ささくれ妖怪

華川とうふ

竹林の解

 理人は学校帰りのこの道が苦手だった。

 竹林が続く、長い道。

 夏場は涼しく昔は気に入っていた。

 何処か有名な観光地を思わせる清涼な風景は、学校で嫌なことがあっても忘れさせてくれるくらい気持ちの良い道だった。


 子供の頃は、こっそり竹林に奈津姉と忍び込んだこともあったくらいだ。

 近所に住む奈津姉(本当はイトコで奈津美というが、理人は小さい頃から2つ年上の彼女を奈津姉と呼んでいる)は色んなことを知っている。

 かぐや姫が月に帰るとき不老不死の薬をくれた話を理人に教えてくれたのも奈津姉だ。


 そんな通学路でもあり、遊び場でもある、親しみ深いこの道を理人が怖がるには理由がある。


 そう、とある噂があるのだ。


 妖怪がでるとかなんとか。


 噂なので本当かどうかわからない。

 妖怪でなく幽霊かもしれないし。

「妖怪ささくれ」なんて、ビミョウに痛い名前で呼ばれているが実際は「妖怪牛裂き」とか「首刈り幽霊」かもしれない。

 噂なんて、不確定でふわふわしたもの信じられない。


 ならば、そんな妖怪がでるなんて噂自体信じなければいいと、奈津姉は指摘するが、噂が立つような何かがあることは確かなので理人はこの道を通るのにあまりいい気分はしなった。

 奈津姉は最近、忙しそうだ。理人のことを無視はしないが前のように一緒に過ごすこともなくなりあまり話さなくなった。


 でも、家に帰るのにも何をするのにもこの道を通らないととんでもなく遠回りで不便だから、理人は警戒しながら毎日この道を歩くしかない。


   「……さ、さ、く、れ」

   「……ささ、く、れ」

   「……ささく、れ」

   「……ささくれ」


 とある、早朝のことだった。

 理人がその声を聞いたのは。

 妖怪だか幽霊だか知らないがでるとした、夕方から夜にかけての夜の帳のもとであろうと少しだけたかをくくるっていた。


「ささくれ」と微かながら妙に声が耳に残ったので、理人は思わず、


「えっ!?」


 と聞き返した。

 何かが、制服の袖を引っ張る。


 動けない。


 こういうときは振り向いてはいけないのが、セオリーだが、あまりにも強い力で引っ張られるので理人はそれにつられて振り向いた。


 すると後ろにいたのは、小さなパンダだった。

 白いふわふわの毛に、よくあるイラストとは違い、黒の部分はグレーとも茶色ともとれる微妙な色合いをしている。


「ささくれ」


 アニメで魔法少女が連れている使い魔みたいな声で、パンダはもう一度言った。


 パンダがしゃべってる?


 理人が、ぽかんとしていると、


「もう、竹は飽きちゃったよ。ささはないの? お兄ちゃん、いいから僕を笹のあるところまで連れて行って」


 そういって、引っ張られたときに理人が取り落としたリュックの中にもぐりこむ。

 頭だけ、ちょっぴり出したその姿はまるでぬいぐるみだ。


 妖怪ささくれの噂はどうやら本当にみたいだ。


 そうだ、奈津姉に話そう。

 きっと奈津姉は以前みたいに面白がってくれるはずだ。

 そう思うとリュックに入った「笹くれ幽霊」も悪くないかもしれない。

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ささくれ妖怪 華川とうふ @hayakawa5

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