吸う 練る

 出産から二ヶ月以上が経過し、松田と萩原の二名にもみっちり教育して、六つの基礎のうち後半の巡らせる、纏わせる、交わるの三つを習得した。


 私が教えている五名が揃ったので、いよいよ難関である『吸う』を教えていく。


 部屋に全員が集まるとギチギチであるが仕方がない。


「吸うは呼吸法と食事法を混ぜた物で、初めは呼吸から教えていくよ」


 四-七-八呼吸法(四秒息を吸い、七秒息を止め、八秒で息を吐く)をまず教え、それを繰り返させる。


 その呼吸をしながら肺に魔力を貯めていき、それを纏わせるの応用で肺から魔力が漏れ出ないように意識する。


 肺に魔力が溜まると、肺が圧迫されて低酸素状態になるが、それでも魔力を溜めさせる。


 松田と萩原は限界の見極めに失敗し、意識を失ったが、山田、椎名、東横の三人は溜まった魔力を血に乗せることで魔力を体内で循環させたり、肺を活性化させることで耐えていた。


「はい、止め」


「ぜはぁぜはぁ···」


「きっつ」


「吸うのがこんなに辛いなんて」


「一番辛いのが吸うだからね···今肺でやったのを胃袋でやるの」


「じゃあ最初から胃袋でやらせてくださいよ」


「いや、肺だと意識を失うだけだけど、胃袋だと失敗したら死ぬからね」


「死ぬ! マジっすか」


「大真面目に···魔力を交わらせるではなく魔力を胃袋で練るイメージだね。練った魔力を常に胃袋に入れておくことで飢えを凌ぎ、絶食状態で辛い呼吸を繰り返すことで体に栄養を取り込みたいという感覚を覚えさせる。そうすれば自ずと『吸う』と『練る』はできるようになるよ」


 私がそう言うと三人も再び呼吸を始めた。


「正座じゃなくて最も楽な体勢で呼吸して。最悪眠るような体勢でも良いから···呼吸を続けて、胃袋で魔力を練り続ける。練った魔力は血液に乗って巡らせて、纏って、別の場所で交わらせる」


「イブキがなんで交わらせる時に胃袋と肺をオススメしたのかわかった。この『吸う』の時に二つの臓器で感覚を掴んでいれば難易度が下がるからでしょ」


「そうだね。東横の言うようにわかっていれば難易度は下がるよね」


「難易度『は』?」


「この『吸う』が一番辛いのは本当にできたかの見極めなんだよ。中途半端だとまた一からやり直しだし、やり過ぎれば餓死する。私の場合絶水もやらされたけど、時間はかかるけど絶食でもできるから···皆泊まり込みでやるよ」


「「「はい」」」


 全員がそれぞれを監視することで食事をしないで呼吸を続ける。


 松田と萩原は練度が足りなかったこともあり、三日目でリタイアしたが、四日目に東横が、五日目に椎名と山田が無事に習得に成功した。


 時間がかかると思っていたが、私よりも早く習得できたのはレベルが高いことにより魔力の扱いや許容量がそもそも違うからというのもありそうだ。


「松田と萩原はレベリングをしながら時期を見てまた挑戦しようか」


「「うっす」」


「三人は沢山食べな! 前の数倍は食べれるようになったから」


 三人の為に私がどんどん料理を作ると作ったそばから消えていく。


 途中から松田と萩原にも料理を手伝ってもらったが、それでも用意していた食材が消えるまで数分とかからなかった···というか一人あたり米を一升(十合)をたいらげ、豚肉の野菜炒め、ニラ玉、もつ煮、ナス焼き、天ぷら等私が今できる料理を全てたいらげてしまった。


