第4話 魔族学園のカースト制度

 ノヴァの育ったスラムで寝食を共にするうちに、劣等種の混ざり者と迫害される彼らの苦しい状況を理解した。

 カースト最下位の混ざり者は、奴隷並みの労働環境だった。

 配給される食糧で飢え死にすることはないが、無理難題や危険な仕事を押しつけられる。大怪我を負った仲間もそれが原因だったのだ。

 それにいくら働いても、劣等種だからと足元をすくわれ、働きに見合った報酬は支払われない。一方的に虐げられ搾取される弱者。それが、劣等種の混ざり者――魔族の底辺なのだ。


「こんなの、あんまりだ……」


 可哀想なモフモフ魔族達の現状を見聞きし、やるせない憤りが口をついた。


「だからこそ、俺はこの底辺から這い上がって、必ず仲間達の境遇を変えてみせる。混ざり者の中で一番人の姿に近い俺には、その可能性があるんだ」


 ノヴァは強い意思を宿した目で拳を握り、僕に語って聞かせる。


「そのためにも、魔族の最上位種であるエルフと同じ、使い魔を使役できる力を示す必要があった。使い魔を召喚できた俺は、やっと他の魔族達と同じ土俵に立てる。聖人学園に通えるんだ」

「聖人学園……?」


 唐突に出できた学園という単語に首を傾げると、ノヴァが説明する。


「次代の種族代表が集う学園だ。人に近い優れた者だけが通える。そこで実力を示してのし上がれれば、魔族全体のカースト順位を変えることができる。ようやく、入学できる条件が揃って申請が通った。お前も俺の使い魔として一緒に行ってもらう」

