ドラゴンのささくれ

月井 忠

一話完結

「え? ドラゴンにもささくれってあるの?」

 僕は思わず聞き返した。


「ああ、そうさ。じゃから、優しく取ってくれないか?」

 そう言うと年を取ったドラゴンは前足を僕の前に差し出した。


「これ?」

 僕は少しだけめくれ上がっている鱗に触れた。


「ああ、それじゃ。優しくじゃぞ」

「う、うん」


 僕はゆっくりその鱗を剥がしていく。


「う、うう」

 ドラゴンは低くうめき声を上げた。


 やっぱりこのドラゴン弱そうだなあ。

 僕はそんなことを考える。


 いつも、お母さんが聞かせてくれるドラゴンのお話は、もっと怖くて強いイメージだったけど。


「とれた!」

 そう言って僕は鱗をドラゴンに見せる。


「おお、ありがとうな。その鱗は大事にとって置くんじゃぞ。貴重な物なのだから」

「ええっ! 気持ち悪いよ!」


「そんなこと言わずに」

「……わかったよ」


 山奥のとある洞窟。

 その中で僕は年老いたドラゴンを見つけた。


 最初はすごく驚いて、その場で倒れてしまった。

 だってドラゴンはとっても悪いヤツだって、お母さんに言われていたから。


 でも、僕が目を覚ました時、ドラゴンは僕を尻尾で優しく、くるんでいたんだ。

 それから、僕とドラゴンは良くお話をするようになった。


 このことは村の誰にも秘密。

 洞窟は僕たちだけの秘密の場所になった。


 それから何度か、ささくれを取って欲しいとドラゴンに頼まれた。

 前と同じようにして、鱗を取って、それを山の木の下に隠した。


 それから何日かして、家で目を覚ましたら、外がとっても騒がしかった。


「何かあったの?」

 僕は外に出て、ドアのそばにいたお母さんに聞く。


「ああ、起きたの? ほら見て」

 お母さんは道の向こうを指さした。


 そこには馬に乗った兵隊さんがいっぱいいた。


「何あれ?」

「騎士様よ。戦争が始まるみたい……いやねえ」


「戦争って?」

「人と人が戦うことよ」


「なんでそんなことするの?」

「お母さんも知りたいわ」


 そう言うと、お母さんは僕の背中を押して家に戻った。


 僕はなんだか不安になった。


 次の日の朝。


 僕は村の広場に向かった。

 お母さんに無理やり起こされて、連れて行かれたんだ。


 広場には大きくて黒い塊が置かれていた。


「なんだ。戦争って討伐のことだったの?」

 お母さんは隣のおばさんと話してた。


「ええ。なんでも前の王様がドラゴンと契約をしていたらしくて。それらしいわよ」

「何もそこまでしなくても」


「簒奪者は復讐が怖いものよ」


 二人は小さな声で、ひそひそと話してた。


 僕は広場に置かれている黒い塊が、あのドラゴンだと知った。


 涙は出てこなかった。

 良くわからなかったんだ。


 洞窟に行ったら、きっとまたあのドラゴンに会える。

 そう思っていた。


 でも、そんなことはなかった。

 やっぱり、あの黒い塊は、ドラゴンだったんだ。


 僕は洞窟の中で一人、泣いた。




 時が経ち、僕は村を出る事になった。

 本来なら父の仕事を継いで木こりになるはずだったが、どうしてもしなくてはいけないことがあった。


 あれから、あのドラゴンのことを色々と聞いた。

 過去には人の世を荒らし、国を滅ぼしたほどの邪竜だったらしい。


 そんなドラゴンに目を付けたのが、前王だった。

 前王はドラゴンとの契約にこぎつけ絶大な力を持ち、民に圧政を敷いた。


 それが現王の理屈だ。


 歴史は勝者が作る。

 まさにその通りの結果だろう。


 そもそも国を滅ぼすほどの邪竜とどうやって契約をするのか。

 逆に滅ぼされるのが普通だろう。


 それに僕はあのドラゴンが優しいことを知っている。

 きっとあのドラゴンのささくれなるものも、僕への贈り物だったのだろう。


 僕は彼から託されたドラゴンの鱗をひっそり盾と鎧に組み込んだ。

 それとは、わからないよう裏側に。


 ドラゴンの鱗はとても貴重で、高価な防具だ。

 並の武器では刃が立たない。


 だからこうして隠して使う。


 僕は冒険者になった。


 これから諸国を回り、あのドラゴンの真の姿を知りに行く。

 そして、あのドラゴンが優しかったことを、みんなに知らせに行く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴンのささくれ 月井 忠 @TKTDS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