おいなり公園
「コロシアム?」
「あぁ、国が探索者の興行として海外から誘致したものだ」
土岐先生と街作りに関しての意見交換をしている最中にそんな話題が上がった。
コロシアム法案と呼ばれるそれは欧州で見世物として凄まじい人気を誇る円型闘技場で、ダンジョンで捕獲したモンスターを探索者に戦わせ、配信だけでは味わえない臨場感とビールを片手に観戦できるスポーツの様な側面が強いらしい。
だいぶ前に東横が数年後にコロシアムが大阪と関東のどこかに誘致されると話していたけど···いつの間にか本工事が始まっていたらしい。
「ただ肝心の見世物になりそうなモンスターがなかなか捕獲できていないらしい。上の人達は相当頭を悩ませているんだが」
「私達にやれと?」
「できるのか?」
「いや、オークとかは捕まえられるけど、求められているのはバジリスクとかの中級上位クラスのモンスターでしょ? うちは殲滅は得意でも捕獲は不得意···ああ、なるほど、そういう魔法を開発して欲しいと?」
土岐先生はニコリと笑う。
当たりのようだ。
「避妊の魔法は圧力かけて潰した癖に···」
「それを作られると避妊具の産業が死ぬからね。だが捕獲を目的とした道具を作る会社は少ない。コロシアムの需要を考えればあって損はないだろ?」
「それはそうですね···」
気絶させるだけならば『ノッキング』を鍛えれば良い。
問題は求められているのが『ノッキング』が効きづらい大型かつ高レベルモンスターが捕獲対象ということ。
万能防御魔法もそうだが、一定水準までは効果があるが、それ以上だとレベルに依存してしまう為に、うちでも安全に捕獲可能な領域に到達しているのは椎名洋介のみである。
となると麻酔系の魔法が重要になっていきそうだ。
それに日本ではモンスターの捕獲技術が海外より遅れている。
それを底上げし、よりモンスターの生態調査や生成サイクルの解明に繋げたいという事を求めている層もいる。
「正直私は反対の立場だ」
「意外ですね。先生は経済効果を見込んで賛成すると思いましたが」
「というよりも付属するカジノを含めたギャンブル一色に染まるのが問題だ。地域産業がそれに染まる。海外観光客が減った現代に求められているのはギャンブルではなく地域経済に寄り添ったダンジョンを活かす産業だ。もっとも賛成派はコロシアムがもたらす利益が地域だけでなく地方経済に影響があると言っているがな」
「私としては管理が怖いです。一時的とはいえ大型モンスターを街の中に移動させるのでしょ? それが何らかの拍子で解き放たれた場合の被害の方が恐ろしい」
「まぁ私から後藤君が魔法の開発ができれば上々、できなくてもコロシアム法案に対する私や父の影響は少ないからな。問題は無い」
「あ、そういえば」
「なんだ?」
「北稲荷が急速に開発されているのを県議会の方はどう見ているんですか? それを聞きたかったんですが」
「県議会か」
県議会の話を聞くと北稲荷開発には賛否があるらしい。
これが混血問題が無ければほぼ問題なかったが、私が混血の保護を目的とした開発に踏み切り、そこに他県に本社がある明聖社が莫大な資金投下ときたら何かあるのではないかと疑問が出てくるのも仕方がない。
土岐先生は新しいダンジョンに秋津鉄が大量産出することを知っていたので、それが原因だろうと触れ回っているらしいが、頭の固い者はどうしても混血というのがネックらしい。
ただこれを表に出すと差別だとして反論を喰らうので、急激な人口流入による治安悪化が問題と言っているらしい。
「北稲荷の人が住んでいない地域を買い込んで、そこに街を作っているからねぇ···県の財源としてはありがたいんじゃないの?」
「北稲荷地域を持つ美濃市の市議会はホクホクしていたがな」
立地的にも岐阜市や百合ヶ丘市まで車で一時間圏内ながら、山を越えた先の窪地という立地と元々農業調整区域に指定されていたことから、発展しづらかった。