「そうなんだ……わかった! みんなのためにも一緒に頑張ろう!!」


 僕が鼓舞するとノヴァは頷き、それから肩を竦めて言う。


「まあ、お前に期待はしてないけどな。魔力源としてくっついていれば、それだけでいい。あとは俺が何とかして――」

「おっとー、もしかして、ミリも期待されてなかったりするー? もう少しくらい、僕に期待してくれてもいいんじゃないかなー?」


 一人で話を進めようとするノヴァにズイッと顔を近づけて、ニコニコ笑顔で主張する。


「あー、はいはい。期待してる期待してる」

「わぁー、びっくりするくらいの棒読みだー」


 僕も棒読みで言い返し、そのうち絶対にわからせてやるぞと拳を握ったのだった。



 ◆



 学園へと旅立つ日、スラム中の仲間達がノヴァを見送りに集まってきていた。


「ノヴァは私達の希望だ。ノヴァだけでもこの苦しい生活から抜け出して、幸福になったらいい。そうしたら、混ざり者でも幸福になれるのだと、私達は夢を持てるから」


 エルフの混ざり者(混血児)はダークエルフになるそうだ。

 捨てられていた赤子のノヴァを拾い育てたのは、同じ混ざり者であるスラムのみんなだった。

 中でも、母親同然の育ての親であるケットシー(猫)が、目を潤ませて言う。


「可愛いノヴァには、誰よりも幸せになって欲しい。みんながそう願っているわ」

「……っ……」


 言葉を詰まらせるノヴァは、泣きそうになるのを必死に堪えているようだった。


「僕もそう思う。僕もできるかぎりのことをするから」


 ノヴァの代わりに、胸を張ってみんなに答える。


「マナト、ノヴァをよろしく頼む」

「もちろん、任せて。なんて言ったって、僕は人間だからね!」


 僕の言葉を聞いたモフモフ魔族達が、シーンと静まり返る。


「………………」


 しばしの沈黙が流れ、なんかデジャブを感じた。


「ブフーッ、アハハハハ。こんなちみっこいのが人間なはずないのに、オモシロいこと言うー! 変なマナトー、キャハハハハ」


 一斉にモフモフ魔族達が噴き出して、大笑いしだす。


「あっ、ちみっこいのにちみっこいって言われた! そーゆーのドングリの背比べって言うんだよ!! ププププー」


 笑われた腹いせに、僕も口元に手を当てて指差しして笑ってやる。


「お前は何を張り合っているんだ……ったく」


 呆れたような声をだしてノヴァが僕を見る。だけど、くすりと笑う。


「それじゃあ、行ってくる」


 ノヴァは意を決した表情で、みんなを見て挨拶した。

 それから、歩き出したノヴァの背中に、みんなも声をかける。


「いつでも帰っておいで」

「体には気をつけてね」

「無茶はするなよー」


 ノヴァのあとに続きながら、僕はモフモフ魔族達へと振り返り、手を振って叫ぶ。


「ノヴァだけじゃなく、みんなのこともハッピーにできるくらい、僕達頑張るからねー! 行ってきまーす!!」

「「「行ってらっしゃーい!」」」


 みんなに手を振られて見送られながら、僕達は旅立ったのだ。



 ◆



 聖人学園に着いた僕達は、巨大な正門から覗く学舎を仰ぎ見ていた。

 道中見失うことのなかった学園は、近くで見るとその壮大さに圧倒される。


「ここが聖人学園かー……すっごい広いね。はぐれたら迷子確定だ」


 手続きを終えて正門をくぐり、案内板を見ながら寄宿する寮へと向かう。

 園内を歩いていると、ノヴァが僕の方を向いて立ち止まり、呟くようにして訊く。


「……お前、平気なのか?」

「え、何が?」


 ノヴァは繋ぎっぱなしだった僕の手を見下ろし、眉毛を寄せて難しい顔をする。


「四六時中、ずっと俺に触れっぱなしだろう。疲れているようには見えないが、無理していたりするのか?」

「いやいや、全然。アニマル・セラピー効果かな?」

「アニマル・セラピー……?」


 聞き慣れない言葉だったようで、ノヴァは不可解そうに復唱した。


「モフモフで可愛いみんなに癒されてたから、疲れた感じしないよ。元々、体力には自信がある方だし、少しくらい生命力吸われても平気なんじゃないかな?」

「そうか、ならいい」


 ノヴァは納得してくれたようで、また前を向いて歩き出す。


 時々、すれ違う学園の生徒――他の魔族達から好奇の目で見られている気がする。


「おいおい、見ろよアレ」

「うわ、ダークエルフなんて初めて見た」


 視線だけではなく、話し声まで聞こえてきた。


「混ざり者の劣等種がよくこの聖人学園に入れたな」

「連れて歩いてるのは何だ? 見たことない種族……人型の使い魔か?」


 じろじろと不躾な視線を向けられ、嫌な噂話までされはじめる。


「あれだろ? 人から精力を吸い取って魔力にするとかいう、ダークエルフの特殊能力。見た目は悪くないし、有り余ってる精力分けてやれば? ヤラせてくれそうじゃん」

「はあ? 冗談だろ。いくら見た目が良くても、劣等種なんか誰が相手にするんだよ。相当な変態か好色な淫乱くらいだろうが」

「それもそうだ。ギャハハハハ」


 好き勝手のたまって、下品な馬鹿笑いをしている魔族達にはさすがに腹が立つ。

 僕はノヴァの手を引いて立ち止まり、声の聞こえた方へと振り返った。

 ニヤニヤと僕達を眺めて笑っている厳つい魔族達と目が合う。


 だがすぐに、第三者がそいつらの近くを通りかかったことで、ニヤニヤ笑っていたやつらはヘコヘコと頭を下げ、その場から逃げるように立ち去っていった。

 見れば、ニタニタ魔族よりもよほど小さくて細い人物が相手だ。


「あそこにいるのは?」


 僕が質問すると、ノヴァが相手を見すえて答える。


「この学園のトップ、最上位種のエルフだ」

「ノヴァと色が違うだけなのに、随分と周りの態度が違う……」


 そのエルフは僕達の方へと歩いてきて、冷たい目でノヴァを見下ろして言う。


「ダークエルフ・・・などと、エルフの名を戴くのもおこがましい。人の生気を吸う卑しい淫魔が」

「なっ!」


 突然の罵倒に狼狽していると、エルフはさらに忌々しげに吐き捨てる。


「このような混ざり者を受け入れるとは、この学園の審査官はどうかしてしまったのか。劣等種など、底辺は底辺らしく地べたを這っていればいいものを……」


 物申してやろうとする僕の口を背中で制し、ノヴァは真っ直ぐエルフを見て言う。


「正規の審査基準をすべてクリアしている。種族を理由に入学を否定される謂れはない」


 ノヴァは視線を反らさず、他の魔物達みたいに最上位種の異様な圧に屈したりしない。


「ふん。間違ってもこの伝統と格式ある学園の恥になるような真似はするなよ。何か問題を起こそうものなら、すぐに私が粛清してやる……まあ、出来損ないの混ざり者にできることなど、たかが知れているだろうが」


 エルフはそう言い捨てて立ち去っていった。


「……何あれ、性格悪すぎない? あんなのが学園のトップとか、前途多難すぎる……」


 僕が嫌味なエルフの振る舞いにぼやいていると、ノヴァはニヒルに笑って言う。


「いずれ、見返してやればいいだけの話だ」

「……うん、そうだね。ノヴァの方が絶対人間できてる!」


 そう言って僕が褒めれば、ノヴァは目を丸くする。それから、小さく笑った。



 ◆◆◆


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 【この男’s(メンズ)の絆が尊い! 異世界小説コンテスト】に参加中、コミカライズしたい!

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