ファンタジー 守護樹

数百年前のある森の中、一人の青年が道に迷っていた。


「森に薬草を採りに来たはいいが、出口はどこだ?」


青年はそのまま歩き続けると、木々が途切れて広くなった場所に出た。そこには、樹齢千年は経っているであろう大木があり、その前に真っ白い虎に似た生き物が寝そべっていた。白虎は青年の気配に気づき目を開けると、首だけを少し持ち上げる。


「ほぅ、迷い人か。この森には人除けの結界が張られているというのに、どうやってことに来た?」


「いや、薬草を探そうとして――って、虎がしゃべった!?」


「しゃべってはいない。お前が私の意志を勝手に汲み取り言語化しているだけだ。人間の中にも稀にそう言う者がいるとは聞いていたが、お前がそうか。まあ、話が通じなければ痛めつけて気絶させたあと、森の外へ放り出すつもりだったが」


「……俺は、言葉が通じて助かったのか」


「幸運ついでに、お前に私の加護をやろう」


白虎はすくっと立ち上がると青年の方へと歩いて行く。2メートル近い白虎が近づくのは恐怖があったが、話せるという事もあり青年は逃げ出す事はしなかった。そして、白虎は青年のおでこをペロリと舐める。味見ではなく、加護を与えたのだ。


「……終わったのか?」


「ああ。私の加護がある限りお前は普通の人間よりも身体能力が高くなる。そして、その加護はお前の子孫にも引き継がれる。その代わり……」


「な、なんだ? 俺の家は貧乏だし、代わりに差し出せるものは無いぞ?」


「誰もそんな事言っていないだろう。村へ帰ったら、皆にこう伝えて欲しい。この森には立ち入るなと。それを守るならば、私が危害を加えるような魔物から村を守ってやろう」


「ほ、本当か?」


「本当だ。そして、加護があれば森の結界に邪魔される事無く私の元へと来ることができる。だから、たまには遊びに来るがいい」


「分かった、助かったよ、ありがとう」


白虎は、再び寝そべると、尻尾を振って話は終わりだと告げる代わりとする。青年は、加護のおかげで迷うことなく森の外へと帰る事が出来た。


それから数百年が経ち、村の人口が順調に増え、村の拡張が続けられていた。そして、村長は近くにある森を切り開き、開拓しようと村人を集めた。


「いいのか、村長。言い伝えでは、あの森に手を出しちゃならねぇって」


「そんな大昔の事など知ったことか。それに、たとえその約束が本当だったとしてももう生きてはいないだろう。森に入れるものを集めろ」


人除けの結界は継続していたが、青年に与えられた加護を持っている青年の子孫には結界が効果を発揮しない。加護のおかげで当時の青年は力が強く女性にモテていたため、結果的に大勢の子孫が存在する事となっていた。しばらくは森に通う青年だったが、次第に年を取り、ひ孫の代になるとほぼ訪れるものは居なくなっていた。そして、加護の話も完全に失われていたのだった。


村長によって集められた村人は、森を切り開こうと斧で木を切り始めた。そして、村人の前に白虎が現れた。


「ガオーッ」


「うわぁ、猛獣だ!」


「俺に任せろ、これでも力には自信がある」


白虎の言葉が分かる能力は子孫には受け継がれておらず、誰も白虎の声を聴くことが出来なかった。そして、加護を得て力のある男たちが、その加護を与えている白虎に向かって武器を振るう。白虎は、自分の加護を持つ者たちは青年の血縁だと分かっているので、手を出す事は無かった。


「くっ、愚か者どもめ。誰がお前たちを守り、加護を与えてやっていると思っているのだ」


男たちに攻撃され、白虎の体にはいくつもの切り傷が付けられていた。白虎は傷をいやすために退散した。


「だが、このまま森の木を切らせるわけにはいかん。万が一、この守護樹が切り倒されでもしたら、森の向こうの魔物が人間界へと侵攻してしまう」


白虎はどうしたものかと思案する。そうしている間に、いつの間にか見た目が10代後半の少女が近づいてきていた。


「あの……」


「うぁっ、誰だ! いつの間に私の近くへ来た!」


「驚かせてすみません。私、村で白虎様を追い払ったという話を聞いて心配で……。ああ、綺麗な毛皮に傷がついているではありませんか」


「お前、私が怖くないのか?」


「怖くなんてありません。言い伝えでは、白虎様は村を守ってくださる守り神です。それなのに、私の祖父がひどいことを……」


「私の言葉が分かるのか? そうか、お前はあの青年の子孫なのだな。それも、あやつと同じ私の声を聴くことが出来る能力があるのか。それにしても、なぜ私との約束を破った」


