樹菜の箱船
岩田へいきち
樹菜の箱船
「寛かぁ、まあ、いい。乗って。料理係」
「樹菜ありがとう」
ずっと友だちではあるし、歳とってるけどまあ、いいか。どうせこの先長生きはしないだろうし。しばらくの間だけね。美味しいご飯頼むね。あたしも料理教えてもらおう。
ここは、樹菜の箱船の中。乗組員は、樹菜が決めた。そう、人類は、地球温暖化の抑制に失敗したのである。もう毎日が夏日だ。まだ6月なのに40度を超える日がざらにある。南極や北極の氷は溶けだし、ロシアの永久凍土もすっかり溶けてしまった。樹菜や寛の住む九州の片田舎にも、ついに海水が押し寄せていた。ここ10年ほど前から街には、四角くて、窓がない、長くて高い建物が数多く建ち始めていた。全て政府の建物ということである。窓は最上階とその下ぐらいまでしかなく。しかも小さかった。入り口は、屋上にしかなく、そこへ行くには外の長い階段を登らなければならなかった。屋上には太陽光パネルが設置されていて、建物内の光熱費、今は、暖房は要らないから冷房代だけなのだが、いわゆる光熱費ゼロの住宅という事である。周り全部が海水に覆われた時のことも考えて、海水を真水にする装置も備えてるとのことであった。
水がやってきた時のための政府が造った避難所だろうともっぱらの噂であったが、あんな窓もない息苦しそうな場所には、いよいよ危なくなるまで行かないとみんな、高を括っていたのだ。
ところが2年前の事だ。政府から重大発表が行われた。
海面上昇が当初の全世界の学者たちの予想を上回り、間も無く樹菜や寛がいる街にもやって来るというものだった。それぐらいのことは、ある程度寛たちも予想はしてた。しかし、政府の発表は、そんな生易しいものではなかった。
丈の高い建物に人類を移動させるだけかと思っていたらそうではなかったのだ。その四角い直方体の建物は、基礎はしてなく。浮き上がる構造とのこと。この先、海の上を漂うことになっても自給自足が可能ということだった。しかし、問題は、次の言葉だった。
『全員を乗せることは出来ない。箱船は、13〜15歳までの少年少女に与られる。乗組員は、抽選で当たった箱船の持ち主が決めることが出来る』
というものだった。人数制限はないが食糧は限られる。乗せ過ぎると自らの命さえも危険にさらすことになるだろう。箱船の中には野菜工場もあるし、栽培した豆類から肉らしき物もできるようになってはいるが、需要供給のバランスを崩してしまったらそれも船の住人の死を意味する。大人たちに箱船を与えれば当然、それを計算し、ギリギリまで人を増やすだろう。しかし、政府は、それを望まなかった。
計算高い大人の考えでは、到底この人類の危機を突破出来ない。むしろ、計算しない、感性の豊かな人材に期待したのである。彼等、彼女らの生きる力に期待したと言うべきか。
そして、運良く箱船を与えられた樹菜は、この箱船の船長になった。行き先がない。ゆらゆらと漂うだけの樹菜王国の王女となったのである。
樹菜は、何も考えず、先ずパパとママ。パパのパパとママ。ママのパパとママ、ジージとバーバを乗せることにした。そして、それから仲の良い男女やその家族を迷う事なく乗せていた。そしていよいよ、水がこの街に押し寄せるという時に、最後の乗組員、寛を救ったのだ。
間も無く水が街を覆い始めていた。事前に標高の高い地へと移動した人々もいたがそこには人が溢れ、武力で勝った奴らかが制していた。今から行っても奴隷となることを誓わされるか殺されるとの噂が流れていて、街にとどまっていた人々もいよいよ家に住めなくなって、箱船の外階段に集中し、行列が出来た。しかし1番上の人が樹菜と交渉している時、階段は、切れて落ちてしまった。他の箱船でも同じようなことが同時に起きたらしい。樹菜はその光景を見て涙を流したが、まるで津波のように水が押し寄せ、何もすることは出来なかった。箱船も同時に流され始めたのである。
一方、狭い土地を支配した人たちは、更に自らの領土を拡大しようと戦争を始めてしまい。核戦争まで時間はかからなかった。
今は、あれから30年、樹菜の箱船は、ゆっくりと穏やかな海の上を漂っていた。
寛や樹菜のジージ、バーバたちはみんな死んでしまった。しかし、樹菜や他の女友だちには子どもが出来た。
こんな風に平和を維持出来た船がいったい何艘残ったのか? もう人類を繋ぐ人は、箱船の上しかいないのだ。しかし希望は有る。樹菜やその友だちはまだ45歳だ。
終わり
樹菜の箱船 岩田へいきち @iwatahei
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