第10話 オーガ・ブラッドとの決闘

 改めて決闘についてノヴァに問う。


「ノヴァ、どうする?」

「そうだな。……最下位を脱して上位に並んだ時点で、こちらに危険を犯してまで決闘するメリットはない」


 あくまでもノヴァは冷静に考え、答えを決める。


「わざわざ仲間達の未来を危険に晒す必要はない。腰抜けだなんだと罵られようが、俺は決闘を断る」


 ノヴァが断言すれば、ブラッドは憮然とした態度で語りだす。


「まあ、順当に考えればそうじゃろうな。……じゃがなぁ、残念なことにワシはストレスが溜まると暴食に走る悪癖があってのう」

「? ……何が言いたい?」


 訝しげに眉を潜めるノヴァが問うと、ブラッドは不気味な笑みを浮かべて語る。


「決闘を断られたら、ワシは間違いなく暴食するじゃろう。それこそ、ストレス発散にそこら辺の動物を手当たりしだいに狩って食い漁るじゃろうな。その中に動物と見分けがつかん魔族――混ざり者が紛れ込んでいても、ワシは気づかんじゃろうなぁ」

「っ!?」


 それは明確な脅しだ。

 仲間達を何よりも大事にするノヴァには断わりようがない、卑怯な策略だった。


「何せ暴食している時のワシは我を忘れているからのう。間違えて食い殺してしまっても不思議はない。骨になってしまえば、もはや動物の骨か魔族の骨かもわからんしのう」

「この、外道が……」


 言葉を詰まらせるノヴァは吐き捨てて、ブラッドを睨みつけた。

 ブラッドはそんな様子をニヤニヤと眺め、改めて問う。


「さあ、もう一度訊こう。ワシからの決闘を受けるのか? 断るのか?」


 歯を噛みしめ唸っていたグレイが、見かねて吠える。


「はなから断る選択肢はなかったってことじゃねぇか! 鬼畜野郎が!!」

「断りたければそうすりゃいいだけじゃ。醜い混ざり者の数が多少減るだけのことじゃからのう」


 ブラッドは平然と言ってのけたのだ。

 仲間達の惨劇を想像し、目を揺らして動揺するノヴァは苦渋の選択を迫られ――


「……っ……決闘を、受ける!」


 ――そう答える他ない。決闘することは確定してしまった。

 ならば、僕は頭を切り替え、ブラッドに質問してみる。


「ブラッドは美食家と言ってたけど、勝ったら僕をどうするつもりなの?」


 僕に視線をよこすブラッドは、にんまりと牙を覗かせて笑う。


「そりゃあ、もちろん食うに決まっとるじゃろう。すぐに食ってしまうのは勿体ないから、十分に匂いを堪能したあと、少しずつ味わうとしよう……まずは指一本、食い方はどうしようか、生でもいいが料理してもいい――」


 料理という言葉に食いついて、ブラッドに詰め寄って質問する。


「料理できるの! 料理方法は? どんな料理が好き?」


 僕の勢いに少し驚きつつ、ブラッドは考えながら返答する。


「そうじゃな、素材の味を活かすのが好みじゃのう。生の活造りか、素焼きか、塩茹でもいい」

「よしっ! 料理対決にしようっ!!」

「「?!!」」


 僕が勢いづいて断言すると、ノヴァとグレイが困惑した表情で詰め寄ってくる。


「お、おい、何を言ってるんだ!」

「料理なんてできんのかよ?!」

「うん、料理はわりと得意だから任せて」


 二人の方に振り返って、僕は自信満々に胸を張って言った。


「ほほう、このワシに料理対決を挑むとは面白いのう。勝つ気でいるのがなおさら愉快じゃ。かっかっかっかっ」


 ブラッドが豪快に笑い、ノヴァとグレイはうろたえて騒ぐ。


「おいおい、やっぱオレが対戦した方がいいんじゃねぇか?」

「あ゛あ゛、くそっ、魔力が回復していれば、俺だって戦えるのにっ!」

「くくくっ、ワシは料理対決でも、戦闘勝負でも構わんぞ。内容が決まりしだい決闘申請を出してくれ。それじゃあ、楽しみにしておるでのう」


 ブラッドは勝利を確信したようにほくそ笑み、立ち去っていったのである。



 ◆



 ノヴァの部屋へと戻り、三人で作戦会議する。

 誰が対戦するべきかという話になり、僕は自分の勝率が一番高いと主張する。


「ここは僕が料理対決するしかないと思うんだ。だってさ、同じ食事ばかりで食べ飽きているから、美味しいものを食べたい欲求が膨れ上がるわけで――」


 料理できる環境を整え、美味しい食事が提供されれば、ブラッドも魔族食いなんて偏食せずに、美味しい物を食べたがるはずだ。

 そのためにも、スラムのみんなに協力してもらって材料や道具をそろえてもらい、混ざり者達が美味しい料理を作るのに必要不可欠だと認識すれば、混ざり者を食べようなんて気は起こさなくなるはずだと力説した。


