彼女に捨てられた俺を、美少女だが生意気でウザ絡みしてくる後輩が慰めてくれる話。
カイマントカゲ
第1話 嘘
午後7時55分。
先程まで慌しかった厨房も少し落ち着いてきた頃、俺は後の人へ引き継ぐ用の仕込みをしながら8時になるのを待っていた。
「あと5分……」
「くーろださん! なーにそんなソワソワしてるんですか?」
「うわっ!
当然横から声をかけられて驚く。振り向くとそこには後輩である
セミロングの明るい茶髪のオシャレで可愛い美少女……なのだが何かと俺に絡んでくるちょっと生意気な後輩でもある。
「ひどいですよ〜私に気づかないなんて……ショックで早退しそうです」
東出はわざとらしく芝居がかったような口調で話す。
「何馬鹿なこと言ってんだ。ほら、洗い物いっぱいあるぞ」
ピークの時間が過ぎてお客さんが一気に帰った為、洗い場には大量の皿やコップが散乱していた。
「え〜、
「暇じゃねーよ、仕込みやってんだろ!? てか、俺今日8時であがるから」
「え、マジですか!? なんですか!?」
東出は身を乗り出し、信じられないといった表情をする。
「……用事だよ」
「黒田さんが用事……嘘ですね」
「嘘じゃねーよ!」
「じゃあなんの用事か言ってください。嘘じゃないなら言えますよね?」
そう言って東出は俺の目をじっと見つめてくる。長いまつ毛に少し吊り目だが、大きくて綺麗な瞳。こいつ口は生意気だが顔は結構可愛いんだよな。
「どうしたんですか急に黙って。もしかして私に見惚れてたんじゃ……!?」
「ち、違うわ! 馬鹿かお前は!?」
一瞬心の中を読まれたのかと思ってドキっとしてしまう。
「もーう酷いですよ! いつも馬鹿馬鹿って!」「しょうがないだろ、お前が馬鹿な発言ばかりするんだから」
「むう……」
東出は膨れっ面で不機嫌そうな顔をする。そんな顔もちょっと可愛いなんて思っていると、すぐに表情を戻した。
「って、そんなことよりですよ! 帰る理由なんなんですか?」
「……デートだよ。彼女とご飯行く約束してんだよ」
そう。今日は彼女のシオリと食事に行く約束をしたのだ。と言っても食事に誘われたのは昨日の事。だがあいにくバイトが入っていた。最近あまり彼女と会えていなかったのでどうしても行きたかった俺は、店長に頼んでせめてもとピークの過ぎる8時までにしてもらったのだ。
「デート……そういえば黒田さん彼女いたんでしたね。彼女いる感無さ過ぎて忘れてました」
「いや、彼女いる感ってなんだよ!?」
「えー、なんだろ? 黒田さんって顔は悪くないんですけど、なんていうかなー? ちょっと待ってくださいね」
東出は顎に手をやり、うーんと唸りながらあーでもない、こーでもないと独り言を呟く。
「あ、そうだ! 優しくない所!」
「優しくない……だと!?」
「はい。この前の賄い、唐揚げ多めにしてって頼んだのにしてくれなかったじゃないですか!」
「馬鹿! ウチは毎日決められたメニューの賄いしかダメってルールだろ。在庫の数合わないと怒られるんだよ」
こいつは賄い食う時いつも注文つけてくるんだよな。ハンバーグとか唐揚げの時は増やせって言ってくるし、逆に嫌いなものが入ってると除けろって言ってくる。こっちも答えられる範囲でやってやってるんだからむしろ優しいくらいだ。
「あとはー、こんなに可愛い後輩がいるのに彼女優先して先帰る所とか!」
「あ、8時だ。お先失礼しまーす」
「え? あ、ちょっと黒田さん!」
こいつと無駄話をしていると丁度いい時間になっていた。何かを叫んでいる
「ちょっとー! 何ホントに帰ろうとしてるんですか!?」
「いや、だからデートだって言っただろ。じゃ、洗い物頑張れよ」
「もーう! 黒田さんの馬鹿ー!」
まだ何か文句を言っているが無視し、俺は店を出てる。そしてメッセージアプリを開くがシオリからの連絡は来ていなかった。
(まだ仕事中なのかな? まぁ店と時間は決めてたし大丈夫か)
それから数分歩き、俺は予約を入れていたシオリの希望した焼肉屋の前に来ていた。約束の時間まではあと10分。俺は店の前にある椅子に座ってシオリを待つことにする。
