墓場

如月いさみ

第1話 ささくれ

何かが壊れる音は煩いだけだった。

だが周囲のクラスメイトの表情は恐怖と蔑みに彩られていつも『こいつ早く消えろ』と言っているのが垣間見えた。


鉄パイプを振り回してガラスを割る。

飛び散った破片は外へと舞い散りバラバラと校庭の花壇に降り積もってキラキラと輝いた。


「うりゃぁ!!」

叫んで思いっきり窓枠に叩きつける。


今では学校側も直すつもりが無くガムテープで押さえるようになっていた。

何度も感情のまま叩きつけて『ああ、俺もう壊れてるな』と思っていた。


どれほど叩きつけても。

どれほど何かを壊しても。

胸には『憤怒』と言う大蛇が蜷局を巻いてのたうち回っている。

収まらない。


誰か。

誰か。


あの頃のように。

あの人のように。

俺を救ってくれ。


5年前に俺を誘拐してくれた人がいる。

大きな温かい手で俺の手を握って家へ連れて行ってくれた。


そこは俺を生んだ男と女がいる場所ではない。

その男の家だった。


男はまるで普通のことのように俺にご飯を出して両手を合わせて

「いただきますっていうんだぞ」

と告げた。


俺はまねるように両手を合わせて

「いただきます」

と言った。


男はそれに嬉しそうに笑った。

俺には加賀良太と言う名前(モノ)がついていた。


だが男は俺を

「一雄、一雄」

と呼んだ。

だから俺も「ああ、俺は宮城一雄でいいや」と思った。


ご飯を食べて良いと。

風呂に入って良いと。

テレビも見て良いと。

家に帰ってきても良いと。


男は俺の頭を撫でて

「いい子だな、一雄」

と笑ってくれた。

ああ、この人が『父親』で俺はいいや、と思った。


だが。

警察が俺を『保護』した。


近隣からの通報だった。

『父親』は刑務所の中で死んだ。


女と男は『慰謝料』を取ろうと裁判を起こした。

可哀想な母親。

気の毒な父親。

子供は両親の元で育つのが一番。


それを聞くたびに俺の『憤怒』の蛇が暴れまわる。


夕暮れ色に染まる校門で一人の男が立っていた。

「一雄、そんなにささくれ立って怒るな。お前には誰かを傷つける人間になってほしくないんだ。お前がそうやって人を傷つけると人はお前を憎む。それは当たり前のことなんだ。お前は本当は優しい子だろ? 俺のわがままを知らぬふりをして聞いてくれたじゃないか」


……愛してるよ、一雄……

「さあ、帰ろうか」


俺は『父親』の手を掴んだ。

当たり前の「帰ろうか」と言う言葉が嬉しかった。


この人以外から聞いたことが一度もなかった。

この人だけだった。

『一緒に暮らして良いよ』と言ってくれたのは。


「ごめん、父さん。ごめん」

他愛無い一言で俺は救われるちょろい人間なんだ。


『父親』が一緒に帰ろうと言ってくれる場所なら何処でもいいさ。

唯一人だけでも俺を愛してくれる人がいる場所なら。


俺はクラスメイト数人とすれ違った。

奴らが

「宮城君、墓場に何の用かしら?」

「このまま学校来なかったらいいのに」

と言っているのが聞こえたが、いいさ『父親』と一緒だから。


俺はふと考えた。

俺にとっての墓場はどっちなんだろう。

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墓場 如月いさみ @k_isami

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