「ささくれ」って……そもそもお前、ナニモノだよ⁉

奇蹟あい

お前ナニモノ?

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 学生が平日の朝にしなければいけないこと。そう、登校だ。

 三分以内にこの坂を一気に駆け上がらなければ遅刻してしまう!


 それなのに!


 巨大な生き物が道をふさいでいて、私の行く手を阻んでいるのだ。


 巨大。

 でっぷりとした巨体が幅2mほどの道をふさいでいる。

 背が高い。その巨大な生き物は胡坐をかくように座っているのに、高さは3mほどもあるかもしれない。


 体全体がふさふさした毛でおおわれている。

 顔が白く、目の回り、そして耳が黒い。

 体や手足が黒く……。


 そう、見た目はパンダだ。


 パッと見、巨大なパンダに違いない。



 だけどなぜだ⁉


 なぜこのパンダは首から看板を下げているのだ?


【ささくれ】


 そこには汚いひらがなで確かにそう書いてある。ように読める。字が汚すぎて自信はない。


 なんだ……このパンダは笹がほしいのかな?


 それなら今すぐ立ち上がって、動物園に行ってほしい!

 一般家庭に、登校中の学生が笹を持っているわけないじゃないか!


 そもそもなんでこのパンダはこんな住宅街の道の真ん中にいるんだろう。

 動物園から逃げてきたのだろうか?

 

 いやいや、だったらなんで【ささくれ】なんて書いた看板を首にぶら下げている? 自分で書いたのか? 


 そんなわけないよね……。


 ああ、そんなことを考えている暇なんてないんだった!


「ごめん、そこ通してほしいんだけど。学校に遅刻しちゃう……」


 パンダは私を見つめたまま無視。

 動く気配すらない。


 ダメだ。

 パンダに言葉が通じるわけない。


「笹なら動物園に行かないとないと思うよ。この辺にはよくて竹しか生えてない」


 あれ? 私が「笹」という単語を発した時、パンダの目の奥が一瞬輝いた気がする。気のせいかな?


「笹」


 ほら、やっぱり。


「笹」


 うん、笹という言葉には反応するね。


「笹ほしい?」


「ささくれ」


 うわっ、しゃべった!


 今しゃべったよね⁉


「ささくれ」って言ったぞ、コイツ!


 パンダって言葉しゃべれるの⁉ 鳴き声がたまたまそう聞こえただけ? でも、そもそもパンダの鳴き声ってどんなだ……。


「笹」


「ささくれ」


 これ、絶対意味わかって言ってるわ……。これ鳴き声じゃないわ。


 何、どっきりか何か⁉


 キョロキョロ辺りを見回してみるも、カメラらしきものは見当たらない……。

 着ぐるみか何かで、中に人が入っているのかも?


 これって笹を渡さないと通さないぞってことなのかな……。


「ごめん、笹は持ってないです! でもそこを通してほしい!」


 遅刻してしまう!

 今日遅刻すると、1時間目の小テストが受けられなくて本気でヤバいんだ。


「ささくれ」


 ああっ、もうダメだ、間に合わない……。



 その時、巨大なパンダ(?)がゆっくりと動きだした。


 く、くわれる!


 私は反射的に目をつぶった。

 こんなところで私の人生って終わるの……パンダに食われて……。


 ………あれ? 食われない?


 と、恐る恐る片目を開くと、同時にパンダのモフモフした手が私の右手を包み込んだ。毛が柔らかい……でも肉球がちょっと硬い。


「ささくれ」


 え、あ――。


「ささくれ」


 パンダの手が私の右手の親指……の爪にできた『ささくれ』をそっと撫でてくれていた。


「あ、ありがとう……」


 でももう完全に遅刻です!


 私の心はささくれ立った……。



終わり。

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「ささくれ」って……そもそもお前、ナニモノだよ⁉ 奇蹟あい @kobo027

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