いわば市の財政にとって不良債権となっていた土地であるため、そこが開発され、税収が取れるとなると、市からはガイアクランに土岐先生を通じて全面バックアップをしてくれる話になっていた。
そのため市からも北稲荷に町役場を三年以内に設置してくれることを約束してくれていた。
ただ市議会への影響力は現状皆無であり、将来混血の住民が市議員に複数人送り込めるくらいには影響力を確保したいと思っている。
問題は混血の全員が高卒であるという点である。
大学で政治学だったりを習っている人が皆無な為、それまでは混血に対して差別をしない人を推薦する形になるだろう。
「全く、そういうのも見越して政治に強い娘達を派遣したのに、実家との繋としか見てなかったとは」
「浅い考えを反省しております」
「とりあえずその娘達も、その実家も今の北稲荷の利権に食い込めただけ満足でしょう」
建築の三葉家、不動産の四星家は無論、ダンジョン管理の伊藤家もちゃんと利権に食い込んでいた。
というのもやはりダンジョン経営に関しては伊藤家のノウハウが大きく、換金所やアイテム屋の利権を半分譲り、明聖社が最重要とした秋津鉄の出るダンジョン以外の残り二箇所の実質的管理を任せていた。
そのダンジョン経営ノウハウを椎名一家が勉強をし、椎名一家の【ケーナーティオ】ダンジョンを経営するときに役立てたいと常々言っていた。
お陰で私はクラン運営及び再建の方に注力することができ、明聖社が無茶苦茶な数の人材を押し付けて、一時は二軍メンバーも三軍育成に立ち会うこととなったが、来年···いや、再来年には二軍戦闘人員が五百名を抱える大クランへと成長できそうである。
最も、大多数の新規加入の混血メンバーは魔法理論六基を習得できてなかったので、それを教えるのに時間がかかった形だ。
事務員も増えたが、私が昔掲げた混血七対純血三の割合は完全に崩壊し、混血百対純血一の割合になってしまっている。
これが後々問題の火種になりそうで少し怖かった····
五歳になり、年長になった長門が新しいダンジョンを作りたいと私に言ってきた。
曰く、今まで作った三箇所が政治的理由で作った本人が入れないのが気に食わないらしい。
「いやーね、探索者の登録をしてないから本来はダンジョンに入れないんだよ」
「じゃぁ私も探索者になる!」
「僕も!」
実のところ探索者にも年齢制限と探索者証明証発行のテストがある。
日本国内では十五歳以上の義務教育を終了している者かつ、倫理や安全、中学校で学ぶ基礎的な学力テストがあり、それに合格すると証明証を発行してもらえる。
なので大和と長門はこの基準に満たしていないので駄目ということになる。
「「えー!」」
「と、いつか言われると思ったので抜け道を紹介しよう」
「抜け道?」
抜け道としてダンジョンの危険度が著しく低い場合、特定の関係者は指定のダンジョンに証明証を持たずに入っても許されるという規約がある。
昔メアリーヒルズ以外のマンション候補にあったあれだ。
「つまり危険度が著しく低いダンジョンを作れば、私達も入れるんだね」
「そういう事。ただ小遣い稼ぎ程度にはなるように調整したいよね」
「うん、そんなモンスターとかいるの?」
「居るんだな〜これが」
そう、私が大和や長門が産まれるきっかけとなったダンジョンに居た子ワタだ。
「子ワタは綿あめみたいなモンスターで、丸い綿の塊のモンスターがふよふよ浮いているんだよね。長門と大和なら浮く事ができるし、手を突っ込んで魔石を引っこ抜ければ誰だって倒せる。ダンジョンのフィールドを草原タイプにしていれば子ワタで何か事故が起こることは無いと思うよ」
と、私はモンスターの図鑑で子ワタのページを開いて説明する。
「魔法の的にはなるんじゃない? 魔法の練習にも使えるし」
私の説明を聞いた長門はウンウンと唸っている。
モンスターはそれで良いが、ダンジョンをただの草原だけにはしたくないらしい。
「湖でも作れば?」
と言うと目をキラキラさせていたので決まったらしい。
