第20話 俺の目の前には動物というか、ペンギンな彼女がいる
「な、なッ、なんで、紳人が⁉」
メイド喫茶に入店後。
喫茶店の出入り口付近で彼女は目を丸くし、動揺しながら後ずさっている。
動物と聞いていたものだから、兎とか、馬。はたまた猫とか。そういうものだと思っていたが、それらと全然違っていた。
「このチラシをたまたま入手してさ」
紳人は動物のコスプレをした女の子らが写っているチラシを見せた。
「ど、どうして、それを⁉」
夢月は驚き、目をキョロキョロさせていた。
「まあ、色々と」
「な、何それ。ど、どういう事なのよ」
幼馴染は顔を真っ赤にしたまま、紳人の事を睨んでいた。
「し、知られたくなかったのに……」
彼女は全力で恥ずかしがっている。
「ねえ、ペンギンさんは、メイドとしての心得を忘れてるよ」
夢月の背後を、先輩であるメイド服姿のメアリが助言を施し、さりげなく立ち去って行くのだった。
「そ、そうね。今はバイト中だから……真剣に」
夢月は自己暗示をかけるかのように、独り言を呟いていた。
「えっと……んんッ」
ペンギンの夢月は頑張って気分を一新させ、咳払いをする。
「で、では。こっちに来て、くれペン」
「ん? そういう話し方をするのか?」
「⁉ 普段はこんな発言はしないけど……きょ、今日はそういうイベントだから!」
彼女はさらに紳人の事を睨んできた。
その瞳はうるうるしていた。
「ごめん、そういうつもりじゃなくて」
「だ、だったら、来て……ペン」
彼女は我慢の限界に達しているようだが、感情をグッと堪えながらも、すぐに紳人の方へと背を向け、先へ歩いていく。
紳人が初めてのメイド喫茶の雰囲気に圧倒されていると――
「ね、ねえ、いつまでそこにいるペン……き、来て。あ、案内するから……」
ペンギンな彼女はその場に立ち止まり、振り返りながら伝えてくる。
紳人はメイド喫茶という新環境に馴染む覚悟を決めると、ペンギン彼女の後を追うことにするのだった。
「それで、何にするペン?」
紳人がカウンター席に腰を下ろすと、ペンギンがカウンター越しにメニュー表を見せ、ジッと見つめて問いかけてきた。
「えっと、何がおススメとかってあるの?」
紳人は彼女の顔を見やる。
「そ、それはこれとか」
ペンギンは、メニュー表の一部を指さしていた。
「アニマルジュースとかだ、ペン」
「これか」
「他には、これもある……ペン」
その他にすすめてくれたのは、青色のソースがかけられたペンギンオムライスだった。
「……これか」
普通、オムライスは赤色が定番なのだ。
それが青色ソースだと、不自然に感じる。
紳人はまだ、お昼を食べていない。
この際、なんでもいいと思い、ペンギンオムライスとアニマルジュースを選択することにした。
絵面的には怪しく感じても、実際に食べてみれば感想も変わると思う。
その願いに賭けることにしたのだ。
「これって、夢月が企画したの?」
「ん⁉ わ、私はペンギンなの。その名前は無しだ、ペン!」
彼女は、紳人の声をかき消すように慌てた口調で言う。
その言動により、騒がしかった喫茶店内が一瞬だけ静かになった。
「あなた、もう少し静かにね」
ペンギンの背後に、再び先輩メイドのメアリが現れ、注目して通過していく。
夢月は自身の発言に羞恥心を抱き始め、委縮してしまう。
「だ、大丈夫か?」
「う、うるさいから……」
ペンギンはカウンターの後ろに隠れるように、しゃがみ込んでしまった。
「ごめん、俺、メイド喫茶とか初めてで」
「……」
彼女は紳人の問いかけに再び立ち上がってくれた。
「じゃあ、この二つでいいペン?」
彼女は頬を恥ずかしそうに、紳人から目を逸らしていた。
「う、うん。いいよ」
「……待ってるペン」
ペンギンな彼女はメニュー表を片付けると、そそくさとキッチンの方へ向かって行く。
「ごめんね」
