中身

no name

中身

 テレビの声も消え、薬缶が湯の出来上がりを叫ぶ夜半のことだった。テーブルの上に置かれた段ボール箱には宛先も送り主の名前も明記されておらず、ただガムテープで封がされている。両手を添えて抱えて軽く振ってみると、ゴソゴソという音が聞こえるだけで中身は分からない。食べ物なのか、なにか静物なのかも分からない。

 そっ、と壊れ物でも扱うようにテーブルの上へ置くと、薬缶にかけた火を止めに行った妻が戻ってきた。向き合うように僕の目の前へ座る彼女は上機嫌でダンボールを慈しむように抱え込んだ。

「これなーんでしょ!」

「分からないなぁ。さっき試しに持ったり振ったりをしたけれど、緩衝材も入ってるだろうし、なんなのか分からなかったよ。なにか買ったのかい?」

 妻はいたずらっ子のようなしたり顔で一頻り満足そうに笑ったあと、ダンボールから身を離し、こちらを真っ直ぐに視線を向けては「未来を買った」と言い放った。

 妻には昔からそんなところがあった。豪胆な性格故か、遠慮というものを置き去りにしているような節が垣間見てとれた。歪な形をしているから売り物にならないと、知り合いの農家から大量に野菜を貰ってきたり、喧嘩している近所の子供の間に入ったかと思うとそのままどういう経緯か、子供たちに混ざって青春を謳歌したりしていた。その度に僕にはできないことをやってのける人だと常々尊敬と疑念の眼差しを向けていたものだったが、果たしてこれはどうしたものだろうか。

 妻の帰りを待つ間に届いた荷物。中を開けようとは思わなかったが、なんだか目に止まる箱だった。家事をしていても、視界の端には必ず入ってくる。印鑑を押して手渡しで受け取ったものの、なんの明記もされていない怪しい箱の存在は大きかった。こんなものがこの世の中にあっていいものだろうかと何度も思ったが、現存しているのだから仕方がない。帰宅した妻に一体これはなんなのかと問いただしてみたが妻は一貫して「多分良いものだよ」と言うばかりで中身に言及は一切しなかった。

「家電?」

「家電じゃないね。物じゃない。なんていうのかな。概念?」

「音のする概念ってあるんだなぁ。明らかになにか入ってそうだったけれど。パンドラの箱みたいだなそうなってくると」

 妻は依然として微笑んでいる。中に希望が入っているとはいえ、物騒なものを持っているものだ。パンドラというより魔王のように見える妻は邪悪そのものかもしれない。悪魔より神であり、神より魔王。立ち位置はそれに近いんじゃないかと思えた。

「箱にまつわる話って結構あるじゃない。パンドラの箱然り、コトリバコ、リンフォン……はちょっと違うかな?違うか」

「物騒極まりない」

「まあ結構あるよね箱系の怪異。つまりそれがこれなのです。楽しみだね。なにが入っているのやら」

 妻はそうしてまたダンボール箱を胸に抱いた。突拍子もないことをいきなり仕出かす妻のことだ。なにがあってもおかしくはない。仮に彼女が本当に怪異の類である箱を今手にしているとすると、良からぬものには違いなかった。今すぐに捨てて、今まで通りの生活をしようと言うことも出来る。妻は僕の意見に同調することだろう。しかし、彼女が手に入れたのだ。僕の意見を通すのも筋違いかもしれない。僕は少なくとも彼女の意思を尊重したかった。

「開けてみるかい?なにが起きても一蓮托生だよ」

 僕の言葉に妻は満足そうに笑った。

「君は最高の旦那だよ」

 そう言って妻は無造作にダンボール箱のテープに手をかけた。ボリボリと音を立てて解かれるテープはもう役目を果たさない。妻は躊躇なく箱の中を見た。続いて僕もその中を見る。

 彼女はただただ笑っていた。

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