第20話 2:29

 ルースヴェンさんは「まだ持っていかないといけない物がある」と言って、医院長室から馬車に移って来ませんっっ!


 医院長室の中はどうやらグスタフとセブリーヌの二人だけのよう。私と御者さんがバタバタしている間に、自称神父さん達は退散したみたいです。


「何をこれから持っていくおつもりなの?」


 セブリーヌは劣勢になっても高飛車な態度は変わらずです。


「これはどうしても持って行かなくてはならないのです」


 ルースヴェンさんはそう言うと、一瞬のうちに私の夫グスタフの後ろに着いたのです。


「な!」

「え?」


「ベリアル。人を使うのはよしましょう」


 ルースヴェンさんはグスタフのくわえタバコの先を指で切り落とし、その場で踏みつけました。

 するとグスタフは正気を取り戻したのか、周りを見て「な? 何でここにいるんだ?」と大慌て。

 しかし今度はルースヴェンさんが「眠くなる眠くなる……」といきなり催眠術をかけ、グスタフはその場で膝から崩れるように意識を失い、倒れる前にルースヴェンさんが後ろから支えました。


 ここまでの言葉があまりに速すぎて、横にいたセブリーヌは呆気にとられてしまい、何もできず、ただただ見てしまっていました。


「ではいただいていきます」


「ハ!」


 セブリーヌはルースヴェンさんに声をかけられた事で我に返るように水鉄砲を噴射しました。しかしルースヴェンはグスタフにその水を浴びせて自分は無傷。

 そのままサッシだけの窓ガラスへルースヴェンさんはグスタフを抱えたまま一瞬にして移動しました。

 しかしここで問題が発生したのです。


 窓ガラスが思ったよりも狭く、サッシが邪魔で二人一緒には通れない!


 それどころかデブのグスタフ一人も何とか通れるくらいの幅しかなさそうです。

 これはルースヴェンさんも計算違いだったようで少し焦っているのが分かりました。


 セブリーヌはここに勝機を感じたようで、水鉄砲をルースヴェンさんに向けました。


「吸血鬼さん♪ クールなあなたもそんな凡ミスをやらかすんですね。さあ、これで退治されてくださいな」


 そしてセブリーヌが水を噴射しようと構えました!


「セブリーヌさん。あなた、ベリアルに操られている訳ではありませんね。どういうことです?」


 ルースヴェンさんが、確信をつく質問をしたのです! セブリーヌは意表をつかれてスットンキョーな顔をしました。でもすぐに笑みをこぼしました。


 何か大事な話をしそう! 私もその話、ちゃんと聞きたい!


 そういう訳で、御者さんに馬車を病院の窓に近づけてもらいました。

 その間にも会話が進んでいます。


「…………やっぱり分かります? 分かりますよね? 私だけ態度が変わりませんからね。そう、私はベリアルと契約を結んだんですよ。あなたを殺すっていう……」


 セブリーヌがとんでもない事を言い始めました。


「私ねえ、この病院が欲しかったのよ。でもグスタフにはエレンっていう奥さんがいるし、もし寝とってエレンを排除しても今度はグスタフから病院を奪うのも大変でしょ? だから今回あなたを殺す事ができたら、ベリアルにエレンとグスタフを殺してもらって、私が病院を引き継ぐ事ができる契約をしたの」


 え? 私も殺すって話してる? ウソでしょ? セブリーヌ? 

