣技を……しかも両手でっ!?」


 ニーナたちを舐めていたセーヤだったが、その予想外に高い実力が、逆に冷静さを取り戻すことになる。落ち着きを取り戻したセーヤが詠唱を始めると、セーヤの周囲を水が囲んでいく。得意な水の精霊魔法を展開しているのだ。

 すぐにでも詠唱を止めるべきだったが、最初とは違いセーヤに隙がないので、ニーナも迂闊に攻撃をすることができなかった。




 ユウはゼペを通路まで追い詰めていた。


「君は対人戦の経験はあまりないのかな? 人を殺したことはあるかい?」

「追い込まれている割に余裕だな」

「ふふ、わざとだよ? その証拠にボルが通路の出口で、君が逃げないように待機してるだろ?」

「なんで追い込んでいる俺が逃げるんだよ」

「正直驚いたよ、君の剣術には。僕とボル相手に互角なんだからね。

 でもこの通路まで追い込んだのは間違いだったね。ここさ、狭いでしょ? でさ、君のその大きな剣をさっきみたいに振り回せるかな? でね、僕の槍なら――」


 ゼペが一気に距離を詰めて来る。


「そんなことか」


 ユウは黒曜鉄の大剣を鞘に収めると、拳と拳を打ち合わせる。黒曜鉄のガントレットから高い金属音が響く。

 ゼペの突きを左腕で廻し受けで躱し、そのまま右拳をゼペの顔へ叩き込む。

 鈍い音と共にゼペが通路の奥へと吹き飛んでいく。


「痛いな……それにしても素手で僕の槍を躱すなんて」


 全力で殴ったにもかかわらず、ゼペは何事もなかったかのように立ち上がる。


「硬い奴だな」


 立ち上がったゼペまで一気に距離を詰める。すでにユウは正拳突きの構えで鎧の隙間に狙いを定めている。


(今の拳撃ていどならなんてことはない。一撃耐えて君の脚に風穴を開けてあげるよ)


 ユウは握っていた拳を貫手の形に変える。そして放たれた技は―― 


「ば……馬鹿なっ、今の……は短剣技『クリティカルブロー』っ!?」

「本当に硬い奴だ、貫通させるつもりだったんだけどな。まあいいか」


 そう言うとゼペの脇腹に突き刺さっている貫手に、魔拳で火の魔法を込める。

 肉の焦げた匂いが辺りに充満する。ドワーフからの攻撃に注意を払っていたがその様子はなく、拳を抜き去り振り返るとドワーフは嗤っていた。

 次の瞬間、背後の殺気に反応し躱すが左腕を少し抉られる。


「あぁ~失敗失敗。つい興奮して殺気を消すのを忘れたよ」


 そこには先ほど、ユウの貫手で穴の開いていた脇腹の傷が完全に塞がっているゼペが立っていた。


「トカゲ野郎が」


 ゼペがパッシブスキルと固有スキルで『再生』を持っていたので、念には念を入れて細胞ごと焼き尽くしたにもかかわらず、傷口は一瞬で回復をしていた。


「さあ、2回戦目いこうか~」


 ゼペの目にも留まらぬ突きが放たれる。先ほどとは比べ物にならない速度だった。

 黒曜鉄のガントレットで防ぎ、弾いてはいたがゼペの槍術LV6に対してユウの体術はLV3、どうしても地力が出てくる。少しずつだがユウの身体が削られていく。


「おかしいなぁ、さっきから何度も攻撃が当たっているのに傷が回復していない?」


 ユウは全身を回復魔法で覆っていた。そのため徐々にではあるが傷は回復していた。


「君もスキル『再生』を持っているのかな? それにこんな状況なのに冷静なのも気に入らないなぁ」


 ゼペは濁った瞳で、ユウがどうすれば困るかを探るように見つめる。そしてなにか良いことでも思いついたのか暗い笑みを浮かべる。


「よ~し、ボルっ! 女を狙って」

「お前っ!」


 焦るユウの姿にゼペは心底嬉しそうな顔をする。ボルもその姿に嫌らしい笑みを浮かべ、アイテムポーチから投げナイフを取り出す。

 ボル目掛けてユウは駆け出すが、その背後からゼペの槍がユウの左足を貫く。

 ユウは脚の怪我など関係ないとばかりに、振り返らずにファイアーウォールを放つ。炎は逆流しユウにも火が迫るが、火耐性のあるユウにはさしてダメージはない。

 ボルはすでに振りかぶっており、狙いをレナに定めていた。


「レナっ! 躱せ!!」


 ボルから放たれた投げナイフはスキル『投擲』も加わり、空気を切り裂く音と共にレナ目掛けて迫る。

 ユウの叫び声に反応したレナだったが、そのときにはすでに投げナイフが目の前まで迫っていた。

 投げナイフはレナの1枚目の結界を簡単に貫通し、2枚目の結界で軌道を変え吸い込まれるように首へ突き刺さった。

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