どうも、使い魔の人間です。~魔族しかいない世界に召喚されたけど、モフモフ・キュートな魔族達に囲まれて、案外楽しい毎日を送っています~

胡蝶乃夢

第1話 異世界転移

「ふわぁ~♡ 可愛い~、可愛すぎる~♡ モフモフ・キュートのパラダイス~♡」


 動物園のふれあいコーナーで飼育員のバイトをしている僕・根津真人ねずまなとは、小動物と戯れる子供達の様子を見守りながら、ついつい口走っていた。


「ネズ君ネズ君、心の声がだが漏れだよ。顔がゆるみっぱなしでヨダレが垂れる勢いだよ」

「おっと! すみません……じゅるっ」


 同じく飼育を担当している職員さんに指摘されて、慌てて口元を拭う。


 気を取り直して表情を引き締め、キリッとする――ものの、つたない手つきでおっかなびっくりエサを差し出す幼児や、口いっぱいに詰め込んで頬を膨らませたハムスターのフワモコッとした丸みや、パリパリシャクシャクと並んで食べているモルモットやウサギの愛らしい姿を見ていると、どうしたって顔がゆるんでしまうのだ。


 身悶えてしまいそうな可愛さに堪え、表情筋と葛藤しながらプルプル震えていると、そんな僕を見て職員さんが噴き出す。


「ぷっ、あはははは。本当にこの仕事好きだね、ネズ君……まさか大学卒業と同時に動物園に就職するほどとは思わなかったけど。真面目で覚えも早いし、見た目に反して体力もあるから、こちらとしては頼もしい限りだよ」

「はい! 動物大好きなので、世話できるなんて最高です。まさに天職!!」


 無類の動物好きである僕は、子供の頃からの夢であった動物園職員の内定が決まり、なおさらご機嫌だったのだ。


「そっかそっか。楽しいだけじゃなく、大変なこともたくさんあるけど、やりがいもある仕事だから、これからもよろしくね」

「はい! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!!」


 職員さんの指示のもと、はりきってきびきび働く。

 ふれあいコーナーの片付けを終え、荷物の運搬をしながら園内を回っている途中、気になっていたことを訊いてみる。


「あの、あそこは何を飼育してる施設なんですか? 動物園の案内にも乗ってなかったですけど」


 動物園内の奥まった場所に、他とは雰囲気の違う物々しい建物があったのだ。


「ああ、あそこは同じ園内だけど、研究所だから別格なんだよ。研究員と関わることもないから、気にしなくていいよ。研究についても機密事項らしいからね」

「へえ、そうなんですか……」


 建物を見れば、研究所を出入りしている人達の姿が窺える。

 この動物園の腕章をつけてはいるが、いかにも研究員といった感じの白衣を着ていた。


(何の研究をしているんだろう? 機密事項なら関わることはないんだろうけど……)


 ぼんやりと考えていると職員さんに声をかけられる。


「さあ、あともうひと踏ん張り、これを片付けたら今日は上がっていいよ」

「はい! ラストの難所、心臓破りの丘なんぞなにくそウオオオオ!!」


 急勾配を駆けあがって残りを片付け、この日のバイトは終了したのだった。



 ◆



 動物園を出た帰り道、街中では浮いて見える白衣姿が目に留まった。


(……あれ? さっき研究所で見かけた人だ。こんなところで何してるんだろう?)


 様子を窺うと、複数の研究員が慌ただしく走り回り、何かを探しているようだった。


(腰を低くして探し物かな? 関わりのない研究所の人だけど、困ってるなら手伝った方がいいよね……あ!)


 視界の端を、子供用のレインコートを着た動物が駆け抜けた。

 背丈は四〜五歳の子供くらいでフードを被っていたけど、コートの裾から長い尻尾と動物の脚が覗いていたのだ。


(動物が逃げ出したのか?! 早く保護しないと、車に轢かれたら大変だ!)


 僕が駆けだそうとすると、研究員も動物の姿に気づき、大声を上げる。


「いたぞ! 見つけた!!」


 呼びかけに反応し、大勢の研究員が出てきて動物を追う。

 研究員が一斉に動物を取り囲み、じりじりと追い詰めていく。

 追い詰められ、逃げ場を失った動物は身構え、そして――絶叫した。



 キイヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!