「いいえ、それは問題ないんですけど」
ペンギンな彼女が立ち去って行った後の事だ。
紳人の元に歩み寄って来たメアリに対し,遠慮がちに言う。
「あそこまで慌てさせるくらいなら、事前に言っておいた方が良かったですかね?」
「んー、そうかもね。でも、気にしないで。昨日ね、あなたにコスプレ姿を見せたいって言っていたのよ」
「そうなんですか?」
それは意外だった。
「本当は嬉しかったかもね。急にきて、あんな態度を見せてしまっているかも」
「そうですよね。でも、なんか、申し訳なかったな」
「気にしないで。後、数分くらいしたら、あの子も戻ってくると思うし」
「でも、メアリさんは、なんで普通のメイド服なんですか?」
「動物を管理する人も必要でしょ! 私は長年いるからそっち側ってこと」
メアリはそう言って、別のテーブル席へ向かって行くのだった。
一人になった紳人は辺りを見渡す。
そして、結構な人がいることに気づく。
入店直後は、環境に馴染めず、全然気づかなかったからだ。
それに、彼女とだけ会話していたこともあり、状況を把握しきれていなかったらしい。
次第に、心に余裕を持てるようになっていた。
イベントが開催されていることもあり、賑やかな感じだ。
店内の中央に設置されたモニターには、動物のコスプレをした女の子らが、何かの台本を元に演技している映像が映し出されていた。
紳人はペンギンな彼女が戻ってくるまでの間、その寸劇のような映像を何となく見て過ごすことにしたのである。
「ねえ」
「え?」
「これだ……ペン」
紳人の前には、アニマルジュースとなるモノがコースターの上に乗せられ、置かれる。
「あ、ありがと」
映像から目を離し、目の前に戻って来たペンギン彼女にお礼を言った。
「何見てたの?」
「アレだけど」
紳人はモニターを指さす。
「あの映像ね。ああいうの好きなの?」
「好きっていうか。気になって。むつ……じゃなくて、ペンギンさんは、アレに出てるの?」
「で、出てるけど」
「どこら辺?」
「い、いいから、そういうのは。後、もう少ししたら、ペンギンオムライスも来るから。そのジュースでも飲んで待ってて……ペン」
そう言って、ペンギンはキッチンの方へ再び向かって行く。
それから五分後に戻って来た。
紳人のテーブル上には、青色ソースがかけられたペンギンオムライスが置かれる。
「こちらはまだペンギンではないのです。一緒にやってくれますか、ペン」
「え? な、何を?」
「そ、それは一緒におまじないに決まってるペン。このペンギンは、まだ呪いでペンギンになり切れてないペン。一緒におまじないをして、本当のペンギンにしてほしいペン」
ペンギンな彼女は表情を引きつらせながら言う。
彼女も真剣に頑張ってるんだなと思った。
それから紳人もペンギンと同じポーズをとり、ペンギンオムライスに対し、おまじないをかけることにしたのである。
「これで、本当のペンギンになれたペン」
ようやく食べられる状態になったらしい。
素人目からすれば、どこがどういう風に変わったのか見当もつかなかったが、紳人はスプーンを手に取り、食べ始めることにした。
「……⁉」
こ、これは⁉
「どうかな、ペン?」
「まあ、美味しいとは思うけど」
「けど?」
「ちょっと味が濃い気が」
「ペンギンになりすぎてしまったかもだ、ペン」
そういう仕様らしい。
味は濃いが、まずいわけではなかった。
丁度お腹も減っていたことも相まって、紳人は食事を続けることにしたのだ。
それにしても、幼馴染の料理を食べるのは、結構久しぶりな気がする。
そんな事を思っていると――
「ね、ねえ……ちょっと聞きたいんだけど」
ペンギンが紳人にだけ聞こえる音程でかつ、いつも通りの口調で話しかけてきたのである。
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