『魔法少女と箱と回収係』

龍宝

「魔法少女と箱と回収係」




 小さい頃は、電車通学に憧れた。

 それが背伸びした小学生だろうが、おしゃれを極めた高校生だろうが、とにかくおそろいの制服姿で学校に通う彼ら彼女らを見かけるたびに、なんて大人なんだろうって思ったのをよく覚えている。こっちは切符の買い方すらあやふやな子供だったのに。

 夢が叶って、というほどおおげさな話ではないけども、高校に入学したのをきっかけに、私の通学順路には実家の最寄り駅から高校の最寄り駅までの区間が追加されることになった。定期券も手に入れた。

 最初の内は、自分でも浮かれていたと思う。

 毎朝、電車に乗る時間を変えてみたり、車両の位置を変えて座れるポイントを探ってみたり、降りる駅まで立ってたらどれぐらい疲れるか試してみたり――。

 もちろん、今は違う。さすがに高校生活が二年目を迎えるようになると、そういった遊びにも飽いて、通学中はもっぱら退屈と向き合うだけの時間になっている。大人になったのだ。


「――わっ、あれ見て。すごくない?」


 今日も今日とて、私は放課後の学生でそれなりに混んでいる電車の中に突っ立っていた。

 ふいに聞こえてきた声に、スマホを覗き込んでいた顔を上げる。近くに座っていた他校の女の子が、半身になって窓に手をついている後ろ姿が見えた。


「うわー、すご。魔法少女ってやつじゃん!」

「わたし、生で見るの初めてかも」


 目の前の二人組が何を見ているかは、すぐに分かった。

 車内で暇そうにしていた他の学生たちも、つられるように窓の外に顔を向ける。

 街中で、噴煙が立ち上っていた。火事ではない。現場の周囲を取り巻く警察や消防隊とは明らかに異質な存在が、そう主張している。

 大型のトラックほどの大きさをした異形の怪物と、やたらとカラフルで装飾過多な衣装を着こんだ小柄な少女。しかも浮遊中。

 これが現実で、私たちにとっての新しい日常である。この国が、どこからか現れ始めた〝怪物〟に悩まされるようになったのと時を同じくして、彼女たち〝魔法少女〟もまた現れた。あとは、映像作品で描かれている通りの展開だ。彼女たちの正体は依然として不明だが、どういうわけか率先して怪物を退治してくれている。

 世間では、彼女たちをヒーローとして称える動きもある。私も同感。細かいことを気にしなければ、唐突に訪れた非日常が日常へと移り変わるのは、それほどハードルの高いことじゃなかった。――少なくとも、私たちのような一市民にとっては。








 帰宅して〝ただいま〟と言ってみても、返ってくる声はない。

 分かっていても毎日同じことを繰り返してしまうのだから、習慣というのは厄介だ。

 出張やら残業やらで忙しい両親は今日も帰ってこないだろう。一年前に姉が進学で上京してからの半ひとり暮らし状態は、快適な一方でそれなりに物足りなさもある。

 ――いや、最近は、新しい日課ができたんだった。

 通学カバンや買ってきた食材を廊下に放り出し、私の足は自分の部屋へと歩き出す。

 私の自室――ベッドがある奥のところに、朝家を出た時と変わらず置かれたままの〝箱〟を確認して、思わず安堵の息を吐いた。――よかった。安心した。ちゃんとある。

 帰宅して一番に、自分の部屋に〝箱〟があるか確かめる。それが、ここしばらくの私の日課だった。私が、決めた………………あァ、そうだ。食材を冷蔵庫に入れなきゃ。

 リビングの電気を点けて、ついでにテレビのリモコンもワンクリック。映し出されたニュース番組では、先ほど見かけた魔法少女の活躍と現場の状況が報道されていた。

 〝怪物〟に襲われた被害者らしい女性が、倒壊した瓦礫を背にしてレポーターの囲み取材を受けている。離れたところには、ひっくり返って炎上する自動車に消火剤を撒いている消防隊や、路上で負傷者の応急手当てをする救急隊の姿もあった。

 ところが、どれだけカメラを巡らせても、本来そこにあるべきものはまるで見当たらない。

 ――〝怪物〟の死骸が、どこにもないのだ。

 前から、うわさにはなっていた。魔法少女との戦いが終わって、周囲があれこれと慌ただしく動き回っている間に、気が付けば忽然と姿を消しているらしい、と。

 そんなことがあるのか、と最初は思ったものだ。

 これが、事故現場から車の部品がひとつ消えました、なんて話ならまだ分かる。そういうこともあるだろう。だけど、消えてしまうのはそんなパーツなんて比較にならないサイズのものなのだ。しかも、毎回である。

 もちろん、私を含めて大多数の人間は現場に出くわしたこともないし、実際に巻き込まれた人や集まった野次馬だって、ずっとその場に残って監視していたわけじゃないだろうから、本当のところはよく分からない。

