②
面食らいながらも、おずおずと白い空間に足を踏み入れる。スリッパの裏がにちゃっと床に張り付き、ぎょっとした。なんだか沈み込むような弾力がある。
鳥肌が立つような感覚をこらえ、ドアを閉めた。にちゃにちゃと不快な足音を響かせながら部屋の中に入ってゆく。作業着の男は「そこでいったんお待ちください」と言っていた。きっとこの部屋から別の仕事場に移るのだろう。
一体、何をさせられるのか。落ち着かない気持ちで立ち尽くした。
しばらく待ったが、誰も呼びに来ることはなかった。
退屈しのぎに壁を見つめた。真っ白な壁の一点をじっと見続けていると、やがて眼前にノイズのようなものが現れる。まばたきをすると消える、そんな手すさびを繰り返していたが、すぐに飽きてしまった。
立っているのも疲れてきたので座り込みたかったが、このにちゃにちゃした床に尻をつける気には到底なれない。
それにしても――この部屋に入ってからどれくらい経っただろうか。まだ数分のような気もしていたが、よくわからなくなっていた。何もないのっぺりとした空間にいると、時間感覚さえ麻痺してくる。
どれだけ待たされるのか。まさか、忘れられてはいないだろうな。
(もしや、意図的に部屋に留められている……?)
実は何らかの人体実験に被験者として参加させられている――そんな可能性はないだろうか。実験結果にバイアスがかかるのを防ぐために
(――なんてな)
深く溜め息を吐いた。そんなありえない妄想をしてしまうほどに、待ちくたびれていた。
今、何時だろう。俺は腕時計に目をやり、ぎくりとした。
針がとまっていたのだ。
(壊れた? どうして今……)
やはりこの巨大な箱のような部屋は人体実験装置で、この腕時計が壊れたのは、その副次的な影響――例えば何か電磁波のようなものが出ているとか――なのでは。
であればスマートフォンや装飾品を預けるよう言われたのも合点がいく。
急速に膨らんでくる不信感に、心がざわついた。むしろ、そうとしか思えなくなってくる。だって時計が急に動かなくなるだなんて、普通ありえないではないか。しかもこんな奇妙な部屋に入った途端に。
俺は生唾を飲み込むと、警戒もあらわにあたりを見回した。だが、監視カメラらしきものは見当たらず、覗き小窓もなかった。
そこでふと違和感に気づいた。この部屋、電灯がないのだ。つまり、箱を閉めたような状態なのである。暗闇になっていなければおかしいはずなのに、四方から照明をあてられているかのように室内は明るかった。
どうなっているんだ。言い知れぬ不安が込み上げてきた。
(……出よう。とても耐えられそうにない)
あの飄々とした係員に体調が悪くなった等、適当に理由をでっちあげて家に帰るのだ。
一度そう思ってしまうと、一刻も早くここから出て行きたくてたまらなくなった。
焦燥にかられながら振り向き――思わずぽかんとしてしまった。
ドアがなかったのだ。
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