精霊術の少女

日諸 畔(ひもろ ほとり)

故郷のために

 この世界には精霊術という概念がある。

 人々は精霊と契約することにより、その超常の力の一部を手にすることができた。無限に宝を生み出せるようになった者もいれば、岩をも持ち上げる膂力りょりょくを得る者もいた。

 ただし、そのためには厳しい条件があった。

 昨日十五歳になったばかりの少女、タウ・ウタミールは精霊との契約という高すぎる壁に臨む。


『タウよ、そなたと話せることを嬉しく思う』

「光栄です」


 契約の儀式を行う祭壇とその周囲には、長い髪をひとつに括った小柄な少女の姿だけ。しかし、タウの頭には優しく厳しい声が響いていた。

 精霊の長だ。人間たちからは面接官と呼ばれている。

 

 この面接官からの質問に対して、適切に回答する。それが精霊と契約し、精霊術を行使する権利を得るための条件だった。


『全ての質問に嘘偽りなく答えるのだぞ』

「はい」


 仮に嘘をついた場合、全て見破られ即失格となる。過去の面接落ちした経験者からの情報だ。

 タウはどんな答えづらい質問がくるのだろうと、息を飲んだ。しかし、貧しい故郷のため、なんとしても精霊術を持ち帰らねばならない。


『では、最初の質問。今日は寒いな?』

「……いえ、寒さは感じません」


 面接官の意見を否定して良いものか悩んだが、タウは正直に答えることにした。ちらりちらりと雪が舞う故郷を思い出す。

 

『寒くないのか。我は肌寒いと思ったが』

「故郷は今頃も雪が降りますので」

『そうか、この季節でもか。では冬はどう過ごしているのだ?』

「はい、備蓄を少しずつ食べながら静かに暮らしています。そろそろ畑を耕し種を植える準備をする頃かなと」

『そうかそうか』


 質問は続く。

 兄弟姉妹はいるのか、生活は苦しくないか、恋をしたことはあるのか、最近の悩み事は何か。

 まるで日常会話のような質問ばかりだった。


『そうか、そうか、大変な生活なのだな』

「もう慣れました。でも、家族や村の皆には少しでも楽になってほしいと思っています」

『そうかぁ』


 面接官の発言は、質問以外のほとんどが『そうか』だった。


『指がささくれておるな』

「はい、寒い季節は特に」

『そうか』


 不意に、タウの指が光に包まれる。そして、みるみるうちにささくれが治っていく。


「これは……?」

『そなたに与える精霊術を決めた』

「え?」


 タウは耳を疑う。厳しい面接ではなく、ただ世間話をしていただけなのだ。これで精霊術が手に入って良いのだろうか。


『与える力は、保温と保湿。あと少しの治癒だ。大きな怪我は治らんから注意するのだぞ』

「え、あ、はい。ありがとうございます」

『では、幸せに暮らせよ』


 面接官の声は優しかった。


 故郷に帰ったタウは精霊術を存分に活用した。

 精霊の力を宿した防寒具だけでなく、作物が育ちやすい温度と湿度を維持した空間も作った。夏の乾季に耐えられるような貯水池を用意した。ささくれのような小さな怪我はすぐに治る泉を設置した。


 豊かに幸せになった村で、タウはあの日のことをよく思い出す。


「私、なんで受かったんだろ」


 タウは知らなかった。精霊は割と情に脆いことを。

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精霊術の少女 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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