第7話 20:57
「じゃ、じゃあ、ルースヴェンさん医院長室へ行きますか」
私は意を決して言いました。
するとルースヴェンさんは口もとに当てていた左手を外しました。
「いえ、少し待ちましょう。今この病院には警察が来ています。エレンさんはここで待機……よければ馬車の中でお待ちください。私が霧になって様子を見てきましょう」
ルースヴェンさんはこう言った時でした。
「ちは~っス」
いきなり屋上に男性が一人、現れたのです。
私はとっさにルースヴェンさんの後ろに回りました。
「…………あなたも吸血鬼ですね?」
「ういっス。ハロウィンは魔界から来ては行けない魔物がよく出てきちゃうんでえ、こうしてパトロールしているんスよ~。だからこんなトコに不自然に馬車を止められちゃうと僕的にも困っちゃうんスよね~。テスラに報告しないと行けなくなっちゃうから~~。…………これ、退けてもらえていいスか?」
妙に軽いこの男性の吸血鬼、見た目もデリバリーの配達員のような格好をしているし、どこか少年のような顔つきですし、手にはスマホを持ってるし、それにはイヤホンも着いてて絶対音楽聴いてるし、たぶんホントにめっちゃ軽い人。
しかし怖いので私は声をかけませんっっ。と、思ったんですが……
「あなた、その吸血鬼の付き添いスか? 人っスよねえ?」
声をかけられてしまいました。私はうなずくのみ。
そこにルースヴェンさんが割って入ってきました。
「そうです。私の手違いで彼女と出会ってしまったのです。この事はどうかテスラには言わないでいただけませんか?」
「はあ~~~~。なるほど~~。そうっスか。僕は全然いいっスけどねえ。まあテスラ的にもハロウィンで出てきた魔物達がここで騒ぎを起こしてほしくないだけっスから~~。分かりました。とりあえず内緒にしとくっス。でも騒ぎを起こさないでくださいよ。そうしたらテスラも黙ってないっスからね~」
そう言うと、その男性の吸血鬼はスッと姿を消してしまいました。
私はポカーンとしてたんですが、
「あれはこちらの世界の吸血鬼です。あのように、悪い連中ではないのです」
と、ルースヴェンさんが説明をしてくれました。って言われても私には良い悪いは分かんないですけどっっ。
そして私たちは気を取り直し「では偵察してきます」と今度はルースヴェンさんが、あっという間に私の目の前から姿を消したのでした。
私はまた驚いて、どうしていいか分からず、ルースヴェンさんの指示通り、馬車の中に戻りました。
馬車は外見が真っ黒なので、パッと見何か分からないという事もあったのかもしれません。
それからしばらく時間が経ちました。時刻はすでに二十時五十七分。もうパーティーも終了です。
ルースヴェンさんが様子を見に行って五分くらいは経ったと思います。
遅いなあ~……
私はこの間に、夫グスタフにどう伝えたらいいのか悩んでいました。
この非現実なお話をそのまま伝えたとして、信じる訳がないし、そもそもきっと怒り心頭で私の話を聞くかどうか……
はあ~……っっ。
そんな事を考えていると、ついため息が。
するとそのタイミングでいきなりルースヴェンさんが馬車の中に現れました。
「キャアーー!」
「あ! 大変失礼致しました。病院の中を全て把握しておこうと思い、いろいろ調べていました。それで……」
「え? どうかなさいましたか? もうあの二人は戻って来てるんじゃないですか?」
「は、はい……」
あれ? ルースヴェンさんの様子が変だぞ?
「ルースヴェンさん、どうしたんです? 何か、様子がおかしい気がするんですけど……」
「いえ、何でもありません。まだ警官がそこら中にいますので、私がまた霧になって先導します」
「あ…………、はい……お願いします」
やっぱり何か変だぞお~?
私は違和感を拭えないまま、馬車から降りて屋上のドアから病院内へ入って行きました。どうやら警察の方はそこら中にいるようで、ルースヴェンさんは姿を消したまま「こっちです」「止まって」と、指示を出して誘導してくれます。
こうして警察官に見つからないまま、見事に医院長室の前まで来る事ができました。
ルースヴェンさんも姿を現し「では入りましょう」と、ドアを開けようとした時でした。
「エレン!」
廊下の奥から声が聞こえたのです。
振り返るとそこには紙コップ二つを両手に持っているセブリーヌの姿。
どうやらコーヒーを取りに行っていたようでした。
「セ、セブリーヌ!」
「あ、あ、セ、セブリーヌさん……」
私は少し動揺しましたが、もっと動揺したのはもちろんルースヴェンさん。
少し小刻みに震えているのも分かります。
セブリーヌは私達二人の前まで紙コップの中のコーヒーをこぼさないように急いで歩いてきました。
「エレン! な、何してたの? もう……でもよかったっっ。で……」
セブリーヌはルースヴェンさんを見てここで言いかけた言葉を一度止めると、あらためてルースヴェンさんをまじまじと見つめました。
「あ、あの~……。去年……お会いしませんでしたか?」
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