第30話 6:57

「ベ! ベリアルっっ!」


 ベリアルが悪魔召喚で呼ばれるなんて微塵も考えていなかった私は、驚きを隠せませんでした。


 しかしもっと驚いたのは、目の前に現れた悪魔ベリアルは、どう見てもただのおっさん!

 中肉中背、特に特徴のない、強いて言うと中世の貴族の格好をしているのが特徴と言うだけの、少しだけ髪が薄くなった五十代くらいのおっさんなのです!


「ベ、ベリアル……おっさん……」

「あれが彼の正体です。今まで見ていたのは仮の姿、召喚魔法で本体がこの世界に来させられたのです」


 ルースヴェンさんがコッソリ耳打ちをしてくれました。


「ベ、ベリアルおっさんじゃんっっ!」


 後ろのイスに座っていたセブリーヌもビックリして声に出していました。

 するとおっさんベリアルがつかさずセブリーヌを睨み、それに驚いたセブリーヌは慌ててエドゥアルトの肩に顔を埋めたのでした。


「…………」


 おっさんベリアルはしばし部屋を見渡すと、テスラを今度はキッ! と、睨みました。


「テ、テスラ! 貴様よりにも寄ってこのタイミングで余を召喚するとはどういう魂胆!」


 おっさんベリアルは、テスラさんと面識があるようです。


「いえいえベリアル殿。今日はここにいるルースヴェン卿とエレンさんの結婚の儀をとり行うに当たって、あなたに来てもらう必要があったのです。我々は悪魔崇拝。つまりあなたに誓いを立てなければいけません。そうだよな? ルースヴェン卿」


「もちろんです。テスラ」


「ハア~~~~~~っっ? 余に誓いを立てる~~~~~~~~っっ?」


 これは全然考えていなかった展開でした。まさかこんなトコで、ベリアルに誓いを立てるなんてっっ! でもそもそもベリアルが日の出までに結婚しろ! って言った訳だし、こんな好都合な事はありません。


「ではさっそく結婚の儀を始めましょう。新郎新婦、こちらに」

「は、はいっっ」

「ま、ま、待て待て~~~~~~っっ!」


 ベリアルは必死に私たちの結婚式を止めようと叫びますが、テスラさんはテキパキと事を進めます。

 私とルースヴェンさんはテスラさんの言う事を聞くだけです。


「では早速。新郎フリードリヒ・ルースヴェン・ファントム・シュレック。汝はこのエレン・マトレイを妻とし、このベリアルに永遠の愛を誓いますか?」


「誓います」


「よろしい。では新婦エレン・マトレイ。汝はこのフリードリヒ・ルースヴェン・ファントム・シュレックを夫とし、このベリアルに永遠の愛を誓いますか?」


「ち、誓います」


「ではここに、二人の婚姻を認めます」


「こ、こらこらこらこら~~っっ! 余はまだ認めておらんわっっ! しかもテスラ! 結婚式の言葉、だいぶ省略してるだろっっ!」


 私とルースヴェンさんは、嫌がるおっさんベリアルに永遠の愛を誓ったのでした。


「しかしベリアル。認めないも何も、もうこの二人はもう結婚の儀を終え、夫婦となりました。これでもうあなたは二人に手を出せないのではないのですか?」


「ハア~~~~~~~~~~~~っっ?」


 テスラさんがポケットからスマホを取り出し、私たちみんなに画面を見せてくれました。そこには現在時間が刻まれています。


 その時間、六時五十七分!


「な、な、ウソだ! ウソだ!」


 おっさんベリアルは、その時間を見て頭を抱えました。


「嘘ではありませんベリアル。ここに刻まれている時刻は、いたって正確。今や世界中の人たちがこれを使って生活しているのです」


 テスラさんのキッパリとした返事に、ベリアルの顔は見る見る恐ろしい形相に変わっていきました。

 おっさんのままですけど。

 そこにルースヴェンさんが追い打ちをかけました。


「ベリアル、どうでしょう。夜明けまでに私たちは無事に婚姻関係を結び、はれて夫婦となりました。これで私たち二人の命を取る大義はなくなりました。あなたは私を殺そうとしていたようですが、それももう出来ません。素直に魔界にお帰りになられては?」


 おっさんベリアルは全身を怒りでブルブルと震えさせています。


「認めん! 認めんぞ! テスラ! ルースヴェン! 貴様らの策略を……余は認めんぞ~~~~~~!」


 怒りで震えていたおっさんベリアルは、どんどん体が赤くなり、全身から炎が吹き出しました。


「きゃあ!」


 私とセブリーヌは悲鳴をあげて、ルースヴェンさんとエドゥアルトの陰に隠れました。

 しかしルースヴェンさんは冷静そのものです。


「ベリアル。あなたはこの施設の事を分かっておられない。テスラはこのような事態を予測していなかったとは思えません」


「ハア~~~~~~~~っっ?」


 鬼の形相のおっさんベリアルが、テスラさんを睨みつけました。


「ん? 何もないが?」


 しかしテスラさんはあっけらかんとした態度。それを見たおっさんベリアルは炎に包まれながら大爆笑を始めました。


「フハハハハハハハハ! テスラには奥の手がないと申したぞ~! どうだあ~! ルースヴェン! 貴様もこれまで~~!」


 するとテスラさんが机に置いてあった魔術書らしき物をパタンと閉じました。


「ではお帰りください。ベリアル殿」


「え?」


 その一声と共に、おっさんベリアルは先程出てきた壁のペンタゴンマークへどんどんと、まるで掃除機がゴミを吸い込まれるように引き寄せられていき始めたのです。


「な! な、ちょ、ちょっと待てテスラ! 後ちょっとで余はルースヴェンを殺す事が出来……」


 その引き寄せられる力は半端なく、ベリアルはとても抵抗しきれそうにありません。


「こ、このまま一人戻る訳にはいかぬ~~っっ!」


 怒りでさらに炎が大きくなったベリアルは、私とルースヴェンさんに向かって悪魔の姿に変形しながら巨大化し、襲って来たのです!


 こ、殺されるっっ! そう思った時でした。


「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!」


 私の後ろに置いておいたキャリーの中の猫のミナが、これでもか! という威嚇の声を出したのです。


「ね、猫~~~~~~~~~~ッッ!」


 ベリアルも猫が苦手だったのか、一瞬ですがさっきまでの勢いがなくなり、ひるんだんです。


 そのひるんだベリアルを、ルースヴェンさんは見逃しませんでした。


「魔界に帰りなさい!」


 ルースヴェンさんは思いっきり左手でベリアルの顔面を殴り飛ばしたのです!


「!!!!!」


 ベリアルは完全にノックダウンしながら壁にかかっているペンタゴンマーク吸い込まれていくと、青白い光と共に部屋から消えてしまいました。


「……………………」


 さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになりました。その時、


 パシャーーーーーーーーーーッッ!


 いまさら天井のスプリンクラーが冷たい水を放出し始めました。


「うむ……このスプリンクラーは、反応が遅いな」


 テスラのこの一言で、部屋の中は安堵の雰囲気になったのでした。


 その時、時間は七時五分。


 もう日は昇り始めていました。

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