 私は彼女の話がとても信じられませんでした。


「……なるほど。なかなかな悪女ですね。私にピッタリな方だったのかもしれません。しかし気になる事があります。もし私がエレンさんと間違えないでセブリーヌさん、あなたを魔界に招待した場合、どうするおつもりだったのでしょう? 魔界には病院はありませんよ?」


「それもベリアルと話がついてたの。私があなたを殺した時は、あなたの領土を私がもらうっていうね」


「……ほう。それは面白いですね。しかしどうでしょう? ベリアルがそんな約束を守るでしょうか? もし魔界で私を殺した場合、あなたを始末するつもりだったのではないでしょうか? それに人間界で私を殺した場合も、火事か何かを起こして最初からあなたも殺す計画だったんじゃないでしょうか? 私はそう思いますが?」


「え?」


 セブリーヌの顔色が変わりました。ルースヴェンさんは話を続けます。


「どちらかにしろ、あなたは魔界の事も、吸血鬼の事も知ってしまった。この後はベリアルに狙われ、この世界の私以外の吸血鬼からも狙われるでしょう。しかし私はあなたを助ける気はありません。確かにあなたの美しさに惹かれてあなたに近づこうとしました。それは認めます。今もあなたは美しい。しかしあなたの内面は邪悪な、魔界のようにドス黒い邪悪な物でいっぱいだ。そんなあなたを助けようとは思いません。逆に間違えて魔界を知り、巻き添えになってしまった、ここにいるエレンさん、この方のどこまでも純粋な心を知った今、私は全力で彼女を守ります!」


 こんな事を間近で聞いてしまった私は、もう顔が真っ赤どころか有頂天になりまくりです。


 もう死んでもいい~~~~~~~~! こんな幸せな言葉を言ってもらえた私は、世界で一番の幸せ者だあ~~~~~~~~~~~~~~~~っっ! だからやっぱり死にたくない~~~~~~~~~~~~~!


 しかしセブリーヌは真逆の意味で顔が真っ赤になり、身体中が震えているのも分かります。

 明らかに怒りまくりの怒りですっっ。


「こ、こ、この吸血鬼いいいいいいいいいーー!」


 セブリーヌは水鉄砲を噴射しました! しかしルースヴェンさんは両手で支えていたグスタフをセブリーヌさんに向かって投げたのです!

 セブリーヌは逃げる事もできずにそのままグスタフと衝突して後ろにぶっ飛んでいきました。


「エレンさん。ここを壊します。離れてください!」


「は、はい!」


 私が乗った馬車が窓から離れると、ルースヴェンさんは渾身の力で窓のサッシをメリメリメリ~っ! と曲げて上下に引きちぎりました。すっごい力っっ!


「エレンさん! ご主人を馬車へ乗せます! 場所を開けてください!」


 私はルースヴェンさんの言う通りに馬車の奥へ行き、人が入れるスペースをすぐに確保しました。

 その間にルースヴェンさんは倒れているグスタフの所へ。そしてグスタフを軽々と持ち上げた時、


「くらえ!」


 なんとグスタフの下敷きになっていたセブリーヌが水鉄砲を噴射し、ルースヴェンさんの顔を直撃してしまったのです!


「ぐお!」


 ルースヴェンさんの顔からは煙が上がり始め、本当にこれはピンチ!


 私は大慌てでタオルを持って行こうとすると、ルースヴェンさんは煙を上げたまま、グスタフを担いで馬車へ向かってきました。

 その時セブリーヌが後ろから慌てながら走って来て、何とグスタフのズボンの裾を掴んだのです。

 しかしセブリーヌが走って来た勢いと、ルースヴェンさんがグスタフを抱えて飛んで来た勢いが両方とも凄かったがために、そのままセブリーヌはサッシから病院の外へ飛び出てしまったのです!


「な!」

「セブリーヌ!」

「!」


 グスタフは馬車の中へ入ったものの、背はズボンの裾を離してしまい、四階下の病院の庭へそのまま落ち始めました!


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 まるでスローモーションのように落ちるセブリーヌを私は見守る事しかできませんっっ。

 しかし顔から煙を上げているルースヴェンさんが目にも止まらぬ速さで地上ギリギリの所でセブリーヌをキャッチ!

 間一髪で助ける事ができました。


 病院の庭に無事に二人は降り立ったのですが、セブリーヌはあまりの事にその場で腰が抜けて放心状態のよう。

 煙が上がっているルースヴェンさんは、地上四階で浮かんでいる馬車へ戻ってきました。


「もう彼女は私達の邪魔はしないでしょう」

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