「すっげぇ」


「食べた瞬間から料理が消えてく」


 松田と萩原は驚愕といった感じに捉え、食べている本人達も途中から食べている量に驚愕した。


「食べても食べてもお腹が満腹にならないし、胃袋に溜まっている感覚も無い!」


 東横の問に私が答える。


「これ覚えると食事を全て栄養素にするから普段の数倍食べれるようになるけど、人間キャパが決まってるからいきなり限界が来るのと、胃袋に魔力を溜めておかないと常に空腹に感じてしまうんだよね。しかも一度覚えたら意識して戻さないと常時『吸う』状態になるから胃袋が魔力の受け皿と水を溜めておく部位以外の消化器官や食べた食事の受け皿の意味は消えるからどんどん小さくなっていくんだよね」


「だから魔力を練るのも交わるのも三人は今後胃袋ですると良いよ」


「···あの」


「どうした椎名?」


「食べた栄養が全て体に吸収されるって太らない?」


「肉質は良くなるね。ただデブになるかといったら違うかな。どちらかというと筋肉になるし、つくとしても女性は胸や尻、男性は腕や足に肉がつくね。まぁ体重は気にしない方が良いよ。私身長百七十ないけど今体重幾つに見える?」


「胸大きいですから六十五キロくらい?」


「いや、六十くらいじゃないか?」


「え? 七十あるんですか?」


「約百キロあるよ」


「は?」


「え!?」


「うそ!!」


「妊娠していた時は百十五キロ近くあったけど、これでもだいぶ痩せたんだよね。だから体重を気にしない方が良いよ。代わりに見た目は引き締まって見えるし、美味しいもの沢山食べても健康に全く害が無いから体重があっても生活習慣病にならないからね」


「体重計捨てよ」


 椎名はボソっと呟いた。


 東横もウンウンと頷いている。


 松田と萩原は


「次こそ絶対に習得してみせます!」


 と気合が乗り、山田は


「筋肉がつくのは良いな」


 と言っている。


 こうして三人が『吸う』と『練る』を習得し、『放つ』は魔法が使えれば必ず使える技術なので三人は割愛し、六つの基礎を習得したことになる。


「おめでとう! これで基礎は終わりだね。次はこれ」


 と私は三人に『サンレイ』の魔導書を渡した。


「基礎がわかっていればこの魔導書を読み解いて習得することができると思うからやってみて」


 と伝えた。


 東横は間近で、山田と椎名は配信や動画で『サンレイ』の威力を見ていたので覚えられると知ったら俄然やる気が湧いてきていた。


「これがイブキさんが言っていた人工の魔導書···」


「確かに日本語で書かれている」


 山田と椎名は現物を見るのは初めてだった為日本語で書かれていてなおかつ頭にすうっと読んでいくと体に馴染んでいく感覚がすると興奮していた。


 東横は


「探索者高等学校卒業時に魔導書を(成績優秀者の特権で)読みましたが、それとは違う感覚だね。あれば頭に文字が叩き込まれるような感覚だったけど、これは体に馴染んでいく感覚といいますか···そんな感じ」


 ただそれだけでは『サンレイ』は習得できない。


 実際に試し撃ちをしたり、模写して内容を理解しないといけない。


 更に形ができても使用本人の資質に合わせて調整する必要もある。


「俺はこの試行錯誤している感じがするし、体に合った魔法が使えるほうが有り難いからこのやり方の方が良いな」


「でも宝箱とかの魔導書は読めば一発で覚えられるじゃん。時間は圧倒的に宝箱産だね」


 山田と椎名は天然と人工の魔導書の良し悪しを比べていった。


 私は赤ちゃんをあやしながら、撮った『吸う』と『練る』の動画を編集し、東横に支部から許可をもらうように言った。


 返答は有料動画にしようということで、素人が真似して死んだ時の責任が取れないならメンバー限定公開の動画にすることで、意欲がある人しか視れなければ事故も減るし、そこまで注意して死んで揉めても対処できるようにしておくと支部が言ってくれた。


 結果私は月額制のメンバーシップが誕生し、この動画を投稿した。


 反響は修行内容の辛さと未確定さから多くの人が断念したが、極一部、手順をしっかり守り、工夫した者は成功したと報告が上がった。


 私は知らないが、とある大学の研究室の教授と助教授も習得に成功したのだった。

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