 分からないから、ネット上ではみんな面白がっていろんな仮説を唱えていた。

 有名なところでは「怪物は宇宙人が送り込んだ兵器で、壊されたのを自分たちで回収したんだ」なんてふざけた意見もあれば、「政府直轄の特殊部隊が、研究材料として秘密裏に回収している」なんて陰謀説もある。

 どれも結局は、降ってわいた〝魔法少女〟というヒーローへの反響だった。

 番組が終わり、次のドラマが始まったところで、電子レンジから夕食の完成を知らせる電子音が鳴った。


 夕食を簡単に済ませ、今日はすることもないのでいつもより早く寝室に入る。

 ベッドの傍に〝箱〟があることを確かめる。

 これでいい。これは、ここになくちゃならない。ここで、隠しておかないと……。

 気付けば、黒光りする〝箱〟の前で、しばらくぼうっと立っていたようだ。

 早く寝よう。明日も学校があるんだし。








 いきなりの腹に響く物音で跳び起きた。

 寝ぼけた頭が状況を把握するより先に、玄関の方からどたどたと複数人の乱暴な足音が聞こえてくる。

 強盗⁉ こんなに激しく⁉

 何が起きているにせよ、このままじゃまずい。

 動揺して跳ね回る心臓を落ち着かせながら、とりあえずベッドから降りようと数歩進んだところで、バンッ、と寝室のドアが開いた。


「――動くなっ!」


 押し入ってきた何者かが、私を突き飛ばしてベッドの上に逆戻りさせる。


「じっとしていろ! この家にいるのはお前だけか⁉ 答えろ‼」

「そ、そう! 私だけです!」

「そのまま手を上げていろ! そこから降りるんじゃないぞ!」


 目の前に突き出された散弾銃の銃口に、考えるまでもなく両手を顔の横に上げた。

 強盗なんかじゃない。私の知ってる強盗は、防弾ベストを着こんで無線機を耳にはめてたりなんかしないし、とアクセサリのついたライフルを当然のように構えてたりしない。


「対象を発見。やはり寝室だ」


 二人組のうちドアの傍に残っていた方が、無線を飛ばしている。

 もうひとりが、私に銃を向けたまま、ベッドの横を回り込んで――


「――駄目っ⁉」

「うおっ⁉ やめろ、おい‼」


〝箱〟に向かって腕を伸ばしていた男に、飛び掛かっていた。

 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ!

 あの〝箱〟には、誰も近付けちゃいけないんだ。


「う、撃つな! 民間人だ!」

「こちらB班! 問題発生だ、すぐに来てくれ!」


 私を振り落とそうとする男が、こちらにライフルを構えた相棒に叫ぶ。

 筋骨隆々とした男と、普通の女子高生だ。もみ合いはそう長く続かず、壁に叩きつけられた拍子に落下した私を、男たちが取り囲もうとする。

 とっさにベッドの傍に駆け寄った私は、男たちの制止を無視して〝箱〟を背後に庇う姿勢で固まった。


「――順序を間違えましたね。〝暗示〟が掛けられてるだろうから、先に〝見張り〟を拘束しないと」

「少佐! ……すみません、まだ子供と油断しました」

「それが、向こうの狙いですよ」


 新たに部屋に入ってきた若い女に、男たちが視線だけを送る。

 片側で髪を縛った、ぞっとするほどの美人だ。女の後に続いて、さらに何人か集まってきた。


「さて、山澄やますみ彩芽あやめさん? その箱を、こちらに渡していただけますか?」

「い、嫌です! この〝箱〟は、誰にも渡しちゃいけないんです! そう言われて――」

「――誰に?」

「そ、れは……えっと……あ、姉です! 姉が、この前帰省した時に……?」

「あなたのお姉さんは、ここ三ヶ月一度もこの家には出入りしていません。いえ、もっと言えば、あなた以外の人間は誰ひとりとして訪ねちゃいない」

「そんな、はず……だって、私は……この〝箱〟を……ッ⁉」


 嫌だ、おかしい、この女と話したくない!