しかし3分前になってもシオリからの連絡は来ない。それに俺が送ったメッセージも既読にならなかった。
(仕方ない。先に入って中で待っておくか)
店に入り店員に予約していた黒田と伝え、席に案内される。連れが来るのでと店員に伝えて注文はシオリが来るのを待っておく事にした。
♢
約束の時間から10分ほど過ぎた頃だった。
ぼうっとメニューを眺めていると、テーブルに置いていたスマホがピコンッと新着メッセージを知らせる音が鳴った。
シオリからだった。俺は慌ててメッセージを見る。
『ごめんなさい。仕事が忙しくて長くなりそうなので今日は行けません。本当にごめんなさい。』
今日は行けません……か。
俺はメッセージを見てふぅーと長い溜息をついた。
仕事が忙しい。そう言われると何も言えない。シオリは社会人なので仕方がない事。それはわかっているのだがやはりショックなものはショックで、それならもっと早くに言ってほしいとも思った。
俺は『了解。仕事お疲れ様。またいい日あれば』と返信し、携帯をテーブルに軽く放り投げた。
「はぁぁぁ……」
またしても大きな溜息が溢れる。
ここ一ヶ月まともにシオリとは会えていない。俺はシオリに会えると楽しみにしていたというのに、シオリの淡々とした文章からはそういった思いは感じられなかった。
(シオリはもう俺のこと好きじゃないのだろうか?)
一瞬そんな考えが脳裏をよぎる。
まさかそんなはずは……と思いたい所だが、そうだと考えると最近のシオリの態度にも納得がいくのが事実だった。
「あの……ご注文お決まりでしょうか?」
そんな事を考えていると店員さんが申し訳なさそうに注文を取りに来た。そらそうだ。もう店に入って10分ほど何も頼んでいないのだから。
シオリは来ない。が、なんだかキャンセルというのは恥ずかしい。そもそも出来るのかも分からないが。
「あ、じゃあとりあえずビールと……」
だから俺はとりあえずビールを頼み、あとは適当に肉を注文した。
♢
それから俺は一人で飲んで食べた。
アルコールを摂ったせいか気分は高揚していたが、ふとシオリがいないことを思い出すと寂しくて泣きそうになる。
「はぁぁ……。さびし」
俺はもう何度目か分からないがメッセージアプリを見る。あれ以降シオリからの返信はない。
(やはりシオリはもう……)
そう思ってアプリを閉じようとした時だった。ピコンと音が鳴り、慌てて俺は目を向ける。
「シオリ!?……なんだ東出か」
メッセージの送り主はシオリではなく、あの生意気な後輩東出からだった。
『黒田さんがいないせいでお腹ペコペコなのに賄い無しで帰りまーす。可哀想だと思ったら明日何か奢ってくださーい笑』
(はぁー?なんだこのメッセージ? 賄いはいつまでも作り方覚えないお前が悪いのに俺のせいなんだよ!? 別に可哀想でもなんでもねーだろ!)
俺は『知るか馬鹿』とだけ送ろうとして、ある考えが思い浮かぶ。
(まてよ。あいつ腹減ってんだよな。だったらここに呼べばよくねーか? このまま一人で飲んで食ってても虚しいだけだし)
とりあえず俺は『今から焼肉おごってやろうか?』とメッセージを送ってみる。まぁ断られたらそれはそれで別にいいだろうと思っているとすぐに『行きまーす!どこの店ですか?』と返信が来た。
(返事早っ。まぁいいか。あいつイジってたらちょっとは気分も晴れるだろう)
そう思い俺はこの店の名前と住所を送る。すると東出から『りょーかいでーす!』の返事と共に変なナマズ?のようなマスコットのスタンプが送られてきた。
(あいつホント返事早いな。まぁその方が助かるけど)
シオリと比べて……と考えてしまいそうになり俺はその思考を頭から消す。
今はシオリのことを考えるのはよそう。
俺は残り少ないビールを一気に飲み干し、東出の到着を待つのだった。
彼女に捨てられた俺を、美少女だが生意気でウザ絡みしてくる後輩が慰めてくれる話。 カイマントカゲ @HNF002
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