全人類へのガチャ1回無料

まらはる

箱の中身


 開ける勇気はない。


 もしも僕らと違う歴史をたどった地球人類が、僕らのことを知ったならば忘れずに自分の心に問い続けてくれ。


 そんなもしもが叶うかは知らないけれど。


 僕の家には箱がある。


 一度も開けられていない箱だ。


 玄関に置いてある。


 学校へ行くときと帰るとき、必ず目に入る。


 サッカーボールが入るくらいの大きさの立方体。


 画用紙で作ったみたいな質感だけど、触って持ち上げると薄い鉄の板で張り合わせて作ったような硬さと重さを感じる。


 片手でも持ち上げれるけれども、ちょっとめんどくさい。両手なら難しくない。


 上の一面が蓋になってて、鍵はかかってないように見えるけど、簡素な留め金のようなものがついていて、なぜだか簡単には開かない。


 うっかり開くことは無い仕組みなのだが、しかし僕だけは望めばこれを簡単に開けられる。


 一度も明けたことは無いのだけれど。


 中に何が入っているかわからない。


 僕だけでなく、誰にもわからない。


 開ける瞬間まで、わからない。



 ――――一ヶ月くらい前のことだ。


 神様か宇宙人か、よく分らないものがこの地球に現れた。


 白いローブをまとって、後光を背負った同じ見た目の巨大な老人が、地球のあちこちの上空に同時に現れた。


 それはあらゆる国の言語でこう伝えた。


「君たちに一回だけ選択する権利を与えよう。


 今からこの地球で生まれて、今生きている人間に1人1つずつ、"箱"を与える。


 "箱"の中には、この世界のものではない超常の力を持った物体が1つ、それぞれランダムで入っている。開けるまで中身はわからない。


 気体や液体である可能性もあるが、しかし概念的なものは入っていない。


 "箱"の中に入っているものは開けた人にとって、"本当に欲しいもの"か絶対にいらないもの"である。


 "箱"は与えられた本人にしか開けられず、"箱"の中身は開けた人にしか扱えない。


 "箱"は通常の方法で破壊することはできず、"箱"を与えられた人間が死んだときだけ、消える。そしてそれは中身も同じ扱いである。


 以上だ。あとは好きにしたまえ」


 それだけ伝えて、ホログラムのようにその老人は消えた。


 それから一ヶ月。


 この地球は大パニックになった。


 具体的には、戦争や死傷者の数がどっと増えて、都市によっては大災害を受けたみたいになって、逆に楽園みたいな場所もいくつかできた。

 

 "箱"の中身は本当に様々だった。


 100均のおもちゃの光線銃みたいな見た目で、山1つ吹き飛ばす光線が出る兵器。


 あらゆる病気を治す薬。


 押すたびにお金が出てくるスイッチ。


 押すたびにお酢が出てくるスイッチ。


 押すたびに雄が出てくるスイッチ。


 ……いやホントのことらしく冗談のつもりはないけど、人づてに聞いた時そういう風に聞いたから覚えてしまった。


 猫型ロボットのポケットにある秘密道具の数十倍は出鱈目なものが"箱"には入っていて、開けて、それをみんな使ってしまった。


 みんな、と言っても世界のほんの1~2割程度の人間だろう。


 でも数億人、ひょっとすると10億人以上の人間が、制限のない秘密道具を持ってしまった。


 ……僕の"箱"は学校の行くときと帰るときに玄関でいつも見る、と言ったけど学校なんてもう授業をやってないんだ。


 "箱"が現れて1週間くらいで、僕らの憧れの美人な担任の先生が、学校で"箱"を開けた。


 先生の"箱"には木の種が入ってて、疲れた顔した先生は、それを即座に飲んで大きな木になってしまった。


 学校と、その周りの家をいくつか飲み込むくらいの大きな木だった。


 具体的にどんな効果のある道具で、それが先生の"欲しいもの"か"いらないもの"かはわからなかったけど、僕ら生徒を避ける形で木の根や蔦が生えていったのは、良心とかいうやつだったのだろう。


 そんなわけで授業は中止。他の先生たちも、木に飲まれたりつられて"箱"を開けたりで、散り散りになって、学校も終わってしまった。


 だからこそ、僕は毎日学校に行く。


 木になった先生は本当にあこがれだったから。


 でも木になったことは、ちょっとだけ残念だったから。


 なるべく僕は"箱"を開けないようにするために、先生を毎日見に行く。


 僕に"箱"を開ける勇気はないけれど、別の感情で開けてしまうかもしれないから。


 どうか、そんな気持ちの整理で困らないように。


 もしも僕らと違う歴史をたどった地球人類が、僕らのことを知ったならば忘れずに自分の心に問い続けてくれ。


 ひどい運試しの"箱"が目の前に現れたら、開けるのか、開けないのか。


 いやもっとその手前の、そんな"箱"を受け入れられるかどうか。


 それを心に決めていれば、ちょっとだけ君たちは違う話になるかもしれないから。

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