「人間の三大欲求の一つである食欲! その欲求を満たすことは極めて重要だけれど、ただただ栄養補給するだけの食事をしても真の食欲は満たせない。より美味しい料理を食べてこそ、人間の食欲は満たされて幸福を感じることができるんだよ!!」


 爛々と目を輝かせ料理への熱意を語る僕を見て、ノヴァは胡乱気な視線を向けて呟く。


「お前、まさか自分が料理を食べたいから、料理対決するとか言い出したなんてことはないよな?」

「そ、そんなことはないよ……」


 そろりとノヴァから目を逸らすと、反対側にいるグレイと目が合ってしまう。

 グレイがしょんぼりと耳を倒し、何とも言えない表情で呟く。


「マジかよ……マナトの料理は食ってみたいが、マナトが食われるのは嫌だぞ、オレ……」


 心配そうに言うグレイがちょっと可愛くて、頭を撫でながら言う。


「大丈夫だよ、僕より料理の方が断然美味しいから」


 僕が拳を握って断言するも、疑わしげな視線を向けて二人がぼやく。


「本当か? こんなに美味そうな匂いさせて、これよか美味い食い物なんて信じられねぇけどなぁ……くんくんくんくん」

「まったくだ。無駄に美味そうなんだぞ、お前」

 

 グレイは鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるし、ノヴァまでうんうんと頷いている。


「えぇ……僕ってそんなに美味しそうだったんだ……」


 魔族にとって僕は被食対象なのかと、軽く衝撃を受けてしまう。

 ちょっと怖くなって、二人を上目遣いで見上げて首を傾げる。


「僕のこと食べちゃ駄目だからね?」

「それは………………そうだろ」

「じゅるり………………ごくん」


 不穏な間に慄いて、二人に詰め寄って喚く。


「今の間はいったい何? なんでまた舌舐めずりした?!」


 なぜか目を合わせてくれなくなった二人を説き伏せ、僕はなんとか料理対決で決闘する方向で押し切ったのだった。



 ◆



 再び申請していた決闘の当日。

 学園のコロシアムには、前回以上に多くの魔族達が集まってきていた。

 観戦者席はこれまでにない目新しい勝負内容に期待し、湧き立っている。


 公正な決闘の審査を務めるのは、前回と同じ教員達。トロール(巨人)のビューティ、ドワーフ(小人)のマイスタ、ピクシー(虫人)のグルーヴ、以上の三名の審査員だ。


 教員達が審査員席に着いたところで、続いて対戦者の両名が登場する。

 対戦するのはもちろん、僕とブラッドだ。


「今回の対戦内容は料理対決!」


 僕は前に出て声を張り、勝負内容を発表し、号令をかける。


「制限時間は二時間。各自、持ち寄った食材で料理を作って提供する。先に仕上げた方から審査員に食してもらい、より美味しいと判断された方が勝者となる。では、決闘を開始する。レディー・ゴー!」


 ノヴァとグレイが固唾を呑んで見守る中、料理対決が開始された。


 ブラッドは血抜きして吊るしてある鹿肉や猪肉を解体していき、見事な包丁さばきを披露する。

 僕も用意していた生地を焼きながら具材を切ったり、調味料をまぶして下ごしらえしたりと、手早く調理していく。


 普段目にすることのない料理工程に、観戦者達は興味深そうに見入っていた。

 僕達の料理姿をじっくりと観察し、合間に審査員達がコメントする。


「両名とも、迷いなく調理しているようですわ。料理を作り慣れているのでしょうね」

「上位種の一部しか口にすることのない料理で対決とは、なかなかに面白い勝負ですな」

「そう考えると、常に上位種を維持してきたオークが有利そうだけど、あの使い魔は読めないからね。この勝負どうなるか楽しみだ」


 凄まじいスピードで料理を仕上げ、先に審査員席へと持っていったのは、ブラッドの方だった。

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