第9話 オーガ・ブラッドとの邂逅

「マ~ナ~ト~♡」


 決闘の翌日から、グレイは授業が終わる度に僕のところにきて、ひっつくようになっていた。


「やぁっと今日の授業終わったー、これで思う存分イチャつけるぜ。はぁー、やっぱマナトの匂いは最高だなぁー。くんくんくんくん」


 横から大きな男に抱きつかれ、頭に鼻先をつけられてクンカクンカと匂いを嗅がれている僕の図。

 なんか僕がペットになったみたいな絵面で滑稽じゃないかなと思いつつ、軽く押し返す。


「ああ、うん。獣姿の時は大歓迎なんだけど、人姿でイチャつくのはご遠慮願いたいかな」


 そっけなく返す僕をグレイは覗き込んで、鼻先を耳に擦り寄せて囁く。


「じゃあ、二人きりになれる場所に行こうぜ。オレの獣姿いくらでも見せてやるし、好きなだけ触らせてやるからさぁ」

「え、本当?」


 モフモフな魅惑のボディーを触り放題なんて、とても魅力的な提案に目を輝かせてしまう。

 僕が誘惑されそうになっていると、触れていた手からノヴァの震えが伝わってきた。


「おい、駄犬! 俺の使い魔から離れろ!!」


 ノヴァが瞳孔を細くした目でグレイを睨みつけ、怒鳴り声を上げる。


「だいたい、こいつは俺の魔力源なんだから、俺から離れるわけないだろう! 二人きりとか、何を寝惚けたことぬかしてんだ!!」

「はぁー、なんだよそれ。独占欲の強い主人だなぁ。束縛する男は嫌われるぜぇ?」


 グレイが面倒くさそうにぼやけば、ノヴァは怒り心頭の表情で、グレイの顔を鷲掴みにして押し退ける。


「黙れ、駄犬! いい加減に俺の使い魔から離れろ!!」

「ギャンッ?! ちょっ、やめろやめろ! 精気吸われてグワングワンするー!!」


 急激にエナジー・ドレインされたのだろう、悲鳴を上げてもがいていたグレイは手を振り払い、後退して距離をとった。

 それから、嗚咽をもらしながらうなだれている。例えるなら、乗り物酔いみたいな感覚だろうか。


「オエェー……」

「ノヴァ、容赦ないね。ははは……」


 僕が苦笑いしていると、グレイは口惜しそうに見上げて呟く。


「マナトはよくこんなやつに精気吸われて平気な顔してられんなぁ」

「? 僕は体力ある方だし、特に疲れは感じてないよ。ノヴァは優しいから、無理させないし」

「優しいって、こんなやつがかぁ?」


 グレイが疑わしげな視線をノヴァに向ければ、暗黒微笑を浮かべるノヴァが両手をわきわきさせてグレイににじり寄っていく。


「おい、駄犬。どこまで生命力吸えば干からびるか実験させろ」

「優しいなんて、ぜってぇ嘘じゃん!」


 ノヴァを威嚇してグレイがギャンギャンと喚く。

 そうして騒いでいると、ふとグレイが何かを思い出す。


「ガルルル……あ、そうだ。次の決闘はもう申し込まれてたりすんのか?」

「次の? 決闘なんてそうそう頻繁におこなわれるものじゃないだろう?」

「まあ、通例ならそうなんだけどよ、マナトの匂いは極上だからなぁ。ワーウルフより鼻の効くオークが放っておくわきゃねぇんだよなぁ」

「どういうことだ?」


 ノヴァが眉を潜めて訊き返し、グレイが得意げに説明する。


「先にオレとの決闘の予定があったから、接触してこなかっただろうが、そのうちぜってぇ決闘を申し込まれると思うぜ。なんてったって、マナトの匂いは抗えない魅力がある。すっげぇそそる魔性の匂いだ。くんくんくんくん」

「えぇ……僕そんな匂いするの?」


 自分で嗅いでみるけど、よくわからなくて首を傾げてしまう。


「鼻が利くって、どんな種族なんだ?」

「オーガは学園一の重量と腕力を誇る、戦闘技能と学習能力に長けた種族だ。同じ近接戦闘の系統でも、素早さはワーウルフの方が上だが、腕力と耐久力はオーガの方が上だぜ」


 説明しながらも、グレイは胸を張って言う。


「だけどよ、勝敗内容によっちゃあ、勝てない相手でもねぇ。オレはお前らの配下になったんだ。非力なお前らの代わりに対戦してやってもいいぜ」


 ノヴァは口元に手を当てて考え込み、質問する。


「決闘はできるだけ控えたいところだが、もし決闘が避けられないなら、対策を考えておく必要があるな……他に何か情報はないのか?」

「そうだなぁ。あとは、オーガは悪食で何でも食うらしいぜ。魔族でも食うなんて噂があるくらいだ」


 とんでもない話を聞いて、僕は衝撃を受けた。


(魔族が魔族を食べるって、人食いみたいなものじゃないか?! まさに人食いの鬼――オーガだ。どれだけ恐ろしい鬼の姿をした魔族なんだろう……)


