共感した人は仲間

嬉野K

その人の

 とある部屋の一室で、風音かざねふうは2人に向かって言った。


「今日、集まってもらったのは他でもない。この箱の中身を確かめてほしいって話なの」


 ふうは目の前に置かれた箱を軽く叩く。軽い音がした。


 反応したのは三姉妹の一人、風音かざねゆき


「デッカイ箱だねぇ……人でも入ってるの? サプライズパーティ?」

「……もしかしたら入ってるのかもね。私も中身は知らないから」ふうはもう一人の姉妹に向けて、「めいは、この箱を知ってる?」


 人が1人くらいは入りそうな大きな箱。


 その箱について問われたのは、三姉妹の一人風音かざねめいだった。機械のような抑揚のない声だった。


「最近インターネットで話題の箱ですね。都市伝説のようなものだと思っていましたが、まさか本物ですか?」

「たぶんそうね。知り合いから……中身を確かめてほしいって依頼があったの」


 2人の会話に、ゆきが割って入る。


「都市伝説って何? 有名な箱なの?」

「そうね……」ふうが答える。「呪いの箱よ。開けた人は……精神崩壊する可能性もあるって話」

「精神崩壊……?」

「うん。最低でも3日は精神的に追い詰められるらしいよ。場合によっては……自ら命を断ってしまうこともあるとか」


 少し緊張感の増した部屋で、ゆきが不敵に笑う。


「へぇ……そりゃ面白そうだねぇ」

ゆきならそう言うと思った……」ふうは肩をすくめて、「……呪いの箱なんて信じてないけどさ……なんかあったらよろしくね」

「……そんな危険なものなの? 私たち3人でも?」

「警戒するに越したことはないって話。毒とか出るわけじゃないと思うけど……一応逃げる用意はしておいてね」


 そう言われて、ゆきめいが箱から距離を取った。


 そして箱を持ったふうが、


「じゃあ……開けるよ」


 そう宣言して、箱を開けた。


 それからゆっくりと中を覗き込んで、数秒が経過。


「……ウソだ……」突然ふうが膝をついて、「なんで……? どうしてそんなことが……ありえないはずなのに……!」


 ふうはかなり取り乱した様子で頭を抱える。その様子を見ていたゆきが、


「な、なに……? 何が見えたの……?」

「……」ゆきの言葉は届いていないようで、「なんで……なんで……」


 ふうはブツブツとうわ言のように同じ言葉を繰り返すだけだった。


「……どうやら本物みたいだねぇ……」ゆきが言う。「さっさと燃やしちゃうのが吉かもしれないけど……中身が気になるよ。私も、中身を見てみる。めいは……なにかあったら逃げてね」

「お気をつけて」


 そうしてゆきは箱に近づいていった。

 いつの間にか、箱は閉まっていた。ふうが閉めた様子はなかったので、勝手に閉まったのだろう。


「さてさて……鬼が出るか蛇が出るか……」そう言いながら、ゆきは箱を開けた。「……なんだこれ……? これは……」

「なにが入っているんですか?」

「……ノートが開いておいていあって……なにか書かれて――」言葉の途中で、ゆきが息を呑む。「あ……これ……!」


 その並々ならぬ様子に、めいが声をかける。


「ど、どうしたんですか? なにか――」

「なんで……!」ゆきは尻餅をついて、「なんでここにあるの……! 燃やしたはずなのに……! もうこの世に存在しないはずなのに……!」


 そのままふうゆきは箱に怯えたように距離を取った。まるで子供のように怯えていて、さらに顔を真赤にしていた。


 そんな様子を見ていためいが思考を巡らせる。


 自分の姉2人の能力は知っている。精神力も頭脳も尊敬できる2人だ。


 その2人がまとめて行動不能になっている。話しかけても上の空のような返答しか返ってこなくなってしまった。


 どうやらこの箱には……この世に存在しないはずのものが入っている。そしてそれは人間の精神を蝕んでしまうののであるらしい。


 ……


 このまま逃げるべきだとめいの理性が告げる。姉2人を引きずってでもこの場を離れるのが正道だと考える。


 しかし……


「中身が、気になります」


 あの2人をまとめてノックアウトするほどのがこの箱の中にある。そんなものはおそらく……一生かかっても見つけることはできない。


 興味が勝ってしまったのだ。絶対に開けてはいけないと言われると、開けたくなる。そんな心理現象があった気がする。


 めいは魅入られたように箱に近づいて、そしてその箱を開けた。


「ノート」中身のものをつぶやいていく。「ノートが開かれておいてあります。これはゆき姉さんの言葉通り」

 

 本当にそれだけだった。他にはなにもない。


 ではこのノートが何かしらの妖力を持っているのだろうか? 


 めいはさらに顔を近づけて、ノートを凝視する。


「日記でしょうか。日付は4年前の5月」考えを整理するため、めいは内容を読み上げる。「『ああ、お姉様。私の尊敬するお姉様。まるで天使のごとく聡明かつ優しいお姉様。私はあなたの妹になるために、この世に生を受けました。普段は恥ずかしくて伝えられない秘めた想いを、この日記に記します。まずは――』」


 はて、この筆跡はどこかで見たことがあるような。


 というかこの内容は、どこかで見たことがあるような。


 そう思った瞬間、めいの脳内に3年前の記憶が蘇ってきた。


「ウソだ」自分の姉2人が、同じ言葉を呟いた理由がわかった。「なぜこれがここに」


 これは……3年前の自分が書いたものだ。姉2人のことを敬愛しすぎた末に書いていた『お姉様大好き日記』である。


 最初は楽しく書いていた。しかし正気に戻って、


「焼却したはずなのに。この世には存在しないはずなのに」見られたら恥ずかしいと思って消し去ったはずなのに。「2人も同じものを見た? いや、それはおそらく違う」


 もしも姉2人がこの日記を見たのなら、からかってきたはずだ。だが姉2人は、めいと同じように悶えているだけである。


 つまり、この箱の中には……


「その人の黒歴史が入っている?」

 

 それだけ言って、めいはその場に崩れ落ちた。かつてないほどの羞恥心が襲ってきて、立っていられなくなったのだ。

 

 ……


 箱の中身を見たものは精神崩壊を起こす。その箱の正体は、箱を開けた人物の黒歴史が入っている箱でしたとさ。


 めでたしめでたし。

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