「祖父はもう、言い伝えを信じていませんでした……。それに、皆さまは白虎様の言葉が分からなかったようですね。約束の件は大変申し訳ありません、村が大きくなりすぎて住む場所が必要になったのです」


「だとしても――」


「ここに居るぞ! おい、村長のお孫さんが襲われている! みんな、助けろ!」


剣を持った村人が、数人の村人を連れて白虎に止めをさそうと森に入ってきていた。そして、白虎と一緒に居る少女を助けようと、剣を構えて走り出した。


「ち、違います! 私は白虎様の怪我を手当てしようと――!」


「そいつはきっと魔物です! 俺達が退治するので安心してください!」


村人たちは、少女の話を全く聞かず、白虎に襲い掛かる。白虎は何とか攻撃を回避していたが、一人の村人が守護樹へと剣を向ける。


「そう言えば、そいつはこの樹を守っているんだったか? こんなの、ただの大木だろ」


「やめろ! それは結界を張って世界を守っているのだぞ!」


「そんなに吠えたって怖くないぞ。俺達は強いからな」


村人達には、白虎の声がただの遠吠えにしか聞こえていない。だが、白虎には村人の言っていることがわかる。


「おっ、動きが悪くなったな。ほら、動くなよ。動くとこの樹を切り倒すぞ」


「くっ、そこの女、お前がこいつらに説明をしろ!」


「皆さま、聞いてください! その樹に手を出してはなりません!」


「お孫さん、こんなのただの樹ですよ。切り倒して持ち帰れば、立派な大黒柱になりますって」


村人は、白虎への脅しから、樹をどう利用するかに思考が移っていた。そして、村人は剣で軽く守護樹を叩く。


「やめろと言っているだろ!」


白虎はその村人へと襲い掛かる。実際には、自分の加護を持つため傷つけることが出来ないのだが、脅して少しでもやめさせようと考えたのだ。しかし、それが逆効果となった。


「なんだ、やっぱりこの樹は大事じゃ無いんだな。ほらっ」


村人は、剣を振るって白虎を弾き飛ばす。そのまま、後ろを向いて樹に剣を叩きつけた。剣は樹の幹に1メートルほどめり込む。その瞬間、結界に小さな亀裂がいくつもはいった。結界に隙間ができた事により、森の外でいつか結界が壊れるのを待っていた魔物が雄たけびを上げる。そして、体の小さな魔物が結界の隙間を通り抜けた。


「な、何が起きた?!」


「この雄たけびはなんだ? い、一旦村長に報告だ!」


「お孫さん、すぐに逃げてください!」


村人たちは、一目散に村の方へと走り出した。少女は、弾き飛ばされた白虎の手当てをしようと傍に寄る。


「ああ……これで魔物が人間界へと入り込む事になる……。私が死ねば、加護の力も消える。加護が無い人間では、魔物に太刀打ちする事は出来ないだろう」


「そんな……。でも、自業自得ですね……。白虎様にこのような事をして、さらに守護樹にも傷をつけて……」


「お前は悪くない。それに、私にはわかる。お前が他の人間とは違って綺麗な心を持っていると。……私はもう助からないだろう。だが、このままお前まで死なせるのは可哀そうだ。私の最後の力を託したいと思う」


「白虎様! 生き延びて下さい!」


「……私の力のすべてを込めて毛皮を残す。それを身に纏えば、魔物とも戦える力を得られるだろう。そして、守護樹に傷をつけた剣を抜け。あの剣には守護樹の力が込められてしまったはずだ。その力を使い、お前が人間界を救うのだ」


「無理です、私は戦ったことなどありません……」


「安心しろ、私の毛皮を纏えば戦い方は自然と分かるはずだ。………………」


白虎はそれだけ言うと、何も言わなくなった。しばらくして、白虎の全身が輝き、光が収まった後には毛皮だけが残されていた。


「白虎様……」


少女は、その毛皮を大事に胸に抱く。その後、自然と羽織る。


「力が湧いてきます……」


少女は、白虎に言われた通りに守護樹の剣を抜いた。刀身は薄く緑色に輝き、蔓が装飾の様に巻き付いていた。


「グアァァッ!」


足の速い数匹の魔物が、少女へと襲い掛かる。少女は、剣を構えるとその魔物を切り裂いた。


「すごい……本当に、自然と体が動く……」


魔物を倒した後、剣が少し輝いた。少女には、その剣の言いたいことが分かった。


「そう……。魔物を倒していけば結界を張る力が戻るのね」


しかし、少女一人では魔物の大群を相手にすることは出来なかった。魔物の大群に押され、次第に人間界は魔物の住む場所へと変えられていった。


それからさらに数十年の時が流れる。少女の血を受け継いだ少年が、魔物との戦いへと身を投じることとなる。

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