ささくれ

金谷さとる

ささくれ

 ぎゅっと握ればくしゃりと壊れてしまいそうな箱。

 ネオンの塾が終わるまで時間はあるし一旦、新居になった雑居ビルの自室に持ち込む。それなりに時の流れを感じるエレベーターを避けてひび割れが気にならなくもない階段を上がっていれば、

「あ、タイ君。夕食まだなら食べにおいで」

 なんてもうひとつのバイト先の上司にしてイトコのにーさんがにこにこ手を振ってくる。

 雑居ビルの一室もバイトも思いっきり縁故雇用お身内配慮だ。亡くなった実母に恩があるからと笑って断らせてくれないんだけど、ちゃんと自立目指しているのに甘やかされてありがたいけどちょっと妨害だよなとも思う。

「えー。身内配慮はするけど、実務能力は上げて欲しいから資格教室は援助するよ? マトモな実務要員は戦力だからね」

 事務所の休憩室でにーさんのお手製夕食を食べ終えて『マトモ』を強調するにーさんに苦笑いが溢れる。おれのことは『マトモ』な事務員として有益と思ってくれているらしい。

「収支をきちんと記帳してくれるなら問題発覚は早いんだけど、苦手な人のところには人を直接送ったり、行ったりしないといけないからね。だからといってここも蔑ろにできるわけもない。だから、やれそうなタイ君は戦力かな」

 ピリピリイライラを隠さず述べて(記帳しない人材にうちの実父は含まれていて罪悪感が生じる)最後にへらっと笑ってくれるからものすごくホッとした。

「にーさん、どんだけ不満たまってるの?」

「めいっぱい」

 満面の笑みで返さないで。

「あ、ネオンくんがタイ君の部屋聞いてきたから教えちゃったけど問題ないよね?」

 なんで、教えてるの!?

 知ってる。ここで感情的に対応すると「反抗期」とか「思春期」とか「青春いいね」とか言ってくるんだ。爆弾発言をしてきたのはにーさんなのに。

「ちゃんと好きを言い合えることは大事だから」

 さびしそうに言うのはずるいと思う。

 少しくらいこのピリピリする痛みを人のせいにさせてほしい。

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