アンチ箱推し

 


 久しぶりに会った彼女に、アイドル時代の面影はなかった。

 現役の時は真っ黒なストレートロングに重めの前髪を作り、いい意味での野暮ったさ・あどけなさが演出なされていたのは記憶に新しい。しかし今、髪は上品なピンク色に染められており、伸びた前髪もセンター分けになっていてずいぶんと垢ぬけた印象を受けた。


「いい色でしょ。春っぽくて」


 彼女はカフェの椅子に座ると、毛先をいじりながら微笑んだ。笑ったときのえくぼの位置は変わっておらず、そこに安心感を覚える。


「本日はお時間をいただきありがとうございます」


「はーい」相変わらず間延びしたしゃべり方だ。


「さっそくで失礼なのですが、どうしてインタビューを受けてくださったんでしょう」


「んー。なんとなく? まぁグループ卒業してから二年経つし、ここらでしゃべっとくのもいいかなって。自分のなかでも気持ちにいろいろ整理ついたし」


「そうでしたか……。いろいろ考えたことがあったんですね。ぜひその辺りもお伺いできればと思います。ですがおそらく後編の内容になるかと思いますので、まずは今回のインタビューでは前編として、野澤さんが人気アイドルグループ『ノンシャラン』に加入前後のことをお伺いしたいと思います」


「よろしくですー」


「まず、野澤さんはどうして『ノンシャラン』に入ったのでしょう。確かオーディションに合格されたんですよね。もともとアイドルに憧れがあったのですか?」


「んー、そういうんじゃなくて。もちろんかわいいアイドルを見るのは好きだったけど、なんていうか……実力試し的な?」


「と言いますと」


「正直、私って昔からかわいかったんですよね。でもある時、私のかわいさってどのくらいのレベルなんだろうって気になっちゃって。当時のアイドルさん見てても、素人の私よりかわいくない人とかたくさんいて、だったら私でもいけるんじゃないかなって思ったのがきっかけです。顔面アイドルレベルだってわかったらなんかいろいろ箔?がつくし」


「オーディションで自分のかわいさをプロの目で判断してもらおうという?」


「ですです。で、たぶん合格するだろうなと思ってたら合格したんでやっぱりなって感じでした。でもほんとそこからが地獄で」


「地獄……」


「なんか知らなかったんですけど、『ノンシャラン』って合格したら辞退できない仕組みになってたんですよ。違約金取られるとかで。ほんとやっちゃったなって思いました。アイドルやる気なかったのにメンバーになっちゃって。歌はまだよかったんですけどダンスの振り入れがほんと大変でした。なのにデビューしたてだからって全然お金もらえないし、もう早く辞めたいって一時期ずっと考えてましたね。結局ずるずる流されちゃって六年もいたけど」


 注文したアイスカフェラテが二人ぶん来た。彼女は「いただきます」と手を合わせてから飲み始める。


「初めて聞く話ばかりで驚いています」


「あー、ですよね。あんまりこういう話するなってマネさんから怒られてましたもん。普通に印象悪いからって。こうやって素直に昔の話をできるのは卒業のいいところ。私、思ったことそのまま言っちゃうタイプだから今の方が気楽」

「会社に口止めとかされなかったんですか?」


「現役メンバーとか会社の不利益になるようなことは言っちゃだめって言われましたね。でも今日するのって私の話だし、たぶん大丈夫だと思う」


「万が一危なそうだったら仰ってください。その部分削りますから」


「助かるー」


 その時、机の上に置かれた彼女のスマホが振動した。


「あ、ごめん。ちょっと中断させて」


 彼女は急いでスマホをチェックする。それから「なーんだ」とつぶやいた。


「旦那からのメッセージかと思ったら単なるニュースの通知だった」


「だんっ……結婚されてるんですか」


「そうそう、公表してないけどね。卒業してすぐに。あ、これはさすがに書かないでね。旦那は一般人だから向こうに迷惑かけたくないし」


「もちろんです」


「……っていうかさあ、今通知がきたニュースなんだったと思う?」


「なんでしょう」


「見出しがね、『変わる推し活 イチ推しから箱推しへ』だってさ」


「ああ、ニュースサービスの特集記事でしょうか。確かに最近のアイドル界隈のファンは、誰か特定の個人を応援するより、グループ全体を応援するという風潮にある……という話は聞いたことがありますね。関係性に『てぇてぇ』なんて言っていたりすると耳にしますし。取材もデータも取っていないので単なる肌感覚でしかないですが」


「でも合ってると思うよ。単推ししてると、その子が卒業したときにだいぶメンタルきちゃうみたいだし。私のファンの子も『リスク分散だ』って言って、私以外のメンバー推してるって言ってたな。それをわざわざ私に伝えるなって感じだけど」


「それはなんというか……」


「あとさ、運営が箱推しをプッシュしてるのもあるんじゃないかな。運営としてはさ、人気メンバーの卒業がそのままファンの卒業になっちゃったら困るわけじゃん。それに箱推しのファンが多ければ、不人気メンバーのグッズも最低限売れるしね。『○○ちゃんだけ完売してないのかわいそう! 箱推しの俺が責任をもって買ってあげなきゃ』ってね」


 彼女は先ほどまで見ていたスマホを机に置くと、からりと笑った。


「箱箱箱。なんかお菓子のアソートパックみたいだよね。ほんと私たち人間扱いされてなかったわ」


 なんと返していいかわからず口ごもってしまう私を横目に、彼女は「まぁそんなもんだよね」とまたアイスカフェラテを一口飲んだ。


「私たちはしょせん商品なんだもん」




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アンチ箱推し @sakura_ise

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