 鋭く大きな角の生えた般若のような悪鬼が血肉を啜っている姿を想像してしまい、怖くなって身震いしてしまう。


 僕が恐れ慄いていれば、不意に背後から声をかけられる。


「悪食とは聞き捨てならんのう。ワシは悪食じゃのうて、美食家・・・なんじゃが」

「っ!?」


 悲鳴を上げそうになるのをなんとか堪えて振り返ると、そこにいたのは赤みの強い赤褐色の肌をした大男だった。


 そして、僕の目はその大男の姿に釘付けになったのだ。


「!!?」


 なぜなら、赤毛の頭から生えているのは鋭く大きな角ではなく、丸くて小さなフワフワの獣耳だったのだから。

 どっしりとした大きな体は筋肉質で、赤毛や赤褐色の肌には、切れ長で鋭い黄緑色の目がよく映える、雄々しい男前な風貌をしていた。


 だがしかし、丸々っとした小さな耳や尻尾、その存在感は間違いなく――クマなのだ。

 僕は目をキラキラと輝かせ、大男の耳を見つめてしまう。


 大男はゆったりとノヴァの前まで歩んできて、大声で告げる。


「ワシはカースト順位・五位のオーガ(鬼人)、ブラッドじゃ。そこにおる美味そうな匂いの使い魔が欲しい。ダークエルフ、ワレに決闘を申し込む。ワシと勝負せぇ」


 グレイが言っていた通り、早々に決闘の話が舞い込んだのだ。


「やっぱ、予想通りきやがったじぇねぇか」

「本当に僕の匂いに釣られてきたんだ……」


 クマの臭覚はイヌの七倍ほど優れているというし、妙に納得してしまう。

 ちなみに、イヌの臭覚は人間の三千倍から一万倍、場合によっては百万倍といわれている。


 ブラッドは側にいたグレイを見下し、馬鹿にしたように笑った。


「おうおう、先日まで上位種だったワーウルフが随分と地に落ちたもんじゃのう。上位種であることにあぐらをかいて相手を見くびるから、足元をすくわれるなんて無様を晒すんじゃ」

「あ゛あ゛んっ! なんだと、てめぇ!!」


 馬鹿にされたグレイは憤怒してがなるが、ブラッドは意に介さずといった様子で挑発する。


「己の力量も推し測れん愚か者には、最下位がお似合いじゃと言うとるんじゃ。それにしても、馬鹿な犬はよう吠えるのう。負け犬の遠吠えと言うんじゃったか?」

「ガルルルル……言いたい放題ほざきやがって、上等だ! その決闘、オレが受けて立ってやろうじゃねぇか! 力技ばかりのどんくせぇオーガになんか圧勝して、ワーウルフの有能さを思い知らせてやるぜ!!」

「おうおう、元からオーガよりも下位のワーウルフが、オーガの中でも随一のワシに勝てるわけがなかろう。すばしっこさでしか勝負できん情けない負け犬なんぞ、すぐに捻り潰してやるわ。かっかっかっかっ」


 話がどんどん進んでいくので、慌てて声を張り上げる。


「待て待て待てー! ストーーーーップ!!」

「?!」


 激しく言い合っていた二人が、ギロリと僕の方を向く。

 一瞬ギョッとしたけど、このままではいけないと思い、負けじと見返して言う。


「なんで二人が勝手に話を進めてるのさ、決闘を申し込まれたのはノヴァだよ?」

「まあ……そうじゃな」


 勢いを失ったブラッドは渋々といった感じで呟いた。


「決闘を受けるか、断わるかを決めるのも、ノヴァのはずでしょ?」

「だが、この野郎だけはオレが――」


 頭に血が上っているグレイには、少し冷静になってもらわないと困る。


「決闘を受けるとしても、対決するのはノヴァと僕だよ。グレイは感情的になりすぎて上手く乗せられてる。それじゃ相手の思うツボだ。怒りにかられる時ほど一度落ち着いて、よく考えないと駄目だよ」


 グレイはハッとした表情をして俯く。


「そ、そうか……わかった」


 落ち着いてくれて良かったと胸を撫で下ろす。

 ブラッドは腕組みしながら、僕達のやり取りを眺めて呟く。


「ほう、プライドの高いワーウルフを御するとは流石じゃのう。荒ぶる魔犬を手懐けただけのことはある」


 そう言って僕を褒め、ブラッドはニヤリと笑ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る