第5話 俺は新しい世界を経験する

 今、高田紳人たかだ/しんとは妹の部屋にいる。


 学校帰り。自宅の玄関先で妹のりんから強引に誘われ、しぶしぶと二階の部屋にいるわけなのだが。

 妹の部屋の壁には多くのポスターがかけられていた。


 それらにはアニメのキャラクターが描かれているのだ。


 妹は昔からアニメが好きなのである。


「お兄ちゃん、これを見てみてよ!」


 部屋にいる紳人は妹からパソコン画面を見るように促されていた。


 画面上に映し出されているのは、今年放送されるアニメの情報。


「お兄ちゃんが好きそうなアニメが放送される予定なんだけどね」

「そ、そうか」

「なんでそんなに落ち込み気味なの?」

「いや、なんていうかさ。以前も言ったと思うけど、俺はもうアニメとは見ないから」

「えー、お兄ちゃんが好きそうな感じの作品があったから、一緒に見ようと思ってたのに」


 妹は何が何でもアニメを見せたいらしい。


 だが、断る。


「俺は漫画だけで満足しているからさ」

「それじゃあ、キャラクターの声を聞けないよ」

「それはそうなんだけど」


 紳人はため息をはく。


「俺はな。原作が漫画なら、そのままの方がいいんだ。下手にアニメ化されても作品によってはよくわからない改変内容を見せられるし。原作の良さが損なわれている時があるからな」

「そうかもしれないけど。でも、面白い作品もあると思うんだよね。知っているキャラが動いていたら、よく見えるかもしれないし」

「それは、人それぞれだろ。俺は今回もパスっていうか。もうアニメは見ないよ。自分だけの世界観だけでとどめておくよ」


 紳人は妹を突き放すような言い方をした。


「お兄ちゃん。この頃、冷たくなった?」

「そんな事はないけど」

「でも、高校生になってからは私と一緒に関わる時間が本当に減ったよね?」


 妹は紳人の目の前で、瞳をうるうるとさせていた。


 そんな顔を見せられると気まずいんだが。


「そ、それは高校生になったら色々なことがあるんだよ。しょうがないだろ」

「そうなんだ……しょうがないよね。お兄ちゃんも学校で色々な人との関わりがあるだろうし。ずっと、私とだけ一緒に居られないよね」

「べ、別にさ。俺らは兄妹なんだし。そんなに遠い関係にはならないと思うけど。会おうと思えばすぐに会えるんだし。昔のようにベッタリとは関わらなくてもいい気がするけどな」


 紳人は妹から少し視線を逸らし、照れ臭そうに言う。


「それもそうだよね。遊ぼうと思えばすぐに会えるし。私が馴れ馴れしすぎたんだよね。今日からは気を付けるね」


 妹は愛嬌の良い表情をしたのち、今までの環境と決別するかのように、自身の胸に手を当てていた。






 まあ、これで良かったのかもな。


 紳人は妹の部屋から出て、ベッドで横になって自室の白い天井を見上げていた。


「それにしても、今日は結構疲れたな……」


 静かな空間の最中。ベッド上で仰向けになって深呼吸する。


「今週中って、まだ数日あるのか」


 クラスメイトの藍沢花那あいざわ/かなんの事。

 陸上部の瀬津夏絆せつ/なつなの事。


 他にも多々ある。


 問題が山積みではあるのだが、少しずつ改善してきたいと思う。


 これから、とにかく頑張るしかないか。


 紳人はベッドで横になったまま、意気込むのだった。


「はッ、そういや、官能小説を見ないといけないのか」


 今日購入させられた一冊の書籍がある。


 紳人はベッドから起き上がって、自室の床に置かれた通学用のリュックから購入済みの小説を取り出す。


 何回見ても凄いデザインだと思う。


 表紙からして、エロいというか。

 十八禁の雑誌と比べればまだ落ち着いているが、普通の書籍よりも露出度が高い気がする。

 そんな卑猥な格好をしている美少女が描かれているのだ。


 自分が好きな漫画家が知らない間に、エロい作品のイラストを担当していた事には驚きである。


 そもそも、好きなイラストレーターじゃなかったら官能小説と関わる事なんてなかっただろう。


「……」


 表紙を見ているだけでも、変な妄想が膨らんでくる。


「……よ、読んでみるか」


 紳人はベッドの端に腰を下ろし、緊張した面持ちでページをめくる。


 最初のページからあらすじのところまで、カラーイラストが差し込まれていた。


 本格的な官能小説ではないが、表紙と違って、ほぼ服を着ていない美少女が数人ほど描かれてあった。


 尊敬する漫画家の画力も相まって、凄い描写になっていたのだ。


「それにしても読みづらいな……」


 文章が下手でわかりづらいとかではなく、普段から漫画ばかりで活字慣れしておらず、文字だけで構成されている作品を殆ど読んでいないのである。


 最初の内は、エロい挿絵を見ながら、そのシーンごとの情景を想像するようにしていた。


 中学時代は読む機会があったものの、高校生になってから殆ど無い。


 一年以上も読んでいないと、感覚が鈍るというものだ。


 パッと見ただけでは内容を把握しきれていなかった。


「でもな、これを読んでいかないと後々面倒になりそうだしな」


 紳人は官能小説を読みながらも頭を抱えてしまう。


 少しずつでもいいから、文字をたくさん読む練習をしようと思い、再び読み始めるのだった。


 気合を入れ、官能小説を読み始めてから、早三〇分。

 活字になれ始めてきて、何となく内容を把握できるようになっていた。


「……エロい内容だったな」


 漫画とは違う表現の仕方に翻弄されながらも、小説の良さを知る事となった。


 漫画から感じる感覚とは大きく異なる。


「官能小説もありかもな」


 人生で初めて読んだジャンルだが、担当絵師が尊敬するイラストレーターだった事も相まって、意外とすんなりと受け入れられていた。


「……って、あの人に感化され始めてるじゃないか。これ」


 一瞬、藍沢花那の姿が脳裏をよぎる。


 エロい作品を見た後だからこそ、彼女に関する卑猥なシーンを容易に想像できてしまい、変な気分になる。


 花那はこの頃、おっぱいを押し当ててくるのだ。

 そういった事情もあり、彼女のおっぱいの大きさや柔らかさが、さっきから脳内に浮上してきて辛かった。


「あいつの事。そ、そんな風に考えるわけにいかないだろ」


 好きでも嫌いでもないが、正式に付き合ってもいない彼女の姿で、卑猥な事を考えるのは無いと思った。


 今読んだ官能小説について今後議論すると思うと、なおさらげんなりしてくる。




 その時だった――

 幼馴染の中野夢月なかの/むつきの姿が脳内に浮かんだ。


 しかも、彼女の水着姿である。


「ん⁉ な、何考えてるんだ、俺……でも、そういや、夢月にはまだあのメールを送っていなかったな」


 そう思い立ち、官能小説をベッドに置いて、かわりにスマホを手にする。


 スマホ画面を弄りながら、メールフォルダを起動した。


 時間帯的にまだ七時である。


 この時間なら問題ないと思い、早速この前の誤解をとくための文章を考え、送信することにしたのだった。

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