世間と世界とウリエルの化身

【天使のイブキとは】


 まとめサイトの記事をクリックすると天使のイブキについての記載かズラリと並ぶ。


 日本で最も賛否が分かれている配信者···それが天使のイブキだろう。


 探索者としてのレベルは下級上位であるが、能力的には中級中位にも匹敵する。


 レベルよりも他の能力でカバーしているレベルが絶対視される探索者の中だと珍しいタイプである。


 賛否が分かれるポイントは幾つかあるが、まず一つ目が、ファンとアンチがコメント欄等で常に戦い続けていることだろう。


 ファンの多くは新規探索者が多く、年齢層も若い。


 一方アンチは中年が多い事がイブキ自身により判明している。


 ファンはイブキを女性として見ているが、アンチはイブキを男として見ている。


 イブキ自身も心の性別は女になりつつあるというように、心身の性別が女よりになっているが、アンチは男が子供を産んだと見ているので気持ち悪いとコメントを書き込む。


 それを自称正義マンが正論パンチで殴り飛ばし、コメント欄が炎上するというのを繰り返している。


 また視聴者層が更に分けると三層になっており、探索者としてイブキを見ている層、魔法理論等の魔法の専門家として見ている層、イブキの息子や娘の天使の子供とその子育ての様子を見ている層に分かれている。


 アンチもファンもイブキのテーマは成長と挙げられる。


 戦闘能力の成長、トライアンドエラーによる探索者としての成長、母親としての成長、配信者としての成長、イブキを支える周囲の成長が目に見えてわかる。


 弟子である山田と椎名という探索者はイブキの教育を受けてあっという間に上級探索者にランクアップし、イブキの育成手腕の大きな実績となっている。


 更にイブキは行方不明期間に師と巡り合い、彼女の魔法理論を習得し、世間に広めるメッセンジャーとしての役割もある。


 彼女が教えた魔法理論の六つの基礎の習得は難しく、習得率が百人に一人とされていて、習得に失敗して死者も出ていると言う話もある。


 アンチはイブキを人殺しと批判し、ファンからは伝道師として崇められている。


 一種の宗教の様になり始めていた。


 初めの頃は批判的だった魔法の専門家達も日本で五本の指に入る佐久間教授やその繋がりで有名な教授達が手順を間違えること無く、時間をかけ、緊急時のバックアップがあれば六つの基礎は習得できること、それに伴う魔法理論の正当性を担保したことで最初のイブキを嘘つき呼ばわりする風潮は一変した。


 否定的だった専門家達は自身の発言や記述により多くの人から非難され、更にイブキの師である辻聖子という天才を認めなかった過去を持つ者は日本の魔法技術やダンジョンの知識を後退させた戦犯呼ばわりされている。


 イブキは理論を広めるが、子育てや自身のレベルアップに忙しく理論を論文にしたりはしない。


 しかし、探索者協会が各大学や専門機関に依頼し、研究が進められている。


 こうした動きは日本のみに留まらずに他の国にも波及していくことになる。








 ···中国、ダンジョンにより最も恩恵を受けた国とされ、アジア最大の大国は探索者の人口も世界一であり、質も高い。


「書記長、どうやら日本でも魔法の理論の研究に進捗があったとのこと」


「···我が国でも魔法の理論化はできているではないか。今更そのレベルの話か?」


「いえ、その人物が人工ダンジョンが可能であると言及したようで」


「中国の統治者で一番大切な事は何だと思う?」


 書記長は徐に部下に質問をする。


 部下達は色々な答えを出すが、書記長は首を横に振るのみ。


 部下達が黙ってしまうのを見て書記長は自身の見解を述べた。


「徳だ。そしてその徳の根幹は餓えさせない事にある」


「餓えさせない為には食糧を効率的に集められるダンジョンが求められる。生活がいくら豊かになろうと食を疎かにすれば体が持たない」


「···もっとも日本の誰だか知らんが人工ダンジョンの研究は我が国とアメリカが大金を注ぎ込んで研究をしている。その基礎研究の差を今から覆せるとは思わんがな」


 書記長はそう話題を切り捨てた。









 一方日本の同盟国であるアメリカにもこの話が伝わるが、反応したのは政治家ではなく財界であった。


 昔、鉄道や鋼鉄、石油等の資源や商品の後ろに王とつく財界でもトップクラスの金持ち達が居たが、今でもダンジョンの利益による新たな新興企業や大金持ちが誕生し、今日に至る。


 そんな財界では天使病や悪魔病の研究が盛んに進められ、人工的に天使を創る薬の開発も水面下で進められていた。


 中国が食を原動力にしているのに対してアメリカの財界は金である。


 どちらも欲望に従って研究を続けている。


 彼らは天使病による固有能力があることも把握しており、それ故に天使病の女性を愛人にすることが一種のステータスとなっていた。


 天使病に対しての研究が盛んに進められている中、極東で天使病の患者に天使病が遺伝した赤ん坊が誕生したことと、男の子が産まれた事に財界は大きな衝撃を受けていた。


「日本の情報によるとダンジョンのアイテムに子供を孕むアイテムが存在し、妊娠すると天使病の子供が産まれるとのこと」


「自身の血が流れないのは嫌だが、天使病の男が産まれるということが重要だ。天使病同士の交配が可能となるだろう」


「サラブレッドみたいですね」


「確かにそうだな。容姿で血統が証明されているようなものか」


 優秀な探索者をいかに抱え込むか···それが会社のステータスとなる。


 世界一金が動く国アメリカ···その影響力はダンジョンが出現し、半世紀が経った現在も健在であった。









「うーん、天使ではなく神が誕生したか」


 アフリカ大陸近くのマダガスカル島から更に東にある小さな島国であるモーリシャス共和国···そこの大統領は天使病に感染した者から選ばれる。


 それはモーリシャス共和国が世界有数のダンジョン国家であることに繋がる。


 東京都よりも小さい国土に二千以上のダンジョンがあり、ダンジョンと共存しなければ国が成り立たないが故に、否が応でもダンジョンの出現に適応した国家である。


 別名が天国···モーリシャスの美しい国土を真似て天国が作られたとされるほど景観が素晴らしく、ダンジョン出現により更に神秘性が高くなった国である。


 そんな国の大統領は前大統領が高齢の為引き継いだグラスノー大統領はその容姿と強さからウリエルの化身と呼ばれたりもしている。


 そんな彼の固有能力は占いであり、極東に神が降臨したことを最初に感じとった者でもあった。


「私がこの体になって十五年···天使がいるのならいつか神が降臨すると思ったが、ずいぶんと遅かったな」


 グラスノーの占いでは十年前には神が極東に降臨する筈であったが、それが大幅にズレていた。


「さて、産まれたからにはどの様な運命を辿るのか。神の子の様に迫害されながらも新たな価値を生み出すのか、それとも一つの時代が始まるのか···」


「ふむ、面白い。極東···いや日本は祝福され、多くの英雄を産むだろうか···なるほど」


 グラスノー大統領は静かに呟くのだった。

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