手に入れた催眠アプリで夢のハーレム生活を送りたい【増量試し読み】

みょん/角川スニーカー文庫

一章 催眠アプリとの出会いだぜぇ!

最近、俺にはハマっているものがある。


 それは正に俺の中での流行となりトレンドとなり……あ、意味は一緒だったか……ええい! そんなツッコミはどうでも良い!


「それではここの問題を――」


 耳に入る先生の声すらも彼方へ置き去りにするが如く、俺はとあることを考えていた……そう! 最近俺がハマっているものについてだ!


(まさか、ふと目にした広告からこうなるなんてなぁ)


 さて、何に俺がハマっているのか――それは催眠アプリ物の話だ。

 適当にネットサーフィンをしていた時に目に入ったちょっとだけエッチな漫画の広告……もちろんドエロイのもあるのだが、とにかく俺はその催眠アプリ物にハマってしまった。


「……ふぅ」


 ついため息が零れる。

 大事な授業の時間に何を考えてんだって話だけど、それでも今の俺の中に渦巻くこのトレンドを語らずにはいられない。

 催眠アプリ……それは他者を意のままに操る力だ。

 自分の匙加減でどんなことさえも他者に強要する力……出来ることは沢山あるだろうけれど、漫画で見たようなムフフでエッチなことを俺は心からしたい……したいしされたいしされたいししたい!

 ……なんてことを考えたけど現実はそう甘くなんてない。

 漫画やアニメを見て異世界への転生だったり、ラブコメの主人公みたいに可愛いヒロインと淡い恋愛をしたい……そういった憧れを抱く人が居るように、俺のように特殊な力に憧れる人だって居るはずだ。

 だがしかし、二度目になるがここは現実世界――そんな都合の良い力なんて存在するわけがないんだ。


▼▽


 高校生、それは青春真っ只中の大事な時期だ。

 学生として勉学に励むのはもちろんだが、恋人を作り共にストロベリーのような甘い時間を過ごすのも青春の醍醐味だろうか。

 ……まあ、俺には程遠い話ではあるけどな!


「はぁ……」

「どうしたよ」

「辛気臭い溜息だな?」


 高校進学に伴って知り合い、三年生になった今までずっと同じクラスの友人が視線を向けてきた。


「いや、すまん。ちょい考え事をさ」


 そう言うと、なんだなんだと二人は近付いてくる。

 親友……と言うと少し恥ずかしい気もするが、俺にとってこの二人は一番仲の良い友達と言っても過言じゃない。


「考え事? 何か悩みかよ」


 そう言ったのは向井晃むかいあきら――悔しいことに中々イケてる面をした男子。サッカー部に所属しておりエースとまでは行かないまでも、試合に出たらそれなりに活躍する奴だ。


「ほれ、話してみ話してみ」


 そして、晃と並んで興味津々なのが遠藤省吾えんどうしょうご

 ポッチャリ体型がトレードマークで本人も良くネタにしているほど、更に言えば凄まじいまでのオタクで、こいつの部屋にはアニメのポスターやフィギュアが沢山飾ってある。


「あ~……マジでただの考え事だよ」


 それなら良いんだがと気にしないでくれる二人に感謝しつつ、俺はトイレに行きたくなったので席を立った。


「漏らすなよ甲斐かい

「わあってるよ」


 んなことがあったら俺はもう恥ずかしくて学校に来れねえよ。

 ケラケラと笑う二人に背を向け、特に寄り道をすることなくトイレに真っ直ぐ向かった。


「……ふぅ」


 トイレを済ませ、スッキリした気分と共に教室へと戻ろうとした時だ。


「ねえ茉莉まつり、今日はどうする?」

「う~ん……どうしよっかなぁ」


 とある女子の姿が目に入った。

 彼女らはクラスメイトなので、よく目にするのはもちろんだが……その中でも特に一人の女子が目立っていた。


相坂あいさかかぁ……相変わらず美人だよなあいつ)


 相坂茉莉あいさかまつり――俺的にクラスメイトの中でも……いや、俺が通うこの学校の中でもレベルの高い女子だと思っている。

 明るい色の髪と校則に触れない程度の化粧、着崩した制服などから分かるように彼女は所謂ギャルという奴だ。

 ギャル特有の明るさはもちろんだが、とにかく彼女は友達が多い。

 ふと朝に目が合ったりすれば挨拶をしてくれる時もあったりして、それもあってか彼女は本当に人気がある……そして何より!


