あの城とあの箱。

数多 玲

本編

「さて、どうしたもんか」


 小さな黒い箱を睨みつけるようにして、誰にともなくつぶやきながら考える。

 ……これは絶対にあの玉手箱だよなぁ……。



 ――俺はさっき、とある城から帰ってきた。

 自分としては3日ぶりだが、地上では実に3年が経過していたという。

 海で溺れていた女性を助けようとして姿を消し、そのまま見つからなかったということで処理されたらしい。

 ニュースでその報道が行われたあと、SNSでは俺のことをライフセーバーの鑑だの、不幸な結果にはなったがライフセーバーなら当然覚悟の上の行動のはずだっただろうなどと騒ぎ立て、B級の内容として消費されたらしい。

 勝手なことを言いやがってという意味では腹立たしいが、まあ世間、特にSNSはおそらくそんな程度の反応だろうということで納得することにした。


 本当のところはというと、俺は溺れていた女性を助け、実はその女性が海の底にある豪華絢爛な城の関係者、しかも従者の中で3本の指に入るほど高位の人物だったということで、城の主にとんでもない歓待を受けていたという話である。

 ……が、実は助けに入ったものの、陸まで連れて上がった記憶はない。「助けに入っていただいてありがとうございました」という挨拶とともに気づけば城の中だったからだ。

 さらに言えば、城が海の底だったという話も聞いたものなので実のところ分からない。帰ってきたときも意識がないまま気づけば浜辺に倒れていたからだ。


 そして、体感では3日しか経っていないのに、目覚めると3年が経過していた。

 倒れている俺を発見した幼なじみが泣くわ喜ぶわ暴れるわで大変だったと聞いたときは、それはぜひ見たかったと思った。


 城で行われた歓待は筆舌に尽くしがたかった。

 海の底であり、そこで暮らす人は……もとい、人間に見える者たちは海の生き物の化身であるということで、俺が助けた……と思っている女性は鯛の化身だったそうだ。

 だからかどうかは分からないが、城で振る舞われる料理には魚介類は含まれず、プランクトンの加工物や海藻の料理、果物など、魚介類以外のものばかりであった。

 そして夜は酒を飲み、寝室では従者の女性が代わる代わる相手をしてくれた。

 天国のような生活だったが、あんな場所にずっといたらおかしくなってしまうに違いない。


 おそらく浦島太郎が亀に連れられて来たのはここだったんだろうが、100年程度経過していたということは、計算上はここに100日程度いたことになる。

 ある意味すごい精神力である。……体力か。

 昔話では戻ったあとにその分の老化を味わったとのことだが、おそらく気力も体力も尽きてその場で息を引き取ったのではないかと思う。


 ……そこでふと思った。

 この昔話を記録に残したのは誰だ。

 浦島太郎の行動を一部始終知っているのは……!

 と、そこまで考えて、推測止まりで答えが出ないことにも気づき、俺は考えるのをやめた。

 俺のこの3日間、もしくは3年は泡沫の夢だったのだと思うことにした。

 待たせてしまった幼なじみの気が変わっていないのであれば、俺はこの幼なじみと人生をともに歩みたいと思う。

 めっちゃ城でアレしちゃったけれども。


 ……で、この箱だ。

 浦島太郎が100年年老いたといわれるあの煙が入っているのか、経過した時間分だけ年老いる煙で、俺は年相応の3年年を取るのか、はたまたそれ以外か。

 煙を浴びないようにうまく開ければそれでいいのかということもある。

 開けない選択肢はないように思えた。


「……ん? 何だこれ」


 そこでふと、箱に紙が付いていることに気づいた。

 ……付箋?

 こんな俗世じみたものが何でこの箱についているのか。

 何かメモ書きがしてある。



 そこには「パンドラ」と書かれてあった。



 ……舌切り雀のほうだったか。

 俺はそっと箱を封印した。


(おわり)

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あの城とあの箱。 数多 玲 @amataro

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