童貞大魔王、異世界で本物の魔王となり人間を卒業す――。

成雲蒼人

第1話 罰ゲーム中に美少女が――。 

「はい、童貞!」

\童貞‼/

「大魔王!」

\大魔王‼/


 ボウリングの玉を持った俺は今、声援を浴びている。

 しかも聞いてくださいよ。この声援、ちょっと黄色いんです。

 野郎どもの野太い声に混じり、森にさえずる小鳥たちの賛歌にも似た、深く澄み渡る黄色い声が混ざっているんです。

 ベンチに腰かけて囃し立てるのは、年間通してこれ一枚でオッケーです、みたいなカーディガンを羽織ったJKたち。

 苦節16年。ついに俺は放課後に女子と遊ぶという偉業を成し遂げた。


「は~や~く投げろよ、童貞~」

「無駄に溜めてんじゃねぇよ! 遅漏かよ‼」


 いや、これ声援じゃねえな。煽られているだけだわ。

 お持ち帰りのフラグなど、わずかにも立っていない。これから立つ予定もない。なお、別のところは起つかもしれない。

 黄色い声で罵られて……新しい扉を開く……わけないだろ!

 恋愛市場におけるイケメンたちの引き立て役。ヒエラルキーの最下層を支える縁の下の力持ち。よく言いすぎだろ……。

 ひとまず他人から恋愛対象として見られない存在。それが俺だ。

 さっき、みんながトイレに行った際、偶然二人きりになった女子に「よかったらLINE交換しない?」って勇気を雑巾並みに振り絞って聞いたら「ごめ~ん、今スマホのバッテリー切れちゃってるからさぁ、また今度ね~」って言われた。

 もう、君ってば、さっきからリール動画ばかり漁っているからだぞ☆

 ところで、あなたが今いじっているその光る板は……そうそう、今、光って通知音がポコンってなったやつ。それは、もしや……スマホでは? え? スマホじゃない? あぁ……電子辞書。このご時世に古風で勉強熱心ですね~。くたばれ。

 どんな嘘だよ。ライトニングケーブルぶっ差して絶賛充電中じゃねえか。あ、充電しながら操作すると本体が熱くなるし、劣化が早まるから気を付けてね。

 たく、可愛い顔してどんだけ残酷で豪胆なんだよ。

 てか、きっとこれあれだな。示し合わされたわ。


「童貞とA子を二人きりにしたら、どうなるか見たくない?」

「え~、私かよ~」

「絶対あの童貞、女子と二人きりになったらキョどるでしょ!」


 みたいな感じか!?

 どんだけ俺を玩具にすれば気が済むんだ、君たち……。


「童貞!」

\童貞‼/

「大魔王!」

\大魔王‼/


 ま、まぁ……こんなのはちょっとお茶目でディープな悪ノリだって。これも青春の1ページだよ。友達と放課後にボウリング。そこには女子もいる。何よりじゃないか。

 ……泣いていい?

 ちなみに、スコアは最終フレームを残して72。余裕のドンケツ。いや、72て……。


「現時点で須藤が104だろ。はい、大魔王が罰ゲーム確定な」

「まだ勝負は決まっていない」

「いや、決まってるからっ⁉」

「算数できない子かよ!」


 いや、まったく何を言っているのかね。

 最終フレームは一投目でストライクを出せば、あと二回投げられる。ここで三回連続ストライクを出せばいいだけのこと。俺はゴールデンボールになるぞ!


「おっ!」

「今日初ストライクじゃん。童貞大魔王」


 周囲の声が遠い。これ、マジでゾーン入ったわ。

 二投目を投げた感覚すらおぼろげだ。


「まじか。次もストライクかよ」

「突然うまくなりだすなし!」

「頑張って~、魔王様~」

「おし、行けDTの星!」


 任せろ。今の俺は戦車だ。誰も近づくなっ!


「マジっ⁉」

「まさかのパンチアウト!」

「すごーい! なんで、最初からそれ出来ないの⁉」

「ふっ」


 精一杯のドヤ顔を浮かべ、俺はギャラリーのもとへと戻る。さぁ、大衆よ、大魔王の凱旋だ。女子を中心に喝采せよ!


「じゃあ、罰ゲームで人数分の飲み物を買ってこいよ。大魔王」

「ん?」


 モニターを見る。


『スドー:104点 マオウ:102点』


 あれれ~? おっかしいぞ~?