 頭が、割れるように痛い。〝箱〟は、隠しておかなきゃ、いけないのに。


「あなた、騙されてるんですよ。都合のいい〝見張り〟に利用されてるだけです」

「あ、ああああああああ⁉」


 聞くな、聞くな、聞くな、聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞くな聞く――――――


「――そら、モグラが顔を出しましたよ」


 女が、何かを言って、私の顔の傍に腕を伸ばした。


 ――バンッ、バンッバンッバンッバンッ‼‼


 耳元で爆ぜた何かに、思わず身体をのけ反らせていた。

 驚いて振り返ると、〝箱〟から飛び出した小さな〝怪物〟に向かって、女が拳銃を突き付けている。


「えっ……?」

「おや、目が覚めました? 〝暗示〟の核になっていた箱を壊しましたから。もう大丈夫ですよ。……回収してください」


 ベッドの布団にまで派手に血を飛ばした〝怪物〟の死骸を放心して眺める私に、女がにへらっと笑った。


「さて、それじゃ山澄さん。正気に戻ったところで、我々にご同行願えますか?」

「え⁉ いや、あの……⁉」

「ああ、拒否はできませんよ。こちらには、あなたを拘束する正当な理由がごまんとありますから。――お連れして」


 女の合図で、傍に控えていた長身の部下?が私を立たせる。

 そのまま、後ろ手に拘束された私を二、三人で囲み、家の外に停めてあったSUVに詰め込んだ。


「ど、どこに連れていかれるんですか、私……⁉」

「…………」

「ちょっと⁉」

「…………」


 ばたん、と運転席のドアが閉められ、車が走り始めた。








 家から車で数十分。

 どこかの基地の、その中のどこかにある尋問室に、私は座らされていた。

 床に固定されたテーブルを挟んだ正面には、先ほどの女が脚を組んでいる。

 それから、女の後ろでこちらを見下ろすように立っている長身の人物は、私を拘束した張本人だ。ちなみに、こっちもクール・ビューティな女の人だった。


「――ここまで、ご理解いただけましたかね?」


 出された水のペットボトルに口を付ける私を見遣って、女――分かりやすいよう、隊長さんと呼ぼう――が、首を傾げた。

 一通り説明を受けた今では、彼女たちの正体も知れた。

 ここは中央軍直轄の秘密部隊の根拠地で、隊長さんたちは〝魔法少女〟の〝怪物〟討伐を補助する任務を負っているらしい。補助――つまり、敵の設置した「魔法少女が倒した怪物の死骸を粒子化し、収集してから再構築させる」装置を発見・回収することで、怪物が再び出現することを防ぎ、また成体化する前の雑魚を間引くのが主任務なのだとか。

 現場から消えたと思われていた怪物の死骸が、まさか目に見えない粒子になって再集合させられていたなんて、何というか、SNSもあながち馬鹿にできない。

 しかも、その、怪物を再生させるための装置って――


「――そう、あなたが我々から隠していたあの〝箱〟ですよ」

「うっ……⁉」

「まァ、幸い今回は幼体の内に始末できたんで深刻な事態にはなりませんでしたけど、下手すれば、人間をたくさん食べるのが生きがいの怪物を世に解き放つことになっていたでしょうねえ。……もちろん、ペットがした粗相の責任はにありますけど」


 にやにやと、嫌らしい笑みを浮かべる隊長さんにうめき声を漏らす。

 私があれだけ〝箱〟に執着していたのは、怪物をこちらの世界に送り込んでいる連中が、再生に都合の良いよう、箱を守る暗示をかけていた、と説明はされているのだが……


「……だからといって、自分にはまったく関係ありませーんって顔、できます? あなたは被害者ですけど、同時に加害者にも成り得たんですよ。異世界からの侵略に加担した、ね」


 めちゃくちゃだ、とか、洗脳されてたんだから法的な責任能力がうんぬんとか、よく分からないなりに言いたいことはたくさんあった。

 だけど、彼女が言っているのはそういうことではないのだ、ということも分かっている。


「……わ、私は、どうすれば?」

「ふふ、簡単なことですよ。私たちも鬼じゃない。学生らしく、ちょっとした奉仕活動に従事していただければ」


 要は、自分の立ち位置を示せ、と言われているのだ。

 不可抗力だろうが一度は人類を裏切り、その共犯者に片足までなりかけた私に、自分の意志でどちらの側に付くかをアピールしろ、というのが彼女の要求だ。

 それについて、私は悩めるような立場にはない。


「奉仕活動、ですか。やります、やらせてください!」


 どんな無理難題を言われるかと震えていたところに、ずいぶんと温情ある判決が下った。

 いくら秘密組織の隊長さんとはいえ、やはり人の子らしい。まだ学生だった自分に感謝したいところだ。

 飛びつく勢いで彼女の手を取った私を見て、何故か後ろで見ていた部下さんが、「やれやれ、ご愁傷様」とでも言いたげなリアクションを取っている。

 え。なにそれどういう意味――


「分かりました、山澄彩芽さん。快く応じていただき、こちらとしてもありがたい限りです。なにせ、慢性的な人員不足でして」

「はァ……えっ、人員……えっ⁉」

「では、奉仕活動の一環として、明日から我々と一緒に働きましょう。あ、学生ですから、放課後だけで結構ですよ」


 そんな、騙された、不当だ、なんて叫んでみても、隊長さんにはどこ吹く風。

 まさか、〝箱〟を隠した罪をあがなうために、他の〝箱〟を回収する生活が始まるなんて――。

 落ち込んでいる間にも話は進み、同情的な視線をくれながらもてきぱき仕事をこなす部下さんに連れられて、私は必要な書類記入と制服の採寸まで済ませていった。


 数時間後。

 家まで送るよ、という部下さんが運転するSUVの助手席で、私はたった今貰ったばかりの認識票ドッグタグを眺めていた。




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『魔法少女と箱と回収係』 龍宝 @longbao

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