12の獣、その一柱の伝説

ゼン

1

 その世界は、存続の危機に瀕していた。

 魔王軍からの侵略、悪魔王の復活。度重なる災厄によって、人類は生存権の8割、全人口の7割を失う事となり、まさに滅亡の危機に瀕していた。


 「王よ、人類の命は今や風前の灯。このままでは死を待つ事しか出来ませぬ」

 騎士団長の言葉に王は顔をゆがめる。

 「もはや抗する戦力は無く、しかし死を待つことなど許されぬ……。誰ぞ、考えのあるものは?」


 静寂が、場を支配した。

 当然だろう。そんな考えがあれば疾うの昔に実行している。王とてそれを理解していない訳ではない。本当に、縋る思いで放った一言だろう。

 静寂は数十秒続いた。全員が顔を伏せ、唇をかんでいる。数にすれば短いがその場の者達には永遠のような時間だった。

 しかし一人の者によって、それは破られた。


 「……今こそ、12の獣を解き放つ時かと」

 驚愕の波が起きる。ある者は困惑し、ある者は怒声を発し、またある者は言葉も出せなかった。

 「古書長、それは危険すぎるからと断念したはずじゃ」

 王は怪訝な顔で問いかけた。

 12の獣とは、この国の王城、その地下に封印された獰猛な獣の事であった。あまりの強さに倒すことは叶わず、しかし放置もできぬと数百年前に封印された獣だ。

 「確かに奴らは危険です。下手をしたら先に我々人類が滅ぼされかねない。しかし比較的温厚な者も居る。中でも”黒白の獣”は比較的温厚です。交渉の余地はあるかと」

 古書長は獣との会話を成立させる”獣話魔法”の開発者であった。人一倍獣には詳しく、また心を通わせる事も少なくない。


 王は顔を伏せ、長いひげをさらりと撫でる。また沈黙が場を支配した。しかし前回の沈黙とは違う。皆が真剣に考え、未来を憂いている。沈黙は数分続いた。

 沈黙を破ったのは王だった。

 「皆、異論はあるか」

 全員の顔を見まわす。今度は誰一人として顔を伏せている者はいなかった。

 「儀式の準備を始めろ」


 封印解除の儀が始まる。精鋭の騎士、世界有数の魔法使い、古書長、そして王。全員が覚悟をもって儀式に臨んでいた。

 「12の獣よ、縛られざる者よ。汝を今こそ封印から解き放たん。解き放つは白、黒白の獣。怠惰と狂猛。偏食なる者。その魅了の力をもって我らを救いたまえ!」

 古書長の声が響き渡る。

 空はかげり、地は揺れえう。大いなる獣の再来を世界が身をもって示していた。

 「いでよ、大熊猫ッ!Ailuropoda melanoleuca!」

 瞬間、稲妻がほとばしる。召喚陣は粉砕され、煙を上げていた。

 次第に煙がはれると、巨大な獣が姿を現した。

 「おぉ……!これが黒白の獣!なんと力溢れる姿!」

 歓喜の声を上げる者もいる。しかしあくまで冷静に、古書長は語りかけた。

 「黒白の獣、いやジャイアントパンダ……。望みを言え、私達と共に戦えばそれを叶えてやる」

 獣はその大きな上半身を持ち上げると、古書長にこう返した。


 「ささくれ」

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