 蓋を開けてみたら2つのレーンを使って行われた男6人による罰(女子の分を含む全員分の飲み物をおごる)をかけた仁義なきゲームは、不可思議にも俺の敗北で決着した。

 いや、ちょっと待ってよ。スドーが104点だった。そして俺は72点のまま最終フレームに挑んだ。そして見事パンチアウト。30点を獲得したわけだろう。72足す30は……102?

 あ、普通に俺が負けてるわ。はい。


「てか、瑠衣さっきから思い出し笑いし過ぎ」

「だって……友達が、官能小説朗読するの……聞いて鼻血出すとか…………」


 かばんにミニーちゃんをじゃら付けした子が笑いを押し殺している。いや、正確には押し殺せていないのだが。

 ……俺のエピソードが君のなかで息の長いコンテンツになったのなら何よりだ。

 先ほど、スドーに暴露された黒歴史の九十『赤棺』。

 放課後に部活をさぼり、数人で日が暮れた教室で駄弁っていた際、全員でネットの官能小説を朗読して回そうという悪ふざけをしたところ、須藤が読んでいた際に俺が鼻血を出してしまった、という内容だ。

 だって……2月で空気が乾燥していたんだもん……鼻の粘膜がやられてただけだもん……ぐすん。別に内容がエッチすぎて鼻血ブーしたわけじゃないし……。

 その他、俺の黒歴史を出汁にして野郎どもは女子たちとの距離を見事縮めていったとさ。で、俺との距離は?


「てか、今日初めて須藤と遊んだけどさぁ、お前、もっと教室でもそのキャラ出せよ!」

「最後、大魔王との一騎打ちで最高のオチつけてくれたよな。マジで持ってるよ、須藤」

「今度フロント・ギアの対戦やろうぜ」

「……おぅ」


 チャラ男たちに囲まれながら、須藤は少し気恥ずかしそうに微笑んだ。


「じゃあ、飲み物買ってくるわ」


 と、言ってはみるが、すでに誰も俺のことなど気にかけていなかった。


「はぁ……」


 ガコン、ガコンとコーラやらコーヒーやらミルクティーやらアーモンドミルクやらが落ちて来て、俺の交通系ICの中身が目減りしてゆく。

 ……ま、あいつがみんなの輪に入れたから、今回の遊びの目的は達成したか。

 須藤は二年に進級した四月に体調を崩して入院プラス自宅療養をしていた。

 クラス替えによるコミュニティの再建。それが行われる重要な期間に教室にいなかった須藤は、その遅れを六月になった今でも取り戻せないでいた。

 須藤は少し暗いけどユーモアに長けているから、イケてるグループでも楽しくやれるポテンシャルがあると俺は感じていた。だから、強引に今回の遊びにねじ込んだ。

 そして須藤には事前に俺の黒歴史の九十『赤棺』を皆の前で披露するように言っておいた。結果として話術に長ける須藤は絶妙な語り口で、その面白エピソードを語り切り、笑いを攫っていった。

 見事チャラ男たちのお眼鏡にかなったようだし、これで無事、我がクラスにはけだものはいても除け者はいないことになった。

 よかった、よかった。

 あれ、除け者いないよね? 大丈夫だよね? 俺、今後も誘われるよね? ね?

 ところで須藤。なに調子に乗って黒歴史の三十一『青火墜』(中二の夏に、学校に刃物を持った暴漢が現れ、好きな子の前でそれを撃退して付き合い出すという内容の小説を書いていた)と黒歴史の六十一『欲情光牢』(中三の春にワンクリック詐欺にひっかかり、親にも相談できず、ガチ泣きしながら須藤に助けを求めた)まで暴露してんだよ。夜道に気をつけろや。

 あと、なにしれっと一人だけエナドリ要求してんだ。高ぇんだよ。マッ缶でいいか。甘ったるい点では一緒だろ。


「あの……」


 取り出し口の前に買った缶を積み上げていたら話しかけられた。

 それは白鳥のはばたきのように美しく、繊細な声だった。あまりにも美しいと鳴き声では表現しきれなくなるのだな。


「――っ!?」


 声の主を見上げると息が止まってしまった。

 金髪碧眼。誰もが二度見してしまうような美しいかんばせ。自分のそばにいたのは、おとぎ話に出てきそうなほどの美少女だった。


「あっ……あのっ……すいません、占領しちゃって。すぐどかしますので」

「来てください」


 突然、腕を掴まれて立たされる。

 俺のつま先が積み上げたタワーを崩して甲高い音を立てることなど意にも介さず、その子はグングンと歩いてゆく。

 きめ細かく、すべすべした手の感触と、その透き通るような冷たさに意識が持っていかれてしまい、抵抗することも疑問を挟むこともできなかった。

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