で、ダンジョンを新たに創る時に探索者協会から必ず立会人を出すと言う約束をしているので、派出所に行き、所長の東横に用途を説明した。
「なるほどね~、子供達にも開放できる安全性の高いダンジョンね」
「どう?」
「いいんじゃない。指定はガイアクラン関係者と北稲荷に住んでいる住民に限りにしようか。どうせ大規模開発でそのうち子供達が遊べる公園とかも少なくなるだろうし」
「となると遊べることを重点にしたダンジョンにしたいから、遊具の貸し出し場所や駄菓子屋を建てるのも一興かもね」
「児童館みたいなのを建てれば? 市議会でもそれくらいなら通るでしょ」
「確かに」
長門の能力がレベルによる制限がある以上、成長するまでは下級ダンジョンだが地域か下級探索者に有用、もしくは一点に特化したダンジョンを作ったほうが長門のコスト制限に引っかからない。
ダンジョンの内部は簡潔に、周囲の施設でダンジョンを魅力的にする方針を東横と決めて、その日のうちにダンジョンの場所を決めた。
場所は本拠地のマンションの目と鼻の先で、歩いて一分もかからない。
「東横だ!」
「久しぶり!」
「二人共久しぶり! 幼稚園は楽しい?」
「「うん!」」
相変わらず二人は東横に懐いており、東横が引っ越した際には数日機嫌が悪かったこともあった。
「じゃぁ長門先生お願いします!」
「うん!」
そう言うと長門はコンクリートの地面にチョークで円を描いて、そこに文字を入れていく。
ダンジョンを創っては消してを繰り返していた時に、このやり方の方がダンジョンをイメージしやすいんだとか。
ちなみに今地面がコンクリートだからチョークで描いているが、土なら木の棒で描いても問題ない。
描き終わったら、長門が中心に手を当てると金色の液体が溢れ出してチョークの文字の色が変わり、全ての色が変わったら思いっきり引き上げる。
すると横幅四メートル、高さ二メートルくらいのダンジョンの入口が出現した。
中に入ると、子ワタがフヨフヨ浮かんでおり、奥の方に湖がある。
湖の中には鯉みたいなモンスターが泳いでおり、倒してみた感じ特に害は無さそうである。
これならば泳いだりしても問題ないかもしれない。
子供達は子ワタとじゃれ合い始め、東横が子供達を見ている間にダンジョンを飛びながら一周してみる。
広さ的には野球場四つ分の広さであり、うち野球場一つ分が湖になっている。
湖の深さは一メートルもなく、水温も屋外プールくらいの温度である。
湖の中央には小島があり、そこにボスの大ワタが浮かんでいたが、私が来ても逃げようとしていたのでもしかしたら長門の能力で非殺傷みたいに設定しているのかもしれない。
一応大ワタを倒して魔石を抜いてみたが、魔石の色が普通の大ワタに比べて濁っているようにも見えた。
「東横、どう?」
「今の所問題はなさそうですね。これなら探索者協会としても限定開放ダンジョンに指定できます」
「なるほどね~」
私は長門に近づいて、ダンジョンの一部を変更できないかせっかくなので試そうと言った。
長門も乗り気で試しにテニスコートみたいなのを作れないか言ったら。
地面を少し固くして、ロープを貼れる棒を二本、あとライン代わりの色違いの芝を生やせないかと言ったら、普通にできた。
同じ感じでフットサルコートも作ってもらったが、長門曰くダンジョンの根幹···モンスターの追加とか、生成される鉱物や植物の変更は【今は】できないと思えたらしい。
代わりに地形を少しイジるくらいは簡単にできるとのこと。
ジャングルジムや滑り台、鉄棒、うんていを木造で作れたので本当なのだろう。
「今度鈴音ちゃんや(佐藤)初春ちゃん、(萩原)白露ちゃんも連れてきて良い?」
「そうだね、ピクニックでも今度開こうか」
そう言うと、子供達は大はしゃぎしてまた子ワタと戯れるのだった。
ちなみにこのダンジョンは【おいなり公園】という名前が付けられるのだった。
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