【KAC20243】雀のお宿

いとうみこと

雀の恩返し

 昔々あるところにお爺さんに先立たれてひとりで暮らすお婆さんがいました。お婆さんには子どもが無く頼れる兄弟もいなかったので、近所の手伝いをしたり小さな畑で野菜を育てたりしながらつましい暮らしをしておりました。


 ある日、いつものように近所に手伝いに出た帰り、道端でぐったりしている子雀を見つけました。お婆さんは被っていた手拭いを取ると、そっと子雀を包んで家に連れて帰りました。


 子雀は何かに襲われたのかあちこち傷ついていました。お婆さんは急いで傷薬になる薬草を取りに行き、貴重な晒しを裂いて包帯を作り、手厚く看病をしました。その甲斐あって子雀は日を追うごとに元気になり、半月もする頃には羽ばたけるまでに回復しました。


 数日後、お婆さんが畑に出るために朝早く起きると、子雀が板の間に三つ指をついて座っていました。


「お婆さん、これまでありがとうございました。お陰様でこんなに元気になりました。お礼と言ってはなんですが、雀のお宿にご招待させてください」


 そう言うと、療養中にひと回り大きくなった子雀は恭しく頭を下げました。


「なんだ、あんた口がきけるのかい?」


 お婆さんは驚いたように言いました。子雀は顔を上げて誇らしげに言いました。


「はい、本当はもっと早くお婆さんとお話したくてうずうずしておりました」


 そう言ってにっこり微笑んだ子雀でしたが、その笑顔はすぐにひきつりました。お婆さんの表情がみるみる険しくなっていったからです。


「あんたは口がきけるくせに黙っていたんだね」


 見たこともないお婆さんの形相に、子雀は後退りしました。


「も、申し訳ありません。その人間が信頼に値するか確認できないうちは口をきいてはいけない決まりなんです。決してお婆さんを騙そうとしたわけではありません」


 お婆さんは腕組みをしたまま無言で子雀を睨みつけています。このような状況を全く想定していなかった子雀は、己の経験不足を恨みながらもお婆さんへの感謝を伝えようと必死でした。


「お婆さんは乏しい食べ物を分けてくださったり、毎日薬草を摘みに行ってくださったり、私を全力でお世話してくださいました。このご恩に報いるためにも、是非とも雀のお宿にいらしてください。そして心ばかりのお礼をさせてください」


 お婆さんは尚も子雀を睨みながら「どっこいしょ」と子雀の目の前に腰を下ろしました。


「隣り村の源さんのところに小さいつづらを授けたのはあんたのお身内かい?」


 子雀の顔がぱあっと輝きました。


「はい、私共でございます。叔母が大変お世話になりまして、お礼をさせていただきました。お聞き及びでしたか」


「お聞き及びも何も、酷い話じゃないか」


「え?」


 子雀は丸い目を更に丸くして口をぽかんと開けました。お婆さんは子雀の顔を覗き込むように話し始めました。


「確かに、あんたの叔母さんを心配して居所を探し当てた源さんをもてなしたのはいいことかもしれないね」


「ですよね?」


 身を乗り出した子雀を掌で制してお婆さんは続けました。


「だけどもさ、大きいつづらと小さいつづらを選ばせるっていうのはどういう了見なんだい? それって、源さんを試したってことだろう?」


「それは……」


 子雀は戸惑いを隠せないでいます。


「良くしてもらったんならさ、普通にお礼をすりゃいいじゃないか。何でそこで人間性を試す必要があるんだい? あんたさっきも言ったよね? あたしの人間性を確かめるまでは口をきけなかったって。いったい何様のつもりだい」


 子雀は何か言いたげに口をぱくぱくさせましたが、言葉にはならないようで代わりにつぶらな瞳に涙を浮かべました。


「その様子じゃ、源さんのその後を知らないんだろ。教えてやるよ。婆さんが魑魅魍魎のせいで気がふれちまってね、源さんは婆さんを追い出して金に物を言わせて若い女を後妻に貰ったんだ。ところが半年も経たないうちに後妻に男ができて、ふたりして源さんを半殺しにして金を持って逃げちまったのさ。源さんとこの婆さんは強欲で有名だったけど、それなりに仲良くやってたんだよ。あんたたちと出会わなかったら今でもつましく暮らしてただろうさ。自分たちがいつでも正しいとは思わないことだね」


 そこまで話すと、お婆さんは子雀を両手で挟んで「どっこいしょ」と言いながら立ち上がり、草履を履いて表に出ました。そして軒先の梅の枝にそっと子雀を下ろしました。


「あたしは礼が欲しくてあんたを助けたわけじゃない。貧乏だからって見くびってもらっちゃ困るよ。さあ、お宿に帰りな。そしてもう二度とここへは来ないことだ」


 そう言うと、お婆さんは振り向きもせず家に戻り、ぴしゃりと戸を閉めてしまいました。ひとり取り残された子雀は暫く木戸を見つめていましたが、せめてものお別れにチュンチュンと二度鳴いて空高く飛び立ちました。

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