第5話 20:15

 どうやらルースヴェンさんは、セブリーヌも誘拐して無理矢理妻に迎えるつもりだったようでした。


「……数年前から彼女の事は見ていました。と言っても、このハロウィンの一日だけです。最初は病院から出てきた彼女の美しさに心惹かれ、つい見入ってしまいました。それから毎年、彼女の姿を見るのが私の楽しみとなりました。そしてある年、彼女が病院で医師をしている事を知ったのです。その時彼女はお礼をしている患者に笑顔で気さくに挨拶をされていました。きっと心も清らかな方だと思いました。だから、だから彼女なら私の願いを叶えてくれる! そう思ったのです」


「願い?」


「はい。私は吸血鬼。人はもちろん、魔界の住人もひとくち噛めば、その相手は死ぬか吸血鬼になります。なので本当は噛みたくなんてありません。しかし私は定期的に血を吸わなければ死んでしまう。このジレンマを彼女なら救ってくれると思ったのです!」


「え? ルースヴェンさん、き、吸血鬼なんですか?」


「はい」


 ルースヴェンさんはおもむろに仮面の下にある口を見せてくれました。

 その口の中から、取ってつけたような牙がキラリ。


 私は思わず馬車の端までのけぞってしまいました。


 私、吸血鬼と密室で二人でいたの? つーか吸血鬼って本当にいたの?


 私が驚いてのけぞったのを見たルースヴェンさんは笑みをこぼしました。


「エレンさん。ご安心ください。私はあなたを噛もうなんて思っていません。それに魔界では魔力が支配している為か、私の血の枯渇が一年に一回くらいしかないのです」


「え? じゃあ人間界では?」


「今は大丈夫ですが、後数時間というところでしょう。こちらの世界では、私の魔力の消費が激しいようなのです」


 す、数時間……


 とりあえず、今は大丈夫なんだ! と心に言い聞かせて、話をまた聞く事にしました。


「そ、それでセブリーヌが出来る事って?」


「あ、話の途中でしたね。先程も話したように、私が血を吸えば、相手は死ぬか吸血鬼になってしまう。なので、医師である彼女が私の噛んだ傷を治療すれば、吸血鬼にならずにすむのではないか? そう考えたのです」


 …………え~……っと~……。もっと根本のところな気がする~……


 私はあえてルースヴェンさんに意見しました。


「あ、あの~……、そもそも論として、ルースヴェンさんが噛まなければいいのでは~……」


「確かにそれはそうなんですが、私は血を飲まないと、生きていけなく……」


「いやだから、噛むんじゃなくて、血を分けてもらうのはダメなんですか?」


「血を分ける……」


 ルースヴェンさんは馬車の前方を向いて、しばらく呆然としていました。


「……エレンさん。私は馬鹿かもしれません。いや、馬鹿だ! エレンさんの言う通り、血を分けてもらえば全てが解決するではありませんか! 何故、私は今までそれに気がつかなかったのでしょう!」


 ルースヴェンさんは、自分が恥ずかしいと思ったのか、両手で頭を抱え始めました。


「いやお恥ずかしいっっ! エレンさんの言う通りです! なんて事!」


 こんなに紳士なのに……。ちょっとおバカさん……でも、これで何年も悩んでたとしたら、少しかわいそうかも……


「あ、あのルースヴェンさん。でも血を分けるにもいい器具を使わないと相手の方も破傷風とか起こす可能性があるから、そういった物も、病院で揃えましょう。ね? いいですよね?」


「い、いいのですか? エレンさん! それはありがたい!」


 ルースヴェンさんは興奮した勢いで私の両手を掴んで、私の顔を見つめてきました。


 仮面の奥の瞳はとても澄んできれい……


 思ってもいないルースヴェンさんの行動に、つい私の顔は真っ赤になってしまいました。

 それにルースヴェンさんはすぐに気がつき、手を離しました。


「あ、すいませんでしたっっ。つい……」


「い、いえいえ、喜んで頂けたのならいいんですっっ」


 あ~、やばいやばい。何かあまりに人が良すぎて、ちょっとかわいく思えてきたっっ……でも、ルースヴェンさんの手……ホントに冷たかった……


 私は話を戻しました。


「あ、あの、それで、セブリーヌには話していないんですよね? なぜですか?」


「それは……魔界の存在を言えないという事もありますが……何と言えばよいのか分からなかったのですっ。この人間界で吸血鬼は空想の産物でしかありません。それがいきなり現れて、結婚してほしいなど……。それはないとしても、好意を伝える事も難しい……。一年に一回しか会えないのだから……」


 これは難しい問題です。確かに一年に一回しか魔界から出入り出来ない吸血鬼が、いきなり目の前に現れてなんて、現実とは思えないですし、もし理解したとしてもそれを受け入れるかどうかはまた別問題。

 でも誘拐は~……


「あ、あの? じゃあルースヴェンさんはセブリーヌを誘拐して、無理矢理結婚するつもりだったんですか? それこそ彼女の意志を無視してるし、人……吸血鬼ですけど、やってる事はかなり最低だと思うんですけど」


「……それをそのまま実行したら、エレンさんの言う通り、最低だと思います。私も悩みました。そこで本来ならば、セブリーヌさんを魔界に連れてきた段階で、一度魔界を見てもらい、来てもらう事を了承してもらおうと思っていたのです。それはベリアルと相談して決めた事でした。そしてセブリーヌさんが気に入らなければ、そのまま催眠術を使って記憶を消して帰ってもらうつもりでした」


「え? 催眠術? 記憶を消す? ん? ちょっと待ってください? じゃあ私の時もそれをしてもらえばよかったんじゃ……」


「私もあの時、一瞬悩みました。そのまま催眠術を使って帰ってもらうのが一番いいと……しかし、自分でもよく分からないのですが、あなたを妻に迎えようと言葉が先に出てしまった。そして、これも分からないのですが、ベリアルはあなたを殺そうと仕掛けた。全てよく分からないのです」


 ええ~っと~……。何か素敵な言葉で誤魔化されてるような気がしないでもないけど~……。


「なので、今回の結婚はウソでもいいのです。本当に申し訳ないが一度、ご主人と離婚をして、また次の日に籍を戻してもらって構いません! あの流れにしてしまった私に責任があるのは重々承知しています。これはベリアルのいないここでないと言えない事でした。本当に巻き込んで申し訳ありません!」


「いえいえいえ……」


 ええ~とぉ~……全然それでいいんだけど~……。何か結婚を申し込まれて、いきなり今のナーシ! って言われてるみたいで何か釈然としないぞお~……


 こんな事を話している間に、馬車はとっくに病院の上空をクルクル回っていたのでした。

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