(……スタイル最高かよ)


 そう! 相坂はとにかくスタイルが良いんだ。

 相坂の魅力とは何かと問われたら多くの要素があるけれど、俺的にはやっぱりその服を押し上げる大きな胸!

 クラスメイトの男連中が彼女のスタイルを持て囃しているし、実際に俺もそう思う……もちろんそれを分かりやすく口に出したことはないが。


「うん? どうしたの真崎まさき君」

「っ……いや、何でもない」


 つい、ジッと見てしまったことで彼女に気付かれた。

 相坂を筆頭に他の女子たちにも見つめられ、俺は少しビクッと肩を震わせたが何とか言葉を絞り出すことが出来た。


「そっか。目が合っちゃったから反応しちゃった」

「ごめん、話の腰を折っちゃったか」

「謝ることはないよ。ね、みんな」


 相坂の問いかけに女子たちは頷いた。

 彼女たちは俺の存在によって会話が遮られたというのに、特に不快そうな表情はしていない。

 そう……これもまた相坂が人気の秘訣だ。

 彼女は確かにギャル、それは彼女自身もそんなもんだと公言しているが何より気配

り上手なんだ。


(オタクに優しいギャルって感じだよな……だからモテるんだろうけど)


 噂じゃ他所の高校に彼氏が居るとか……ったく、こんな子を彼女に出来るとかどこの幸せ者だよクソッタレ。

 世の中不公平だ……なんて騒ぐつもりもない。

 結局、行動するかどうかの違いでしかないからなぁ……俺は今まで行動していなかっただけの結果だ。


「それじゃ」

「うん。じゃあね~」


 教室に戻り、次の授業が始まるまで俺は考え事に耽る。


(もしも催眠アプリなんてものがあったら……ああいう子にエッチなことをしたいなって考えちまうな)


 やれやれ、あんな風に接してくれた女の子にこんなことを考えるんだから俺って外道だわ。

 でも……想像してしまうのも仕方ない。

 何をしてもバレることがないのなら……あんなスタイル抜群の美少女に好き勝手したいって思っちゃうだろ。

 ……はぁ、次の授業に集中しよっと。


 放課後になり、同じ帰宅部の省吾と共に本屋に行ったりして時間を潰した。


「じゃあな」

「おうよ」


 省吾と別れ帰路に就く……かと思いきや、母さんから少しばかり買い出しのお願いが届いていたことに気付く。


「戻らないとだな……よしっ、行くとすっか」


 少々面倒だが、よっぽどのことがない限り母さんの頼みは断らない。

 まあ……俺に頼む前に大学が早く終わった姉ちゃんに頼んだみたいだけど、俺に回ってきたということは面倒くさがったんだろう。

 それから俺は母さんの指令を忠実に遂行した後、さあ帰ろうかとなったところで少しばかり騒々しい場面に遭遇した。


「ちょっと、離してよ!」

「良いじゃねえか。おら、このまま帰るのもあれだろ?」

「うるさい! 本当にしつこい!」


 痴情のもつれ……というには少し違うか。

 一組の男女が軽い取っ組み合いをしており、こんな街中で騒がしくするなよと呆れてしまうが、女性の方が困っているのは火を見るより明らかだけど通行人はみんな見て見ぬふりをしている。


