令嬢達の憂鬱 小型マンション購入

 私の名前は伊藤清華···伊藤ダンジョン管理会社の社長の娘···いわゆる社長令嬢と言う奴である。


 岐阜県の女子校を卒業し、人生で恐らく最後の自由の時間である東京の大学生活を満喫していたのだが、実家から急な呼び出しが入り、東京から急遽実家の方に帰った。


 新幹線に乗って愛知まで行き、そこから電車で岐阜県に入り、実家まで電車とバスを乗り継いで帰ると、父親がこう言っていた。


「清華、大学を辞めろ」


「はい?」


 遂に狂ったかと思ったが、後継ぎの兄さんが私に事情を説明してくれた。


 事の始まりは後藤伊吹という女性が行方不明から帰還し、行方不明期間中に魔法に対する革新的な考えを身に着けたらしく、探索者協会が重要人物に指定して護衛させていたらしいのだが、その人物とその周辺が急成長し、全員が上級上位でクランを立ち上げることになったらしい。


 この全員の人数が十七人にも及ぶらしい。


 まぁ実働人数は少し減るらしいが、構成員の半数が混血、残りも探索者協会の紐付きの人物が殆どで、純粋に組織を回せる人物が少ないらしい。


 で、ここまで短期間で成長すると思っていなかった父は利権に食い込むために慌てて私をクランにねじ込むことにしたらしい。


 いつの時代のやり方だ! と怒りたいが、うちの家は良くも悪くも祖父と父の代で成り上がった為に家族でも父親に意見できる人は居ない。


 更に詳しく話を聞くと政治家の土岐先生が手伝ってくれたらしく、後藤さんの方も受け入れたいと言質を貰っているらしく、私にどうこうすることはもうできない状態になっていた。


「行ってくれるな」


「···はい、ただ大学で学ぶ予定だった事が中途半端ですので戦力になるかは疑問ですが」


「お前の高校で同級生だった三葉建設と四星不動産の娘達も同じように大学を中退してねじ込んだらしい。出し抜けとは言わんが、自社の為に行ってこい」


「···わかりました。ただ一つ条件を」


「なんだ?」


「兄さんが跡を継ぐのが確定しているので、私も婚活を始めさせてもらいます! 家になるべく利益になる結婚をしますが、敵対していなければある程度は許容してください」


「清華なら悪い男には引っかからんだろ。良いだろう。許可する」


「ありがとうございます」


 ありがとうございますじゃないが! 


 せっかくの自由な時間が消え去ったんだけど! 


 頑張って東京の良いところに進学したのに!? 


