第6話 出自
そんな思いが顔に出たのだろうか。
「それにしても大丈夫ですか? 会社関係の人たちだったようで。ヤクザ者と関わりがあると知られてしまって、申し訳なかったです」
「いや……」
直樹は頭を下げる片山に対して少しだけ言い淀んだ。確かに好ましい状況ではなかった。ただでさえ昨今はコンプライアンスだの何だのとうるさいご時世なのだ。暴力団らしき人間と知り合いだと分かって立場がよくなることなどはないのだろう。
しかし、片山に助けてもらったのも事実だ。あの場に片山がいなければ、自分にも直接的な何かしらの被害があったかもしれない。もしくは頭に血が上って自分が手を出すこともあったかもしれない。いずれにしても片山がいなければ、皆が無傷であの場が収まることはなかったはずだった。
片山が悪いわけではないのだ。直樹はそう考えて少しだけ溜息をついた。
「いえ、大丈夫です。謝る必要はないですよ。片山さんには助けてもらいました。ありがとうございました」
大丈夫なわけではなかったが、助けてもらった直樹としてはそう言う以外になかった。そんな直樹の心情が伝わったのか片山は更に苦笑を浮かべた。
「助けるとはいえ、こんな形で逆に迷惑をかけたかもしれません。ですが、久しぶりに元気そうな直樹さんの顔を見られてよかったですよ。困ったことがあればいつでも連絡下さい。もっとも、こういったトラブルにしか役には立たないかもしれませんがね」
昔と同じで片山の表情や口調を見る限り、その言葉のどこにも嘘はないように思えた。
「いや、改めて礼を言います。助けてもらってありがとうございました。俺も片山さんの顔を久しぶりに見られてよかった」
お引き止めして申し訳ありませんでした。店内で片山は最後に直樹に向かってそう言ったのだった。
西麻布……六本木通りから道を一つだけ外れて直樹は渋谷方面に向けて歩いていた。直樹のマンションは渋谷の先にある三軒茶屋だった。
終電にはまだ十分に間に合う時間だった。特に酔っているわけでもなかったが、歩きたくなったのだった。
今夜はちょっとしたことが立て続けに起こった。少し歩きながら頭を整理したかったのかもしれない。そんなことを考えながら、直樹は歩みを進めていた。
もっとも流石にマンションがある三軒茶屋まで歩く気にはなれない。渋谷近辺でタクシーを拾うか電車に乗るか。直樹はそう考えていた。
転職したばかりだったが、やはりこのまま会社にはいられないだろう。何かと調子のいい鴨田のことだ。もしかすると今夜の出来事を面白おかしく社内で吹聴して回るかもしれない。
そうなってしまえば尚更のこと会社にはいられなくなる。例え鴨田が今夜の出来事を黙っていてくれたとしても、彼に弱みを握られているようで気分が悪い。どちらにしても会社を辞めるのがベストであるように思えた。
そこまで考えて直樹は軽く溜息をついた。ヤクザの息子。それも愛人の息子だ。ヤクザである父親と今も昔も何の関係もないとはいえ、その事実はふとした時に顔を出してくるようだった。
直樹が小学校高学年だった時、どこから湧いたのかは知らないがその噂が流れたことがあった。お陰で地元の中学を卒業するまで友人らしい友人はできないままで、先生も含めてまるで腫れ物でも扱うかのように扱われた。
父親が暴力団の組長。その事実で受けた恩恵などあるはずもなくて、あるのは被害ばかり……とも言い切れない。
今回のようなトラブルには、その事実がやはり力を発揮する。今回は偶然でしかなかったが、今までに直樹が故意に父親の名を出したことは何回かあった。
それらが思い出されて直樹は暗澹とした気分になる。自分の出自を好んではいないはずなのに、都合がいい時だけその出自を口にするのだ。
調子がいいと言ってしまえば、それだけの話だ。
そんな暗澹たる気分で、直樹が自分に向けて舌打ちをした瞬間だった。裏道の細い十字路から怒声と複数人の走る音が聞こえてきた。
時間は深夜の零時に近い。思わず身構えた直樹の前に姿を見せたのは予想外の若い女だった。
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