「……助けてやれよ、なんて思うけど面倒事には関わりたくないもんな」


 所詮、俺や道行く人にとってあれは関係の無いものだ。

 俺は騒ぎからすぐに離れて交番に向かい、女性が男性に肩を掴まれて口論になっていることを伝えて助けに行ってもらった。


「はぁ、度胸の無い俺にはこういうことしか出来ないよ」


 本当ならああいう場面で、正義のヒーローのように止めろと間に割って入れたら恰好が付くんだろうけど。

 俺はしばらくその場でお巡りさんが向かった先を眺めた後、ここまで響いていた喧騒が僅かに止んだのを感じて今度こそ家へと帰った。

 ただ……その帰りの途中、僅かに暗くなった空を見て一言呟く。


「……結局、こうして高校三年にもなって彼女は居なくて催眠アプリのことを想像す

るしかない俺……そりゃ付き合えるわけないですわ」


 あれ……何だろう。

 実際に流れてはいないのに、頬を涙が伝った気がした……悲しい。


▼▽


「ありがとう甲斐、助かったわ」

「ういー。それじゃあ俺、風呂行ってくる」


 母さんにそう告げ、俺は風呂へと向かいのんびりした時間を過ごす。

 そして改めて部屋に戻った際――俺はおやっと首を傾げる物がスマホにあることに気付いた。


「……え? なんだこれ」


 それは全く見覚えのないアプリだった。

 こんなハートマーク……それこそ出会い系みたいなアプリだけど、俺の名誉のために言わせてもらえばこんなものは今までなかったはずだし、女の子との青春に飢えているとはいえこんなものに頼る度胸すらないんだから俺には。

 しかし、問題はその後だ。

 しっかりとそのアプリの下に記された名前……それが俺の興味を一瞬にして駆り立て、同時に俺を困惑させた。


「催眠……アプリ?」


 そう……このアプリの名前は催眠アプリと記されていた。

 俺は思わず自分以外に誰も居るはずがないのに、スマホの画面を隠すようにしながらチラチラと辺りを確認し、再びじっくりと画面に目を向けて叫んだ。


「催眠アプリだぁ⁉」


 その瞬間、ドンと隣の部屋から壁を殴る音が聞こえたので俺は即座に口を噤んだ。

 でも……でもでもでも!

 これは仕方なくないか⁉ だっていきなり俺の知らない間にこんな意味不明なアプリがあったんだぞ⁉ まあ意味不明というかちゃんと催眠アプリって出てるけど……えぇ⁉


「……って、何を興奮してんだよ俺」


 すんっと、俺は正気に戻った。

 どうしてこんなものが俺のスマホにインストールされているのかは分からないが、そもそもいくら欲しいなって思っていた催眠アプリであってもこの世に存在するわけがない……こんなものがあったらこの世界終わりだろマジで。