 私はそそくさと残っていた自室に向かい、部屋に入ってから速攻で学友だった三葉と四星に連絡をする。


「もしもし、三葉、四星」


『うわぁぁぁん! いどうぢゃん!』


「三葉号泣じゃん」


『だっでぇ、せっかくのキャンパスライフがぁ···私好きな先輩いだのにぃ』


「御愁傷様」


『三葉は置いておいて、伊藤はどう思う? 私は頭に来て親父を馬乗りにしてボコボコにしたけど』


「私の家は父親が絶対だから無理。歯向かったら路頭に迷うかもしれないし」


『あー、伊藤の家は厳しいもんね···たく、いつの時代だよと思うけど、多分先方はこの状況知らないと思うんだよね』


「でしょうね。土岐先生は知っていたかもしれないけど、仲介役だし、権力も勢いもある人だから何も言えないよね」


『ビェエエエン』


「三葉煩い。少しミュートになって」


『伊藤はどうする? 直ぐに動く?』


「先方もなるべく早くの方がいいでしょ。な~に親父には必ず意趣返ししてやるから」


『私もやるわ』


『わ、私も!』


 久しぶりに電話したが、学生の時とあまり変わってないみたいで安心した。


 とりあえず近状を報告しあい、一度後藤伊吹という人物と面会する必要があるということに落ち着いた。


 ただ加入は家の都合とはいえ決定だ。


 ここから大学中退の事を話したりして反故にしたら家だけでなく会社や仲介した土岐先生にもダメージが入る。


 それはよろしく無いので三人で裏事情は喋らないでおくことを口裏を合わせる。


「よし、じゃまた今度」


『また』


『またね』


 電話を切ると同じ頃、部屋にノックがした。


 部屋に入ってきたのは兄さんとお母さんだ。


 二人は家の為に私を差し出すような条件に内心憤っていたらしい。


「逃げてもいいんだぞ」


「逃げたら兄さん達だけじゃなくて会社の社員の人達にも迷惑がかかる。怒ってはいるけど、これも令嬢としての勤め。役割はしっかり果たすつもりだわ」


「辛くなったら何時でも言いなさい。その時は私もあなたに味方するから」


「ありがとうお母さん。兄さんも気にしてくれてありがたいけど、兄さんは会社を背負うってのを理解しないと。感情よりも利益だよ」


「そういう所は清華の方がしっかりしているから、俺よりもお前の方が会社を継いだ方が良いって親父に言ったんだけどな···古い価値観なんだよ親父は」


「新しい価値を浸透させること社員からの人気は兄さんの方があるんだからしっかりして!」


「···すまんな」


「いいの。大丈夫だから」


 こうして私は···私達は会社や一族の都合で売られるのだった。








「あ~住む所マジでどうしよう!」


 混血を受け入れてくれるマンションやアパートが意外と少ない。


 ここまで苦戦するのは予想外だったが、銀行からの融資のお陰で金はある。


 初期投資ということで今後関わり合いが深くなる四星不動産を私は訪ねた。


 私が訪ねた事を受付に話すと受付の方はどこかに電話をし、少し待ってもらえないかと言われたので待つこと十五分···なんか顔にガーゼを貼ったおじさんが挨拶してきた。


「四星不動産の社長の四星です」


「ガイアクランのリーダーの後藤です」


 互いに名刺を交換して話し合いを始める。


「既存マンションを一棟買いたいのですが、幾らくらいしますか」


「ほう、なるほど···失礼ですが規模はどれくらいを想定していますか?」


「五十名の人員がゆとりを持って生活できる空間をお願いしたい」


「五十人ですか···少々お待ちを」


 そう言うと彼はファイルを幾つか持ってきた。


「中規模マンションであればご希望に答えられる物件は幾つか御座いますが、あくまで今回の物件はメインとなるクランの新築マンションの繋ぎと推測しますが」


「はい、そうなります」


「でしたら小型マンションを複数借りるのをオススメしますが」


「混血の方でも大丈夫でしょうか」


「あー、でしたら一旦買っておき、必要でなくなれば賃貸に切り替えれば再び必要になった際に使えるのではないでしょうか。いきなり五十人もクランの人数を増やす形ですか?」


「いえ、今回は四星さんの娘さんも入れて十四人ほど追加しようかと」


「なるほど···それとクランの事務所となる場所は決められましたか?」


「いえ、それもまだ決まっていなくて」


「今メアリーヒルズに住まわれているのですよね?」


 そう言って今度は地図を出し、物件を示していく。


「このビルとかどうでしょう。前の会社が事業整理でこのオフィスを手放したので四階フロアが丸々空いているんですよね。ここの徒歩十分圏内には紹介できる小型マンションが幾つかありますし、メアリーヒルズと探索者協会それぞれにアクセスしやすい場所になります」


 内装の写真も見せてもらったがなかなか良さそうである。


「オフィスもあくまで繋ぎだと思われますのでどうでしょう」


「一度伺うことは可能ですか?」


「勿論です」


「あとマンションの方は明日にでも見ることはできますか? なるべく早急に決めなければならなくて」


「都合がよろしければ今から向かいますか? 私が車を出しますが」


「お願いしても良いですか?」


「勿論」


 そう言って四星さんとマンション巡りをし、駐車場があり、築年数が比較的新しく、管理を業者に委託できる三階建ての総戸数十五戸のマンションを選ぶのだった。


 部屋の広さは全て一LDKで駐車スペースが戸数分あり、近くにスーパーとドラッグストアがあり、バス停も徒歩五分の場所にあるので利便性が高いと判断。


 物価高、利便性◎、都市部ということもあり小型マンションでも八億近くの値がしたが、購入にサインをした。


 代金は頭金に五千万支払って、残りは融資のお金が近日中に届くのでそこから支払うとした。


 三ヶ月は支払いを待ってくれるらしいのと娘をよろしくお願いしますと言われた。


 そのままオフィス予定地を見に行くと、上の階と下の階もクランが借りているため、探索者向けのオフィスらしい。


 まぁここでやることは事務員予定の娘さん達と奥さん方、回るまでは東横とクラン運営のアドバイスをくれる会社の派遣さんとクランに関する金勘定や調停をやって貰う形となる。


「さ、ここから忙しくなるぞ!」


 オフィスの契約もしてクランの環境を整理していくのだった。


 順調に行けば十一月から稼働すると四星さんに言い、その前に娘さんと面会をしたいとも伝えたのだった。

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