第16話 エルフ・アダムとの確執

 学園の回廊を通りかかると、通路にいた魔族達が避けていき、モーゼの海割りのごとく道が開かれる。

 僕達を見てひそひそと話している魔族に目を向ければ、ビクンと震え上がって逃げていく、なんとも異様な光景だ。


「なんか人が避けていくんだけど?」

「ガラの悪いやつらがひっついて歩いてるからだろ」


 ノヴァと一緒に振り返ると、すぐ後ろにグレイ、ブラッド、リュウの三人がついて歩いている。


「悪い虫が近づいてこねぇように、睨みを利かせてるだけじゃねぇか」

「不埒者がいつ現れるとも知れんからのう。牽制しておかねばならんじゃろう」

「マナト殿を守るのは、配下になった拙者の務めでござるからな」


 悪びれなく堂々と言う三人に、ノヴァは半目で胡乱な視線を向けて言う。


「お前らが一番の悪い虫だと思うがな」

「身も蓋もないこと言うね。ははは……」


 学園内を闊歩するノヴァ一行。

 並居る魔族の中でも上位種を何人も負かして引き連れる劣等種の図が出来上がり、学園中の注目の的だった。


「誰かこっちに来るぜ」

「なんじゃ?」

「あれは……」


 開かれた道の先から、一人の魔族が姿を現わす。

 それはカースト順位・一位の最上位種であるエルフ、僕達が学園に到着した時に忠告してきた男だった。


 風に靡く金色の長髪、透き通るような真っ白い肌、翡翠色の宝石みたいな目、長く尖った耳はこれぞエルフといった風貌。

 すらりとした長身だが華奢なわけではなく、均等な筋肉のついた引き締まった体つきをしている。

 完璧な配置の相貌は作り物じみた印象すら与える、端麗な美形だ。


 エルフはツカツカと僕達の前へ歩いてきて、怒気を孕んだ声で問う。


「貴様は何をしでかした?」

「「?」」


 問われている意味がわからず、ノヴァと二人で顔を見合わせた。

 エルフはとぼけていると思ったのか、怒りの表情を露わにし、ノヴァを睨みつけて詰る。


「混ざり者の劣等種が足掻いたところで、できることなどたかが知れている。目溢ししていれば、卑しい淫魔の分際でどんな汚い手を使ってのし上がってきたんだ! 問題を起こそうものなら、すぐに私が粛清してやると言ったはずだ!!」


 僕達が不正をおこなってきたのだと、思い込んでいるようだ。


「言いがかりだ! 俺達は正式に決闘申請して勝利したんだ。そんな難癖をつけられる謂われはない!!」

「そうだよ、決闘は申し込まれた方が勝負内容を決められるルールなんだから、僕達が有利なのは当然でしょう」

「嘘を吐くな! 汚い手を使ったに違いないんだ、卑しい淫魔が!」


 みんなも声を上げ、加勢してくれる。


「何ぬかしてんだ、てめぇ、頭湧いてるんじゃねぇのか?」

「このワシが負けを認めておるんじゃ。不正なわけがなかろう」

「実力は拙者が保証するでござる。劣等種と侮るべからずでござるよ」

「貴様らは卑しい淫魔に騙されているのだ! 正攻法で劣等種が上位種に勝てるはずがないのだからな!!」


 不正だと決めつけて、事実無根だといくら訴えても、聞き入れてくれない。


「長年不変だったカーストの上位が劣等種ごときに覆され、上位種の威光が脅かされるなど、看過できることではない。ただちに正常な秩序に戻さねばならないのだ」


 険しい表情で語るエルフは、声を張り上げて宣言する。


「私はカースト順位・一位のエルフ(魔人)、アダム。卑しい淫魔のダークエルフ、私と決闘しろ! 貴様がどんな汚い手を使おうとも、私が必ず粛清する!!」


 一方的な言い分でまくし立てられ、アダムに決闘を叩きつけられてしまった。


「はっ? なんのメリットもない決闘なんて誰が受けるんだ? 根拠もない言いがかりをつけられて不愉快だが、一族の未来を賭けてまで決闘する理由にはならないぞ」

「そうだよ。学園の正式な審査員が認めてるんだから、不服なら学園の判定に不満があって覆すってことになるよね。最上位種とはいえ、それだけの権限が一人の生徒にあるとは思えないけど?」


 僕も決闘をする必要はないと思い指摘すると、みんなも同様の反応を見せる。


「そんなむちゃくちゃな言い分じゃ、さすがに通らねぇぜ」

「魔族の模範となるべき最上位種が、とるべき言動ではないのう」

「秩序を重んじるエルフが、規則に反するのは問題ではござらんか?」

「貴様らは黙っていろ……!」


 みんなが意見していれば、アダムはカッと眼を見開いて威圧する。


「「「!?」」」


 怪しい輝きを放つ緑色の眼に見すえられ――グレイ、ブラッド、リュウの三人は硬直して沈黙した。

 アダムはゆっくり歩み寄ってきて、ノヴァにだけ聞こえるように耳元で囁く。


「決闘を受けないというのなら、最上位種の権力を使っていくらでも貶めてやる。劣等種は劣等種らしく、底辺に這いつくばっているべきなのだ。いずれ、私が魔族最上の総統になった際には、貴様のような者が再び秩序を乱さぬよう、すべての混ざり者を粛清してやる」

「!!?」


 それは明確な脅しだった。

 これまでのノヴァの努力は踏みにじられ、大事な仲間達を窮地に追いやると迫られているのだ。


「はっ……ふざけんな! 混ざり者が何をしたって言うんだ!? ただ人並みの暮らしを望んでいるだけだ! 精一杯、生きてるだけじゃないか!!」


 声を荒げて叫ぶノヴァは、悔しさと怒りに拳を震わせる。


「弱く醜い劣等種など魔族社会の害悪でしかないのだ。貴様のような卑しい淫魔がいるだけで、秩序は乱れる。真っ当な魔族にも満たない出来損ないの劣等種、混ざり者など存在する価値もない」

「どこまで独善的なんだ……それが最上位種のエルフが考える秩序ってやつなのか? ……反吐が出る……」


 軽蔑する視線をアダムに向け、ノヴァは吐き捨てた。

 そして、意を決し、ノヴァは叫ぶ。


「クソ野郎が……その決闘、受けて立ってやる!」

「ふん。端から抗わずに従っていれば良かったんだ。上位種へ従順に服従していれば見逃してやったものを、欲をかいて汚い手を使いのし上がろうとしたのが運の尽きだ」

「的外れなことばかりほざきやがって、二度とそんな減らず口を叩けないようにしてやるよ」


 ノヴァはアダムに指差しし、宣戦布告する。


「勝負内容は決まりしだい申請する。いつも通りの不正なんて一切ない決闘だ。せいぜい首を洗って待っていやがれ!」

「覚悟するのは貴様の方だ。どんな汚い手を使おうとも、私は正面から貴様を叩き潰してみせる」


 ノヴァは強い意思を宿した瞳でアダムを睨みつけ、みんなを引き連れてその場を後にした。



 ◆



 ノヴァの部屋にみんなが集まり、五人で作戦会議をする。

 学園最強とされる、カースト順位・一位のエルフとの決闘。おそらく、これが最後の決闘になるだろう。

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