「ふっ、ふん! 俺はもう高校三年生だぞ? 進学するか就職するかの選択を迫られる年頃だ。そんな俺が、こんな分かりやすくあり得ない代物に惑わされるわけなかろうがい」


 まあでも見ちゃうよ男の子だもん。

 ウィルスの仕業か、若しくは誰かの悪戯か……それが最初に気にはなったけど俺は好奇心を抑えられなかったんだ。


「おぉ……起動した?」


 スッと、普通にアプリが起動する。

 そうして最初に画面に浮かんだのはこのアプリに関する説明文……のようなものだった。


              ♡ ♡ ♡

 この催眠アプリは必ず使いたい人の前で起動してください。起動した瞬間、対象者はあなたの言葉に従うようになります。

 解除ボタンを押す、或いは一定時間の経過や端末の電源が落ちることで催眠状態は解除されます。

              ♡ ♡ ♡


 妖しい桃色の文字が俺にそう伝えてくる。

 なるほど……これは正に催眠アプリの説明であり、こういう力があるのだと簡単だが分かった。

 俺はそれをしばらく見つめ続け……ポイッとスマホをベッドの上へと投げた。


「……はぁ、何を期待してんだか」


 やっぱりこんなものはあり得ないだろうと冷静になったものの、俺の視線は投げられたスマホから逸れることはなく……程なくして再びスマホを手に取った。


「……本物なのか?」


 信じてはいない……それは当たり前だ。

 けれどもしもこれが本物だとしたら俺は果たして、どれほどに望んだ力を手に入れることが出来るのだろうか。


「いやいや! あり得ないって……絶対にあり得ない!」


 そう……絶対にあり得ない。

 そんなことは頭で分かり切っているのに、それでも物は試しにと触ってみたい欲は抑えられなかった。

 しばらく悩み続け……最終的に俺はスマホを手に隣の部屋――姉ちゃんの下へと向かう。


「姉ちゃん入って良いかぁ?」

「どうぞ」


 返事をもらえたので中へ入る。

 少し散らかっている俺の部屋と違い片付いており、ベッドの上に大量に置かれている可愛い人形たちが目に入る。

 部屋に入った俺に視線を向けることなく、椅子に座って勉強しているのが姉のみやこだ。


「何の用? というかアンタ、さっき大声出してたわね? 思わず殴り込みに行くところだったわ」

「ご、ごめん……」


 こっちを見ていないのに感じる威圧感……流石俺の姉ちゃんだ。

 姉ちゃんは中学生に見間違われるほどに小さい人だが、俺より二つ上の大学生で長く綺麗な黒髪がトレードマークだ。

 そして何よりとても勇ましい性格をしていて、俺は姉ちゃんに何があっても頭が上がらない。


「……ふぅ、これで一段落と……で?」


 勉強が終わったのか、姉ちゃんは体をこちらに向けた。

 殴り込みに行くと口にはしていたけど、俺を見つめる姉ちゃんは別に怒っている様子はない……ほんと、何だかんだでいつも優しい姉ちゃんだ。


「えっと……いきなりごめん姉ちゃん」

「良いよ別に。それで、何の用なの?」


 姉ちゃんにそう言われ、俺は姉ちゃんの正面に立った。


(これからやることはただ、自分にこんなものはないと知らしめるためのもの……現実を思い知らせるだけだ)


 でも……それはそれで残念だと思いつつスマホを取り出した。

 首を傾げる姉ちゃんを前に、俺は催眠アプリを起動する……すると、まさかの事態に発展するのだった。


「……………」

「……姉ちゃん?」


 突然、姉ちゃんが何も喋らなくなった。

 変わらず俺を見つめているのだが、どこか目が虚ろというか……心ここにあらずといった具合である。


「……え?」


 なんだこれ……何が起きてるんだ?

 困惑と混乱の極みに居るのは確かなのだが、姉ちゃんの様子が心配になって肩を揺らす。


「姉ちゃん? どうしちまったんだよ……」


 最初は軽く、しかし徐々に強く肩を揺らしても姉ちゃんは反応しない。

 瞬き程度はしているがやはり目は虚ろで……そこで俺はハッとするようにスマホの画面を覗き込む。


「まさか……」


 画面で起動しているのは催眠アプリ……え? 嘘だろ……?

 つい姉ちゃんから視線を外し、マジマジとスマホを覗き込む……確かにアプリのターゲットは姉ちゃんになっていて、嘘かまことか姉ちゃんが催眠状態になっていることを俺に教えてくれる。


「……ごくっ」


 思わず唾を呑んだ。

 俺は二度、三度とスマホと姉ちゃんとの間で視線を行き来させ……俺は姉ちゃんにこう言った。


「右手を……上げて」

「うん」


 姉ちゃんはスッと右手を上げた。

 一切表情を変えることがない姉ちゃんは少々不気味だが、俺はずっと小さな頃から一緒だったからこそ分かる――姉ちゃんは俺の頼みとはいえ、突然こんなことを言ったらまず疑問に思いどういうことなのかと聞いてくるはず。

 もしかしたら揶揄っているだとか、気紛れの可能性もあるにはあるけれど……姉ちゃんはボーッとしたままだ。


「左手を上げて」

「うん」


 やっぱり……姉ちゃんは俺の言う通りに動く。


「まさか……本物?」


 本物なのか……?

 こんなあり得てはならない力が本当に存在している……?

 信じられない……絶対に信じられないけれど、こんなあまりにも分かりやすい変化が姉ちゃんに起きて、今も実際にそれは続いている。

 俺は唖然としながらもスマホを操作し、催眠を終了した。


「……あれ? 私、何かしてた?」


 先程までのボーッとした様子から姉ちゃんは即座に復帰し、自分が今まで何をして

いたのか全く覚えていないみたいだ。


「えっと……その、何でもない! ごめん姉ちゃん!」

「あ、甲斐?」


 俺は風になるが如く姉ちゃんの部屋から撤退する。

 その後、姉ちゃんが追ってくることはなかったし部屋の外から声を掛けられることもなかった。

 ベッドの上で毛布を頭から被り、暗闇の中でスマホを見つめる。

 心臓がドクドクと強く鼓動していることから、俺は今とてつもなく興奮しているのが分かる。


「本物……本物なのかこれは⁉」


 この力……この催眠アプリはもしかしたら本物かもしれない!

 もちろんまだまだ知らなければいけないこと、そして調べないといけないことはあるはずなのに、俺はこの力を手に入れたという事実に喜びという衝動を抑えられない。


「催眠アプリ……おいおいおいおいおいおいおい!」


 この力があれば、俺はどんなことでも出来るかもしれない――これが俺の催眠アプリとの出会いであり、真崎甲斐としての人生がこれでもかというほどひっくり返る瞬間だった。

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