 尋常ではない叫声の反響音が辺りに響き渡る。

 反響と同時に地面が揺れ、地震が起きた。

 地震はどんどん大きくなり、立っているのもままならなくなっていく。

 研究員は劈く咆哮に耳を押さえてよろめき、その場に膝を突いて動けなくなった。


 絶叫が止んでも地震は収まらず、周りの建物が崩れはじめる。

 動物は研究員の間を掻い潜り、また逃げ出す。


 動物が逃げて行く先、決壊した建物が崩れ落ちてくる。

 このままでは動物がガレキの下敷きになってしまう――そう思った瞬間には、僕は駆け出していた。



 ガラガラガラガラガシャアァァァァンーーーー……



 動物に手を伸ばし、腕に抱きかかえ、地震が収まるのを待った。

 ようやく揺れが止まり、建物の崩壊も落ち着いて、腕に抱えた動物が怪我をしなくて良かったと安堵する。


「良かった。無事みたいだね……っ、……ごふっ!」


 動物を助けたのと引き換えに、僕の半身はガレキに埋もれ、潰れてしまっていた。


(ああ、内臓もやられてる……これは助かりそうにないな。でも、この子が危ないと思ったら体が動いてたし、仕方ないよね。助けられて良かったと思うし、真の動物好きだって胸を張れる人生なら、そんなに悪い気はしない……)


 力が入らなくなり、腕から抜け出した動物が僕の方へ振り向き――視線が合う。


(え? 子供……?)


 真っ白い髪と肌、作り物みたいに整った幼い人の顔。だけど、瞳孔が猫みたいに細長く、目が紅い。


 その子はゆっくり近くに寄ってきて、僕の頬に手を添え、何かを呟く。


『בבקשה תציל אותו』


 何を言っているのか、僕にはわからない。

 不思議と声が二重に聞こえ、強い光が僕の体を包み込んでいく。

 あまりの眩しさに目を閉じ――






 ――再び目を開ければ、そこは見知らぬ場所だった。


『אב קדמון גדול תן לי כוח』


 二重だった声は一つになり、目の前に立つフードを被った男が呪文を唱え終えると、僕の周りで光っていた魔法陣が消えていく。


「やった……やったんだ! 召喚が成功した!! これで俺達が虐げられることはもう……って、おい、どうした?」


 男は何やら喜んでいたようだったけど、起き上がることもできない僕に気づき、慌てて駆け寄ってくる。


「おいおい、召喚した途端に死なれるなんて、冗談じゃないぞ!? 死ぬな! 絶対に死ぬなよ!!」


(いやいや、無茶なことをおっしゃる。誰が見たってこの有様じゃ、助からないってわかるでしょう……)


 声も出せない僕は、ぼんやりとそんなことを思った。


 男は僕の負傷した部分に手を当て、また呪文を唱えだす。

 すると、感覚の無くなっていた体がじんわりと暖かく感じられ、まともに息も吸えなかったはずが、急に呼吸が楽になる。


「かはっ……はぁ、はぁ……え?」


 見れば、男が手を当てている負傷部分が急激に治っていく。

 その様はまるで奇跡――魔法だ。


「俺の使い魔だ! 死なせてたまるか!!」


 僕が回復していくのとは反対に、男は息を荒げ、脂汗をかいて指先を震わせている。


「……ああ、もう限界……魔力切れ……だ……」


 僕が完治したのとほぼ同時、男は呟きをこぼしながらふらつき、バタリと後方へ倒れた。


「え? え! 大丈夫?!」


 倒れた男に驚き、慌てて抱き起こす。

 その拍子にフードが脱げ、男の顔があらわになった。


「!?」


 日本人じゃない。中性的な顔立ちの美形、流れ落ちる銀色の髪、自分とはまるで違う灰褐色の肌、何よりも目に飛び込んできたのは長くて尖った耳だ。


(この耳って……もしかして、エルフ! それもダークエルフ!! 魔法を使ってたし、僕はファンタジーな世界に来てしまったのか……?)


 辺りを見回せば、見知った現代的な物は何一つない。

 石造りの遺跡のような、いかにも異世界といった景色が広がっていた。


「う゛っ、うぅ……」


 男が苦しそうに唸り、助けなければと焦る。

 体は僕よりも大きいけど、見た目は十代後半くらいか年下に見えた。


「ど、どうしよう、魔力切れってどうしたらいいの?」


 言葉が通じている様子だったので訊くと、男は重たそうに瞼をうっすら開け、気怠げに答える。


「……このまま接触していれば、生命力を吸収して魔力に変換できる……助けてやったんだ、少しくらい生命力をよこせ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る